第1話 隣の山田さん
高校に入学して1ヶ月が過ぎた。流石にこの頃になってくるとクラスの人間関係も固まってくる。
仲のいい女子3人組。あるいは男女で分け隔てなく纏まっている大人数の組。男子の同じ部活のグループ。ぼっちの人たち。そして……。
「なんだ、またシャートンの曲聞いてるのか?」
イヤホンを片耳から取り、顔を上げる。
眼鏡をかけたもっさりとした髪型の男子。最近仲良くなった秀俊が俺の机に片手をついた。
「当たり前だろ。何回聞いたって最高なんだから」
「ほんと好きだよな」
シャートン。俺が好きな歌手の名前だ。基本は有名曲のカバーを動画に投稿しているのだが、どうやら作曲もしているようで、たまにオリジナルの曲も投稿される。
女性不信に陥ったあの日。気分転換に動画を漁っていたらたまたま見つけたのがこの曲だった。
聞いたこともないような曲調。それでいて落ち着く雰囲気。キャッチーなリズムに一気に惹きこまれた。
聴き終わった時にはもうフラれたショックは抜けていて、シャートンの虜になっていた。
まだまだ人気には程遠く、チャンネル登録者は2万人程度。それでもそんなことは関係ない。
これまで聞いたことのない曲、歌詞を生み出すその人の完全なファンで、もう全曲聴き漁っている。既に何十周もした。
「見てよ。コメントしたら今回も返信が返ってきたんだ」
「そりゃあ、全部の曲にコメントしてたら向こうだって名前くらい覚えるだろ」
どうやら自分の熱意がシャートンに伝わったようで、最近はコメントが返ってくるようになった。
『ありがとうございます』という程度のコメントではあるが、自分の言葉がシャートンに伝わってくれているのは嬉しい。
「秀俊も聴かないか? 聴けば絶対ハマるぞ?」
「前にそう言って聴いただろうが。もういいよ」
「そう言うなって。今日新曲が出たんだけど、本当に良い曲だから」
うんざりした表情の秀俊に半ば無理やりイヤホンを押し付ける。片方のイヤホンを秀俊の耳に押し込み曲を流したところで、秀俊は目を見開いた。
「……っ!これ……」
「な?良い曲でしょ?」
「あ、ああ。この曲は俺も好きだわ」
秀俊がベタ褒めしながら耳に流れる曲に聴き惚れる。どうやら布教に成功したらしい。ファンにとって布教は使命だ。
リズムに乗り僅かに身体を揺らす秀俊。曲の世界に引き込まれているようで、目を閉じている。
自分自身も何度と聞いた曲を楽しんでいたせいで周りへの注意が抜けていた。
「……そこ私の席なんだけど」
声をかけられて、俺と秀俊の意識が教室に戻る。声の方向を向くと、眼鏡をかけて長い前髪で目を隠した女の子。隣の席の山田さんだ。
どうやら秀俊がいつの間にか山田さんの机に腰をかけていたようで、俯き気味の山田さんの視線がその腰を射抜く。
「あ、悪い」
秀俊が机から腰を下ろすと、山田さんは無言のまま椅子に座ってリュックから教科書類を取り出し始めた。
俺と秀俊で互いに顔を見合う。山田さんは怒っているのか。いつも無愛想なので分からない。
時計を見るともう間も無くホームルームの時間だったので秀俊は自分の席に戻っていった。
先生が来るまでまたシャートンの曲を聴いて待つ。肩肘をつきながらぼうっとしていると、ふと床に落ちた消しゴムが目についた。
カバーのついた、まだ使われて間もない消しゴム。その落ちている場所は山田さんの机の横で、山田さんの机の上を見ると消しゴムが置かれていない。
拾いあげて山田さんに声をかける。
「山田さん」
「……なにか?」
瞳に滲んだ警戒。重い前髪の間から、こちらを窺う視線が見て取れる。そこには好意のかけらもない。
「消しゴム落ちてたんだけど、山田さんの?」
山田さんは一度自分自身の机の上に視線を動かす。それから小さく「……ありがとう」と言って消しゴムを受け取った。
初めてまともに山田さんと話したが、なかなか壁が厚い。
ここまで警戒されていればこっちだって流石に分かる。これまでの女子もこのくらい分かりやすければ自分も勘違いしなかったのに。
--そんな山田さんの正体が後に超有名になるシャートンだなんてこの時は思いもしなかった。
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