第3話 嫌われようと構わない
「本日の話題のトピックは現在各音画サイトランキングで急上昇中のシャートンについてです」
朝、歯を磨いているとテレビからそんな声が聞こえてきた。画面の中のアナウンサーが原稿を見るため視線を下げる。
「最近話題になっている正体不明のアーティストですが、一体どんな人なんでしょうか?」
バズったあの曲は既に二千万再生を超えており、かなりの話題のタネになっている。学校でもちらっと話題に上ることがあった。
やはり正体不明という部分が話題性に富んでいるのだろう。そういう話がネットにも飛び交っている。
まさかテレビで紹介されるようになるなんて。初めてテレビで見たが、シャートンの紹介はやはり嬉しい。ますます多くの人に知られるだろう。
ここまで人気が出ると嬉しいのだが、少しだけ寂しくもある。自分だけが知っていた優越感のような独占欲が失われてしまった。
言いようのない心の穴を隠すようにテレビを消して、うがいをしに洗面所に向かった。
学校でもやはり今朝のテレビのシャートンの紹介が話題になっていた。
昼休み、秀俊と弁当を食べていると背中側から女子の集団の会話が聞こえてくる。
「そういえばシャートンって知ってる?」
「あ、それ知ってる。最近話題になってるよね」
「うち、今朝テレビで見た。そんなに良い曲なの?」
「私聞いたけど、結構いい感じだったよ」
どうやら後ろの人たちもシャートンを知ってくれたらしい。着実に広がっている。会話が聞こえたのか、秀俊が口を開いた。
「俺もシャートンの紹介しているところテレビで見たぞ。よかったじゃん。広まってるみたいで」
「まあね。色んな人に知ってもらえるのはありがたいよ」
「最初話した時は知らないアーティストを強引に勧めてくる頭のおかしいやつかと思ったけど、見る目があったんだな」
「余計なお世話だ」
確かにシャートンの魅力を知って欲しくて多少強引な推薦をした気もしなくはないが、結果的に秀俊も気に入ったのだから問題ないだろう。
着実に広がる知名度に満足しながら、弁当の唐揚げを口に入れる。咀嚼していると、また後ろの会話が耳に届いた。
「私も名前知ってるけど、どんな人なんだろ。正体がどんな人か、結構色々言われてるよね」
「あー、それね。可愛くないから顔を隠してるとかね」
「実際そうなんじゃない? これだけ話題になっているのに未だに顔出ししないし」
ああ、またその話題か。湧き上がっていた胸躍る気持ちが一気に鎮まる。握っていた箸に力が入る。
「それ、あるー。女の人なら可愛ければ顔出ししたほうが絶対再生数伸びるし、顔出ししない理由がないでしょ。それをしないってことはさ、ね?」
「だよね。そうだ! コメント欄で聞いてみたら? 絶対見てるし、沢山言われれば顔出しするかも」
「あ、いいね。『顔出ししないのは可愛くないからですか?』とか?」
「いいじゃん。他の人も聞いてるし、一回送ってみるのはありー」
耐えきれなくなって箸を弁当に置く。
「あのさ」
想像以上に低い声が出た。思い切って振り返ると、目を丸くしてスマホを持ったまま固まる女子が一人。他に箸でご飯を摘んだままの女子が二人いた。
「おい、潤。なにしてるんだよ」
背後から秀俊の声がかかる。一瞬だけ視線を送ると、困った表情を浮かべていた。
顔を女子三人組に戻す途中、隣の席の山田さんが視界に映る。俯いていて顔は上手く見えない。
彼女達に視線を戻すと、ひとりの女の子が固まっていた表情を解す。そして訝しむように目を細める。
「え、急になに?」
戸惑う声。他の二人もこっちを窺い、三人の視線が突き刺さる。
仲のいい三人組で、他の女子ともかなり親しい。妙なことを言えばすぐにクラスの女子達の噂になるだろう。
向こうからすれば急に会話に割り込んできて、文句を言い出す男子。そういうことになる。
そんな変な人、関わりたくないだろう。今後避けられるのは間違いない。
だけど構うものか。自分の好きなものをあれこれ言われて黙っていられるわけがない。
それにもう良い人を演じるのはやめたのだ。女子なんて信用しない。
当分恋愛なんてこりごりの俺からすれば、女子に嫌われるなら願ったりだ。
「そういう匿名での誹謗中傷はやめたほうがいいと思うんだけど?」
「別にそこまでのことじゃないでしょ。ちょっと聞くだけだし」
「相手が気にしていることを聞くのは良くないでしょ。それに元からシャートンは顔出しなしでやってきた人なんだから、それを面白半分でそういうコメントするのはやめたら?」
鋭く睨むと僅かに彼女は怯む。手に持つスマホが強く握りしめられる。
「な、なに、急に話しかけてきて意味わかんないだけど」
「シャートンは流行る前からファンなんだよ。好きなものを悪く言われるのは嫌でしょ?」
じっと見つめると、彼女は顔を逸らして分かりやすく息を吐く。
「はぁ。ちょっと話してただけだから。冗談じゃん。本気にしないでよ。送らなければ良いんでしょ?」
「そう。勝手に勘違いしてごめんね」
とりあえずはやめたようなので、秀俊の方に向き直す。後ろで「他のところ行こ」と弁当を持って移動する気配を感じた。
彼女達が教室からいなくなると、秀俊がびっくりした表情で話しかけてきた。
「潤。急に後ろの女子に声をかけるからびっくりしたぞ。確実にあの人達から嫌われたからな?」
「別にいいよ。好きなものを悪く言われるほうが嫌だったんだ」
「まあ、あの言い方は俺も気になってはいたけどさ。それにしてもあそこで正面から文句を言うとは勇気あるなー」
しみじみと呟く秀俊を横目に弁当をパクつく。
我ながらあそこで文句を言うのはやりすぎな気もしなくはなかったけど、少しでもああいったことは減ってほしかった。
悪意のコメントが一つ減ったところで数はまだまだ多いし、ほとんど意味のないことなのだろうけど。
弁当を食べ終えると秀俊は自分の席に戻っていった。
午後の授業の準備をしながら、ぼんやりとシャートンの曲に没頭する。
荒んだ心にシャートンの曲はよく沁みる。彼女達とのやりとりでの憤りが落ち着くのを感じながら教科書のページをめくっていると、隣から声がかかった。
「ねぇ……シャートンが好きなの?」
「え?」
聞き間違いかと思ったが、山田さんが珍しくこっちを向いている。
正面から見るのは初めてで、分厚いレンズの奥のくりくりとした瞳が前髪の間から輝いていた。
イヤホンを外すと、もう一度小さな口から声が紡がれる。
「……さっき話していたけど、シャートンが好きなの?」
「あ、さっきの聞こえた? そうそう。めっちゃ好きなんだよね。昔凄い落ち込んでた時に、シャートンの曲を聴いて凄い元気が出て、それ以来ずっとファンなんだよ」
「そう。そんなに昔からなんだ」
「ああいう変な言われ方するのが嫌でさ。あんなに凄く良い曲を作る人、絶対他にいないよ。だから、つい、ね」
改めて振り返ると自分の行動が恥ずかしくて、愛想笑いを浮かべる。若干熱くなった頬をぽりぽりと人差し指で掻く。
山田さんはじっとこっちを見つめて、それから僅かに微笑んだ。
「……本当に好きなんだ」
初めてみる山田さんの微笑み。思わず目を奪われる。
髪のせいであまり表情は見えなかったが、その微かに上がった口角だけは強く印象に残る。
「……なに?」
「いや、なんでもないよ」
俺の視線に気付くとすぐに笑みは消えてしまった。それが少しだけ名残惜しかった。
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