太陽
ふと窓の外を見ると、すっかり暗くなった海の上にいくつかの光が浮かんでいた。
「これから漁に行くんだって。さっきこの店で食事していった漁師さんたちの船よ」
暗くてあまり見えないが、確かに光は船に揺られて動いている。
「これから夜なのに。暗闇の海は怖くないんでしょうか……」
素人の恥ずかしい質問だとは分かっていた。けれど僕は西村さんなら分かってくれると思って、その言葉を口にした。
「明るい方が怖い人も、この世の中にはいるのよ」
西村さんは海に浮かぶ光をじっと見つめて言った。
「暗闇の中で自分が光になりたいと強く願う人もいれば、目立たないように一生明るいところで明るいふりをして生きていたいと思う人もいる。自分から見える世界は他人とは全く違うはずなのに、みんな見せかけの自分に安心してしまうものよ」
僕はどう生きているだろう。瞳の前では暗闇も明るい場所も恐れないで居たい。
「何も恐れずに生きるのは、歳を重ねるごとに難しくなっていく。己の醜さに気がついていくからね。でも、己を知って初めて他人を許せるようになる。そして誰かを守りたいと思うようになる」
西村さんは僕の方を向いて、ニコッと笑った。
「瞳ちゃんを守る覚悟が出来た陸人君は、きっと自分の醜さを受け入れることが出来る人なのね」
照れくささから僕は自分の後頭部をかいた。
「西村さんは明るいところと暗闇、どちらに居たいですか?」
自分から話を逸らすために、僕は西村さんに聞いた。
「そうねぇ……」
先ほどよりも遠くなった海の上の光に視線を戻し、西村さんは頬杖をついた。
「私は明るくても暗くても、常に同じ光を持っていたいの。そうすれば、暗闇の中に居るときは誰かの道しるべになることが出来るかもしれないし、明るいところに居れば同士が集まって来そうじゃない? だからどこに居てもいいの」
きっとこの人は、自分の娘を失った代わりに多くの人の心に居場所を作ってきたんだろう。自分の過去の過ちを認めて、人に尽くす生き方をしてきたこの人を僕は尊敬する。
「僕もそんな生き方がしたいです」
「あら、あなたはダメよ」
西村さんはフフッと笑って言った。
「どうしてですか?」
「あなたは瞳ちゃんにとって輝く光であればいいのよ。ほかの人のことなんて考えなくていいの」
少し開いていた窓の隙間から、心地よい風がサァッと入って来る。
「人間、そんなに器用になんて生きられないから。泣かせたくない人がいるなら私のような生き方はダメよ」
白髪交じりの髪の毛が風に靡き、西村さんは自分の髪を耳に掛けた。その姿が先ほど浜辺で海を見ていた瞳の姿と被る。やっぱり似ているな、と思ったが僕は何も言わずコーヒーを一口飲んだ。
「確かに、僕の太陽は瞳ですからね。それでもう幸せです」
西村さんは、優しく微笑んだ。
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