鐘の音

欠伸をしたとはいえまだまだ重い瞼を擦りながら、リビングの扉を開ける。それと同時に鼻に入る甘い匂い⋯⋯お母さん特製コーンポタージュの匂いだ。


「ちゃんと起きれたのね〜。母さんが全部食べるところだったよ」


「もう10才なんだからあたりまえだよ!!」


フンッと鼻を鳴らしてみる。


「ついさっきまで寝ぼけてた子が何言ってんだか⋯⋯」


そう言ってハァっとため息をつく。寝ぼけてた記憶なんてないんだけど⋯⋯。


少しばかり重さのある木の椅子を引き、ストンと座る。


「いただきまーす」


「はい、どうぞ〜」


ズズズ──────────


「ぷはぁ⋯⋯やっぱりお母さんのコーンポタージュは世界一美味しいね!」


「母さん以外のコーンポタージュも食べ漁ってから言ってくれるともっと嬉しいねぇ⋯⋯フフ」


夢中になってコーンポタージュをすする。言われるまで口の周りが黄色くなっていることなど気付かない程度には⋯⋯。


食べ終わると、すぐ近くのロゼ川で汲んだ水で口を濯ぎ、顔を洗い、重かった瞼もすっかり開いた。


「そういえばさ、衛兵?の人っていつ来るのー?」


「そうねぇ⋯⋯お昼頃には来るんじゃないかしらね」


「どんな人?どんな人なの?」


「そりゃもう強い人。フォイユ村を守ってくれる人なんだからね。失礼のないようにしないと⋯⋯ん?どうしたのニヤニヤして」


「んっ!いやなんでもないよ!思い出し笑い!」


「あんたまさか変なこと考えてないでしょうね?」


無論、考えている。いかにも子供が考えるようなアイデアが頭の中で自信を主張しあっている。両手をブンブン振る娘を見て、母フォレも薄々気づいてはいる。だが、止めなかった。


ロサ・ブランカ王国から遠く離れた場所に位置するフォイユ村は、人口100人余りが住む小さな村だ。ロゼが近くにあり、農耕を主軸に生計を立てていた。


そんな小さな村だが、年々若者が減少していて、成人し、国の兵士になりにいく者もいれば、出会いを求めて城下町に引っ越す者もいる。カリナのような未成年の子供は村全体で見てもほんのひと握りだ。


そんな村にやって来る衛兵一家には一人娘がいるらしく、娘を持つ母としても、ぜひ仲良くなって娘の人生を豊かにして欲しいという願いが強い。


やらかさないか心配なのも全然あるが⋯⋯。


「私ちょっと出かけてくるね!」


「⋯⋯衛兵さんたちが来るまでには帰ってくるのよ〜」


そう声をかけた時、カリナはすでに走り出していた。


「えっへへ〜驚くかなぁ」



正午を回った頃、村の入口からカランカラン!と訪問をを伝えるベルの音が響いてきた。


「おいでなさったね。行くよカリナ」


「はーい!」


「⋯⋯」


ニコニコ


「何をするつもりなのやら⋯⋯」


村の人々が続々と外に出てくる。普段滅多にお目にかかることの無い王国直属の兵士を見るために、前に前にと押しあっている。


「はいはいみんな静かに⋯⋯せーいしゅーく」


村長のプラトが号令をかけると一瞬にして場は静寂に包まれる。カリナも小さいながらにこのプラトという男の風格を感じとっていた。


「⋯⋯みんなが静かになるまでに15秒かかりました。フォッ」


めちゃくちゃ早いじゃんっ⋯⋯!!


「⋯⋯というわけでね、今日から村を守ってくださる衛兵様の一家です。拍手〜!」


その数秒後、村中に拍手が響き渡る。その拍手の中には「よろしくなー!」や「頼むぜー!」など、激励の言葉も混じっている。


「ん〜!お母さん私見えないよ〜!」


「あら、身長が伸びるまであと何年かしらね」


「ね〜おかあさぁあん!」


「冗談冗談。ほら、おんぶしてあげるから」


感謝の言葉と共に母の肩につかまる。生まれて初めての出来事に心を躍らせながら──────────


「!?」


一瞬目を疑った。ごしごしと目を擦るが消えるはずもない。


カリナの目に飛び込んできたのは紛うことなき白薔薇だったのだ。

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