あなたじゃないかな

「僕思ったんです。瞳を産んだのは」


 西村さんが怯えた表情で、もうそれ以上何も言わないでと言っているかのような眼差しを僕に向けている。


「西村さん。あなたなんじゃないかって」


 僕の言葉に、西村さんは何も答えない。


「僕から見て、仕事している時の瞳と西村さんはどことなく雰囲気が似ているんです。瞳も西村さんと一緒にいると安心感があるみたいだし。なんとなくそんな気がしただけですけどね」


 ハハッと笑って、僕はコーヒーを飲んだ。


「でも、僕は血の繋がりなんてどうでもいいと思っています」


 表情を暗くした西村さんは、僕から目を逸らす。


「瞳の周りに瞳を大切に思ってくれる人が集まれば、それでいいです。あなたは瞳のお母さんのような存在で、瞳にとってとても大切な人だ」


 唇を噛み、涙をこらえる西村さん。上を向いても、一滴の涙がこぼれた。


「瞳の気持ちが落ち着いて、あなたの元に会いに来られるようになるまで待っていてくれませんか? その間、僕が瞳のそばにいて瞳を守りますから」


 西村さんは口元を抑え、何度も頷く。溢れる涙は止まらず、西村さんの心に積もっていた後悔が少しだけ流れ出たような気がした。


「ありがとう、陸人君、ありがとう……」


 僕は西村さんにハンカチを差し出し、背中を摩った。こんな時に、大学生の頃の失恋をふと思い出す。あの時の僕よりも今の僕は少しはまともになっているだろうか? 


「瞳ちゃんのこと、よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げる西村さんの姿は、子供を心から愛する立派な母親だった。


「勿論です。どうか頭を上げてください」


 僕の言葉で西村さんはゆっくりと顔を上げる。


「これ、僕の連絡先です」


 そう言って僕は自分の電話番号とメールアドレスが記されたメモを西村さんに渡した。


「何かあったらすぐに連絡してください。些細なことでもいいので」


 メモ用紙をじっと見つめ、西村さんはニコッと笑った。そしてそれをポケットに入れると、立ち上がって厨房に向かう。


「私のも渡しておくわね」


 メモ用紙とペンを手に取り、西村さんはこちらにやって来た。そして電話番号とメールアドレス、そして住所を書いて僕に渡した。


「これは私の家の住所ね。念のため伝えておくわ」


 ありがとうございます、と言って僕は受け取る。沈黙が起こり、僕はまたコーヒーを飲んだ。

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