第2話 人気急上昇

 山田さんと初めてまともに話した翌日。ベッドから起きて、いつものようにシャートンの曲を聞くため動画アプリを開く。


 昨日公開された曲を探して再生すると、かつてないほどの再生数が目に飛び込んできた。


「っ?!」


 まだ公開されて一日しか過ぎていないというのに既に百万再生を超えている。コメント数も見たことないほどのコメントが投稿されている。


 スワイプしてコメントを見ていくと、好意的なコメントが沢山あった。


『最高!』

『めちゃくちゃ耳に残る』


 自分が好きだったものが他の人にもウケているのは嬉しい。ついにやける。

 秀俊も気に入ったみたいだし、今回のでシャートンの知名度は一気に広がるだろう。

 

 楽しくなって次々とスワイプしてコメントを見ていく。いい感じだ。みんな気に入ってくれている。


 何十件も目に通したところで、一つのコメントが目についた。


『つまんな。リズムが不快』


 ありふれたアンチコメント。だけどシャートンのコメント欄では初めて見た。


 自分の好きなものが否定されるのはかなりきつい。自分の顔が顰めているのを自覚する。思わず唇を噛む。


 人気が出ればそれだけいろんな人の目に触れる。そうなれば好意的に感じる人だけではなくなるのは当然だ。中には好みに合わない人もいるだろう。


 だけど、こうして悪意の含んだコメントを見るのは辛かった。合わないならそのまま聴くのを止めればいいだけなのに。


 コメント欄を閉じて、曲を再生しながら学校に行く準備を進めた。


 学校に着いて教室に入ると、秀俊が少し興奮した様子で寄ってきた。


「おはよ、潤」

「おはよう」

「昨日潤が勧めた曲、めっちゃバズってるみたいだよ」

「知ってる。凄い再生されてたし」

「さすがシャートンオタク」


 秀俊の言葉に少しだけ呆れたニュアンスが含まれていた気がする。


「最近有名な五人組のWetuberいるじゃん? あの中の1人がシャートンのことを紹介したみたいだよ」

「なるほどね」


 急に再生数が伸びたのにはやはり理由があったらしい。俺はその五人組の動画を見ていないので知らなかったが、名前は知っているくらいなので沢山の人がシャートンのことを知ってくれただろう。


 シャートンの曲は良い曲なので一度聴いてくれれば、ハマるのは間違いない。今回の曲は特に。

 さらに再生数が伸びてくれると良いんだけど。


 秀俊と話していると隣の席の山田さんが登校してきた。席に座る直前、椅子を引く動きに合わせて髪が揺れ、隠れた横顔が一瞬見えた。


「……なにか?」


 俺の視線に気付いたようで、山田さんが僅かに目を細めてこちらを見る。いつもの無愛想な山田さんだ。


「いや、なんでもないよ」


 さっき見えた横顔が、普段より明るく見えたのは気のせいだったに違いない。首を振って秀俊との会話に意識を戻した。


♦︎♦︎♦︎

 

 あれから2週間が経ったが、想像以上にあの曲の再生数が伸びていた。止まることなくずっと再生され続け、とうとう一千万再生を超えるところまで。


 最初のきっかけこそ他の有名な人の布教のおかげだろうけど、ここまで伸びたのは曲自体の魅力が理由に違いない。


 土曜日ということでベッドに横になりながらシャートンの曲を聞く。うん。やはり何度聴いても良い。


 飽きることはなく、曲に惹き込む力が凄い。これまでのシャートンの曲の中で最高傑作なのは間違いない。


 曲に聞き惚れながら何度も見たコメント欄を眺める。見るたびに新しいコメントが投稿されていて、シャートンの曲を褒め称える言葉が並ぶ。


 自分のことではないけれど、好きなものが褒められるのはやはり嬉しい。さらにスワイプしてコメントを見ているとき、また一つのコメントが目についた。


『姿隠して歌ってる女とか、絶対ブスでしょww』


 再生数が伸びるにつれて、こういったコメントが時々見られるようになってきた。特に最近は容姿に関するコメントが多い。


 姿を隠していることが、聴く人の想像を掻き立てるのだろう。本当に下らない。読んだ人がどんな気持ちになるのか分からないのだろうか?


 シャートン本人は確実にコメントを見ているだろう。俺のコメントに返信が来ていたことからも明らかだ。


 大丈夫だろうか? これまで嫌なコメントが投稿されることなんてなかったのに、こんなに色々言われるなんて。


 シャートンが活動に嫌気が差さないか、それが心配だった。


 


 


 

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