第1話 二度目の見間違い

 慣れない制服に身を包み、俺はやっとの思いで合格した『黄梅学園おうばいがくえん』の正門に立っている。


 目の前にはまっすぐ道が続いており、両脇には遅咲きの桜が満開に咲き誇っている。


 周りには、俺と同じ新入生がたくさんいて、その中の女子生徒の後ろ姿に釘付けになった。


 その子は一際大きな桜の木の下に佇んでおり、風でたなびく長い桃色の髪をおさえている。


「先、輩…………?」


 二年以上、先輩とは会っていないが見間違えるはずはない。


「あの、すみません」


 声をかけずにはいられなかった。


 先輩が転校してからこれまでの間、一日も忘れることはなかった…………初恋の相手だから。


 突然声をかけられて驚いたのか、先輩は勢いよく振り返った。


 はっきりとその顔を見てから確信する。


 だが先輩は、俺を見ても、その人形のように大きな目をぱちぱちと動かすだけで、気づいてはなさそうだった。


 あれ? もしかして人違い? …………いやでも、こんなにそっくりな人が他にいるとも考えられないし…………それとも俺のことが思い出せないのか?


 そう思い至り、若干…………というかかなりショックを受けたので、


「え、えっと、紺野蘭花こんのらんかさん、ですよね?」


と、かなりしどろもどろになってしまった。


 先輩(?)は口を少し開けて目を見開き、驚いたような表情になる。


 あ、分かってくれたかな?


「お久しぶりです、先輩」


「……………」


 あれ?

 

 さっきの表情はどこへやら、今度はなぜか頬を紅く染めてうつむいてしまう。


 というかさっきから全然喋ってくれないな。誰にでもフレンドリーな人だったんだけど。


「先輩?」


「………………ます」


「?」


 すごい小声で何かを言っているが、うまく聞き取れない。


「…………違います」


 今度は辛うじて聞き取れたが、その言葉は信じることができないほど衝撃的なものだった。


「え?」


 う、嘘だろ?! こんなそっくりさんが存在すんの?


「…………私は…………」


 先輩のそっくりさんは顔を勢いよく上げる。


「紺野蘭花の……………妹、です」


「…………………」


 言葉が出ないとはまさにこの事だった。


 姉妹でこんなにも似るのかという驚きと、先輩に妹さんがいたという衝撃。


「いっ、妹さん?!」



「は、はい…………」


 先輩に妹がいたとは………全く知らなかった。

……………ん? 


 そこでふと、あることに思い至る。


 妹さんと俺は同級生だよな? 先輩が転校したのは中学二年の三学期だったから、俺は約一年間、妹さんと同学年だったということになる……はずなんだが、妹さんは初めて見た………受験して私立の高校にでも行ったのだろうか。



「な、なんかごめんなさい。人違いしちゃって」


 とりあえず謝らなければと思い、全力で頭を下げる。


「ぜ、全然…………大丈夫です」


 妹さんはさらに紅くなった顔で、首をブンブンと横に振る。


 なんか、初対面にしては反応に少し違和感があるような……………まあ、突然知らない男子に声をかけられたら驚くか。


「えっと、じゃあ俺、もう行きますので」


 気まずい空気になりかけていたので、早々にこの場を去ろうとする。


「あ、あの……………」


 たが意外にも、妹さんに引き止められる。


「クラス…………何組ですか?」


「? 一組だけど」


 俺が答えた瞬間、妹さんは安心したように表情を緩ませる。大人しそうだけど、表情はコロコロ変わるんだな。


「わ、私も一組だから……………その、一緒に、行きませんか?」


 上目遣いでそう提案してくる。


 教室に行くのは初めてだから不安なのだろうか? 確かに誰かと一緒だったら迷うこととかもなさそうだけど………絶対会話続かないしなぁ。


「いや、その」


 断ろうとしたが、妹さんは今にも泣き出しそうな目で俺を見つめてくるのでどうにも断りづらい。


 そんなに一人で行きたくないのか。


「じゃ、じゃあ行きましょうか………」


「はいっ! ありがとうございます!」


 即答! めちゃくちゃ嬉しそうだし。


 校舎の中に入り、二人で廊下を歩く。


 妹さんの横顔を見ると、やっぱり先輩に似てるなあと思う。性格は正反対と言ってもいいほど違うが、外見だけだと見分けることすら難しい。


「あの、名前を教えてくれませんか?」


 何か話そうと思い、とりあえず無難に名前を訊いておく。


紺野星蘿こんのせいらです……………」


 紺野星蘿……………やっぱり聞いたことはない。


久遠くおん君は、姉さんと知り合いなんですか?」


「ん、ああそう………………」


 ……今、俺の名前を言わなかったか? ………久遠って………………。


「な、何で俺の名前知ってるの?」


 自分から名乗った覚えはない。だけど紺野さんは俺の名前を知っている…………これは流石に気になる。


「えっ、あ、いや、えっと……姉さんから………その、久遠君の話を、聞いてたから………」


 明らかに動揺してるし誤魔化された気もするが、追求するのもウザいと思うので、とりあえず納得しておく。


 教室に入り、黒板に張り付けてある座席表を見る。俺の席は窓際の一番後ろから二番目なので中々良い席だ。


 座席表に『久遠』と書かれた隣には、『紺野』と書かれている。


「隣ですね。これからよろしくお願いします」


 改めて挨拶をしておく。


「よ、よろしくお願いします」


 その後続々とクラスメイト達が入ってきて、全員揃った頃に担任の先生も入ってきた。


 担任はかなり若そうな女性で、怖そうな人ではなかったことに安堵する。


 この日は入学式と自己紹介だけで一日が終わり、下校となった。


 それから二日後。今日から本格的に授業が始まる。


 黄梅学園は県内でも有数の進学校なので、当然同級生達はみんな優秀なはずだ。その一方で俺はというと、入学できたのはいいが試験結果を見るに、おそらくかなり下位の方だろう。合格ボーダーラインギリギリだったし。だからかなり本気で勉強しないとすぐに取り残されてしまう。


 気合いを入れて、一時間目の英語の準備をする。

 

 初日だからそこまでガッツリはしないだろうと思っていたのだか、全然そんなことはなかった。


 先生の自己紹介も早々に終わらせ、今は長文を読んでいる。


「じゃあ今読んだ長文を、隣の人とペアになって一文ずつ交互に読んでください」


 先生からそう指示されたので、みんなが一斉に席を立ち、読み始める。


 俺は紺野さんと読んでいるのだが………全っ然聞こえない!


 紺野さんの声が元々小さいのと、周りの声が重なるのとでなおさら聴こえづらい。これだとどのタイミングで紺野さんが読み終わったか分からない。


「ごめん紺野さん、もう少し声大きくしてくれない?」


 読んでる途中に声をかけるのは少し憚られたが、このままというわけにもいかないので仕方がない。


「あ、ご、ごめん………」 


 申し訳なさそうに謝る紺野さん。


 これで少しは聴こえやすくなっ………てない。


 さっきと全然変わってないんだけど。というかむしろ、さっきより口が動いてない気がする。


 またお願いするのは気が引けるしなぁ。


 そう思ったので、俺は少し紺野さんに近づくことにした。


 俺は右耳に全神経を集中させて、紺野さんの声を全力で聞き取ろうとする。


 だがそうして聴こえてきたのは英語ではなく日本語。


「ち、近い………………!」


 でもこうしないとスムーズに進められないし。


「ちょっ、ちょっと…………離れて下さい

……………」


 え~。なんか少し傷つくことを言われてしまった。


 紺野さんは耳まで真っ赤にした状態で顔を教科書で隠し、震える声でそう言う。


「ご、ごめん」


 仕方なく元の位置に戻る。


 結局その後は、紺野さんの口許を見てするしかなかった。


 七時間目の授業が終わり、放課後。初日から早速疲れてしまった。


 いきなり七時間授業はキツすぎる……………早く家に帰りたい。


 足早に教室を出ようとしたところで、丁度女子生徒が入ってきたのでぶつかりそうになる。


「あ、すみませ………………え?」


 謝ろうと相手の顔を見て愕然とする。


「紺野さん…………?」


 その人は紺野さんなんだが、紺野さんはまだ教室にいたような………………。


 俺の隣の席を見て紺野さんがいることを確認する。


 じゃあ、今俺の目の前にいるのは……………


 パニックになりかけた瞬間、目の前の紺野さん(?)が声を出した。


「え~! 湊君じゃん! 久しぶり!」


 その声と雰囲気で、全てを理解した。


「先、輩……………?」


 デジャブ感のある再会だった。


 



 



 

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