野村陸人

一生忘れない

 自分の育ての親と決別する覚悟をした瞳の切ない表情を、僕はきっと一生忘れないだろう。一度実家に帰り、残してある荷物をまとめて鍵を置いてくると僕に告げた瞳の後ろ姿を目で追う。見えなくなったところで、僕の足は西村さんの店に向かっていた。


 店の扉には『OPEN』と書かれた看板が掛けられていた。扉を開けるとカランコロン、と可愛らしい音が鳴った。


「いらっしゃいませ」


 厨房から親しみを感じる笑顔を浮かべた西村さんが僕の方へ駆け寄って来る。


「あら、陸人君?」


 西村さんの目は自然と瞳を探していた。


「ごめんなさい、瞳はいないんです」


「そ、そう」


 一瞬寂しげな表情をしたのち、西村さんはすぐに笑顔を浮かべる。


「どうする? 飲み物だけにする?」


 僕をいつもの景色が良く見える席に案内してくれた西村さんは、そう言ってメニューを僕に見せた。


「コーヒーでお願いします」


 僕はメニューを一瞥して、そうお願いした。


「お待ちください」


 西村さんはメニューを僕から受け取って、すぐに厨房へ向かう。


「ホットでいいかしら?」


 若干大きな声で西村さんは僕に聞いた。


「はい!」


 僕はそう返事をして、スマホを取り出すと近くの焼肉屋を検索した。どれもこれもチェーン店ばかりで、せっかく青森まで来たのにな、とがっかりした。瞳が焼肉屋に行きたいというのはだいぶ珍しい。


 瞳はあまり肉を食べない。野菜か魚を良く食べる。彼女の美しさの秘訣はそこにあるのかもしれないな、と僕は思った。


「お待たせしました」


 そう言って西村さんはコーヒーを持ってきてくれた。


「ありがとうございます」


 僕はお礼を言ってコーヒーを飲んだ。西村さんは僕の近くの椅子に腰かけた。


「陸人君もお砂糖とかは要らないの?」


「はい。甘いコーヒーも好きですけど、このコーヒーは特別美味しいので、何も入れない方がいいです」


 僕の言葉に西村さんは嬉しそうに笑顔を浮かべる。

「そうだ。今日瞳と焼肉に行くんですけど、ここらへんでいいお店知りませんか?」


 瞳、という言葉に西村さんは一瞬肩を震わせたが、平静を装い首をひねった。


「そうねぇ。ここから十分ぐらい歩くけど、はなうたっていうお店が美味しいって聞いたことあるわ」


「はなうた?」


 僕はスマホを取り出し、はなうた、と検索した。すると確かにレビューの評価が高い焼肉屋がヒットした。


「本当だ。人気ですね」


「私は行ったことないけれど、お客さんの間で結構人気なのよね」


 僕は、はなうたまでの経路を調べた。


「ありがとうございます! 行ってみます」


 西村さんは何か言いたげな表情をしていたが、何も言わず僕の顔をじっと見つめていた。


「瞳は今実家にある自分の荷物をまとめています。鍵も置いてくるみたいです」


「え?」


 そんな声を漏らして、西村さんはグッと自分の手を握った。


「瞳のお母さんは血の繋がっていない人だったんです。それを昨日お母さんが亡くなる直前に本人から聞いたらしくて。お父さんから詳しく事情を聞いて、縁を切ることを決めたそうです」


 動揺して目が泳ぐ西村さん。


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