家族

「陸人は私と家族になりたい?」


 陸人は左の口角をグッと引いた。それは私からの問いの正解を探すときにやる癖だ。


「本音でいいよ」


 私がそう言うと、陸人は顔のこわばりを緩め私をじっと見つめる。


「僕は家族になりたい。けれどその家族の縛りが君を苦しめたり君の重荷になってしまうなら、僕は今のままでいい。君の負担にはなりたくないんだ」


 私と一緒に居るために、一方的に負担を背負うと陸人は言っているのだ。以前までの私ならそれでいいと思っていただろう。けれど人間関係はある程度の均衡を保たなければ破綻する、と最近気が付いた。


 結婚したい彼と結婚したくない私。どちらかが妥協しなければ一緒に居られないならば、私たちの関係はもう終わらせてしまった方が良い。


「私も同じ。あなたに負担はかけたくない」


 陸人の顔色が曇り、眼差しがとても寂しくなった。


「僕は負担なんか背負ってないよ。今も十分幸せだもの」


 私は首を横に振った。


「二人の未来を話し合って折り合いをつけるだけの話だよ。それとも僕のこと嫌いになった?」


 また私は首を横に振る。


「浮気のことも、結婚のことも、いずれ私たちの間を引き裂く原因になってしまう気がするの。それも時間を置けばおくほど、根深いものになって帰ってくる」


「浮気のことに関しては僕も悪かったよ。でもすべては西城が悪いんだ」


「本当に私が西城に騙されて浮気したって、一寸の迷いなく信じている? もしかしたら私は西城のことが好きで体を許したかもしれないのよ?」


 陸人は今にも泣きだしそうな顔で私を見ていた。


「……正直なんでもいいよ。浮気されたって何されたって、そばにいてくれればそれでいいって僕は思っているんだ……」


 私を引き寄せ抱きしめる陸人は、弱弱しい口調で言った。


「瞳がすることが僕にとっての正義だ。だから瞳が浮気するなら、それがきっと正しいことなんだよ。だからいいんだ、もういいんだよ」


 究極の愛情は肯定なのか、陸人の綺麗な涙は私のためにあっていいのだろうか。分からない、どうしたらよいのか分からない。


「もし僕を嫌いになったのならそう言って。そうなったら僕は身を引くから。でもそれ以外の理由では別れたくない」


 私だって別れたくない。でも罪深い私はどう生きるのが正解なのか、分からない。


「お願いだから、嘘つかないで。本当に僕と別れたくなるまでそばにいてよ」


 別れたくなる時、そんな瞬間がいつか訪れるのだろうか。私を抱きしめる陸人の力が強まる。


「……うん。分かった」


 私は陸人の胸元でそう言った。自分の罪を陸人の体に塗っているような気分になって、私は陸人をきつく抱きしめ返すことが出来ない。


 父と最後に話したあの時、陸人に同席してもらったのは私のことを知って欲しかったからではなく、私の育ちがまともでないことを知り陸人が私を嫌ってくれるのではないかという微かな希望を抱いていたからだ。


 けれど、陸人が私のことを否定しないことぐらい心のどこかで分かっていた。私はいつまでも自分から別れを決断できない卑怯者だ。


「西村さんのところに行く?」


 私は陸人の胸元から離れ、西村さんのお店の方を見た。恋しさとやるせなさが同時に生まれて、私は首を横に振った。


「今は会いたくない。もう少し気持ちを整理して、時間が経ったら」


 陸人は私の頭を撫でる。


「分かった。じゃあもう福岡に帰る?」


「実家に……。もう実家じゃないけど荷物が少しあるの。あと鍵も返してくる。帰るのは明日にしようかな」


 腕時計をちらっと見て、時刻を確認する陸人。


「じゃあ僕は夜ご飯の店探しでもして待っているよ。食べたいものある?」


 反射的に西村さんの作った肉じゃがを思い出し、往生際が悪いなと私は自分を笑った。


「焼肉がいいな」


「おっ、いいね。探しておくよ」


 じゃあまた後でね、と私は陸人に伝えると歩き出し、実家まで向かう交通手段をスマホで検索し始めた。



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