川のほとり

「バラ⋯⋯だ。白バラだ」


ある物を他の何かに例えることを“形容する”と言うが、この時カリナの口から出た言葉に形容するなんて意図は存在しない。擬人とも違う。


白薔薇の如く神秘的な何かがそこに立っていたのだ。


透き通るような白い肌に腰の高さまで色々な方向にカールして向かっていく白く長い髪。特筆すべきはその端正な顔立ち。いや、端正なんかじゃ勿体ないほど綺麗な顔だった。


そんな彼女に見とれていると、渋い男の声がした。


「⋯⋯初めまして。今日からこの村の護衛を任されたエドワード=ベルナールだ。やってきたからには全力で守らせてもらう。よろしく頼む」


パチパチパチパチ!!


「あら、頼りになりそうね⋯⋯カリナ?」


「⋯⋯⋯⋯あっうんうん!とっても強そう!!」


あの人は⋯⋯名前なんて言うのかな⋯⋯。


「妻と娘だ。ほら前へ⋯⋯」


「「ふたりともめっちゃ美人じゃないかー!!」」


「コラ、静粛に静粛に⋯⋯」


そういう村長の鼻の下は天の川くらいのびていた。


「お初目にかかります。妻のアリーヌと申します。お喋りが大好きですの⋯⋯フフ」


男達がにやにやしながら聞いている。この人って結婚してるから無理なんじゃないの?と頭の中で正論をぶちかますカリナだったがそれどころでは無い。


「⋯⋯⋯⋯グレイス」


場は一瞬困惑した。他を寄せつけない雰囲気に冷ややかな目、名前もボソッと一言放つのみ。


この他者との関わりを避けているかのような挨拶。名前を言う時も腰に手をおき、気だるげだった。しかし


「か、かっこいい〜⋯⋯」


10才の少女の目にはそのだるそうな佇まいがなんとも言えないほど格好よく映ったのだった。


「オホン。てことでこれからこの村を守って下さるから、感謝の気持ちを持って接するように。じゃ、解散ね」



挨拶が終わったあとも、一家の周りには人が絶えなかった。しかしただ1人、グレイスだけは終わると共にどこかに歩いていったのをカリナは見ていた。


「お母さん話しかけに行ってくるね!」


「分かったわ。無礼のないようにね」


「うん!」


⋯⋯にしてもグレイスさんが歩いていった方向、あっちはスリジェの森がある方向だよね⋯⋯。森なんかになんの用があるのかなぁ。


春には満開の桜が景色を彩るこのスリジェの森も5月の今はただの緑である。


カリナもなんのあてもなく探しているわけではなかった。


「この時期この森に来て行く場所なんてあそこだけだよね⋯⋯」


運動に自信のあるカリナは、止まることなく森の中枢へと向かっていった。





数分後──────────



「ハッハッ⋯⋯もう目の前だ⋯⋯よっと!」


スリジェの森の中心にある出処不明の大きな水溜りとでも言おうか、少なくとも村に近い場所で一番自然を感じられるところだ。


「⋯⋯っ!!いたぁ!!」


そう叫んだ瞬間、美しい後ろ姿がかすかに震えた。森の中なので声がよく響く。


そのすぐあと、彼女はこちらを振り返る。振り返る工程すらも尊い。かっこいい。そんな眼差しをカリナは送っていた。


「⋯⋯何?」


先程も見た鬱陶しいな⋯⋯が前面に出た顔。普通こんな顔をされたら「あ⋯⋯なんでもないです」と一歩引いてしまうであろう。


こ、怖い⋯⋯。けど⋯⋯こんなとこで引いてちゃダメだ!


「あ、あのっ!!これっ!!」


グレイスの所へ駆け寄り差し出したのは、村の周りに生えた花を使って作った“花冠”だった。


「え、えと!私!さっきの集会でお姉さんを見た時からずっとかっこいいな!綺麗だな!って思ってて⋯⋯それで、これ受け取って欲しいなって⋯⋯」


「⋯⋯」


恐る恐る目を開けてみると、そこにはあっけにとられた彼女の姿があった。今までより少し目を丸くして。


「⋯⋯⋯⋯」


「あ⋯⋯もし嫌なら全然っ!嫌でいいんですけど⋯⋯」


「フフ⋯⋯とても嬉しいよ。有難う」


そう言って彼女はカリナに微笑む。さっきまでの怖さがまるでなかったかのような優しい笑みに、カリナはより一層惹かれていった。





「お前⋯⋯名前は?」


「カリナ⋯⋯カリナ=フォンテーヌです!」


「カリナか、いい名前だな⋯⋯もしかしたら将来凄腕の剣士になれるかもしれないぞ」


「ほ、ほんとですか!?私!将来王国に仕える騎士になりたいんです!」


「子供なのにきちんと夢をもてているのはそれだけで凄いことなんだ。持ち続けるんだよ」


「は、はい!」


い、いま私このグレイスさんに褒められてる⋯⋯っ!!それに凄腕の剣士になれるかも⋯⋯だって!!


たった数秒で虜になった人に褒められることほど嬉しいことはない。実際カリナの顔はニヤケを止めるため必死に表情筋を固めているが、逆に変な顔になっている。


「私頑張って騎士にな⋯⋯」「でも」


カリナの宣言を遮るかのようにグレイスは言った。


「君みたいな小さな少女が騎士なんかを目指さなくてもいいような未来に私達がしなくちゃならないんだ」


「⋯⋯っ!!」


「格好つけているが、私も未だに父の背中を追うのに必死だよ」


彼女は笑う。こんなに美しい女性が騎士だったなんてカリナは思いもしなかった。そして尚更に憧れた。彼女は何を持って何を持っていないのか、より知りたくなったのだ。

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こんな田舎に白薔薇が咲くなんて オルオフ @oruoff

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