第7話 山田さんは……
「山田茜って人知ってる?」
「……誰?」
たった今、山田さんとの距離がこれ以上近づかないようにしようと決めたばかりだ。
愛理ちゃんの目的がなんであれ、俺は知らないことにした方が都合が良い。深く関わるつもりがないならなおさら。
幸い愛理ちゃんは俺が誤魔化したことに気付いた様子はない。
「あれ? 知らない? かなり可愛いみたいだから、有名なのかなって思ったんだけど」
「いや、俺は知らないかな」
「そっかー。知り合いだったら繋いでもらおうかなって思ったんだけど残念」
特に落ち込んだ様子はなく、軽い調子で呟く愛理ちゃん。分かりやすく肩を落として見せる。
それにしても、山田さんが可愛いとは一体どういうことなのか。俺の知ってる山田さんのイメージとは全然違う。
影は薄くあまり目立たない。クラスの人以外で知ってる人は数えるほどしかいないと思う。
少なくとも山田さんがみんなの噂になっているという話は聞いたことがない。
「……その人、そんなに可愛い人なの?」
「写真見せてもらったけど、可愛い人だったよ。明るくていい子そうだった」
聞けば聞くほど俺の中の山田さんと真逆の印象だ。気にはなるけどこれ以上つっこむのは流石に怪しいか。
「そっか。ごめんね。力になれなくて」
「ううん。全然大丈夫。私の知り合いがその人と同じ北中出身で、未だに好きみたいなんだよね。それで頼まれてただけだから」
「へー」
北中はここからかなり離れた所にある中学校で、こっちに来る人はほとんどいない。俺の高校にも来てる人はあまりいなかったはず。
「久しぶりに潤くんと話せて楽しかった。またね」
「こっちこそ。またね」
手を振って軽快な足取りで離れていく。ひょこひょこ揺れる髪の毛先を眺めて見送った。
「……はぁ」
完全に一人になると、一気に疲れが押し寄せてきた。店に流れるシャートンの曲が疲れを癒してくれる。動揺しすぎてまったく曲が頭に入ってきていなかった。
一度手を握りしめる。冷えた指先が手のひらでじんわりと熱を持つ。強張った身体を動かすたびにゆっくりと解れる。
愛理ちゃん。久しぶりに会ったけど、元気そうにしていた。雰囲気こそ垢抜けたが、中身はあまり変わっていないようだった。
別に嫌っているわけではないけど、やはり気まずさは拭えない。
一度変わってしまった関係は元に戻らないということを痛感させられた。
彼女が探す山田さんが本当に俺の隣の席の山田さんであるなら、一体どういうことなのか。気にならないわけではない。
だけどたった今、異性と、好きな人と関わり続けた結果を目にしたところだ。
相手のまったく意識していない一言で振り回され、気持ちを揺り動かされるのはもうごめんだ。
異性と関わること自体面倒くさい。あんな苦々しい体験はもうしたくない。
山田さんの正体がどんな人であれ、これ以上関係を深めるのはやめよう。
首を振って湧いた好奇心を押し込めた。
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