最期の言葉
その時、私の机の上に置いていたスマホが音を出し震えた。
「瞳、電話」
そう言って陸人が私にスマホを差し出した。
「ありがとう」
私はスマホを受け取って、スマホ画面を確認すると父からの着信だった。
『もしもし』
『瞳、今どこにいる』
少し焦った父の声が電話口から聞こえてきた。
『今青森にいるけど』
私は母に何かあったのかと悟り、厨房を出て自分の荷物の近くに移動した。
『ならすぐ来てくれ。もしかすると明日はないかもしれない』
――明日はないかもしれない。その言葉に異様な緊張感を覚えた。
『わかった。また後で』
私はそう言って通話を切った。
「大丈夫?」
陸人はすかさず私に聞いた。
「お母さんが危ないみたい。すぐ病院に行く」
私は荷物をまとめながら答えた。
「なら荷物は僕が病院に届けるから、とりあえずスマホだけ持って急いで行って!」
陸人は私の背中を押して言った。
「分かった。西村さん、また来ます!」
私はそう言うと、病院に向かって走り出した。なぜこんなに急いでいるんだろう、心のどこかで自分の行動を客観的に見ている自分がいた。別に焦らなくてもいいじゃない、どうせ死んだってかまわないんだから。けれど足は止まらない。病院に急いでいかなければならない使命感が私を走らせる。
あっという間に病院に到着し、私は急いで母の居る病室に行った。母の病室の前で足を止め、はぁと息を吐くと生唾を飲んだ。そして気持ちを落ち着かせるため目を閉じる。
――大丈夫。
自分を落ち着かせる言葉を心の中で呟いて、病室のドアをノックした。返答はなく、私はゆっくりとドアを開ける。
病室には父とベッドで横たわる母がいた。
「来たか」
父は振り返ってそう言うと、椅子から立ちあがった。
「進行が早くて全身に転移しているらしい」
酸素吸入マスクを着け、苦しそうに寝ている母。これが私の望んでいた未来だ。
「お前に話したいことがあるらしい。そばに行って聞いてあげてくれ」
父はそう言うと病室を出て行った。私は父の座っていたベッド脇の椅子に腰かけ、母の顔を覗き込む。すると母はゆっくり目を開いた。
「来て、くれた、のね……」
母は薄っすらと笑みを浮かべ、マスクを外そうとした。
「お母さんダメだよ。話って?」
私は母の行動を制するが、母はマスクをずらした。
「あなたに、ずっと言えなかったことが、あるの……」
今まで冷たくして、厳しくしてごめんなさい。そう母は言ってくれるんだろうな、と私は思った。
「なに?」
謝っても許しはしない、けれど心のどこかでは謝ってくれることを期待していた。母の死の瀬戸際に母を好きになれる箇所が一つでも見つかれば、私の心が少し軽くなるような気がする。
「今まで、あなたを、育ててきた、けれど」
自分の手をぎゅっと握り、私は母の放つ言葉に集中していた。
「あなたは……」
ぼそぼそと話してもどかしい。私は若干苛立ちながら話を聞いていた。
「私の、本当の、子供じゃ、ない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます