第二のお母さん

 傍にいた店主が私たちの肩に手を置き、そして私のことを抱きしめた。


「悪いのはその上司よ。あなたたちはやり方は間違ってしまったけれど、相手を大切に思っていただけなの。必要以上に罪悪感に駆られる必要なんてないわ」


 私は店主の肩に自分の頬を当て、涙を流す。なぜこんなにもこの人の胸元は落ち着くのだろう。


「罪悪感を逃避に使っても問題は解決しない。今客観的に見て、悪いのはあなたたちをだました上司と、あなたたちが自分の気持ちをしっかり話さなかったこと。でもあなたたちのお互いを守りたかった想いは間違っていないのよ」


 陸人は優しく私を見つめている。


「解決するには少し時間が必要だと思うけど、二人でしっかり話して欲しい。どうか安直な思いや結果に騙されないで、二人の本当の幸せを見極めてね」


 すっかり辺りは暗くなり、あまり陸人の顔が認識できない。


「ちゃんともっと話がしたい。瞳、いいかな?」


 私は頷いて、陸人の手をぎゅっと握る。久しぶりの陸人の体温に安堵を覚え、私は陸人のことが好きなのだと実感した。


「良かった……」


 店主はそう言って、私の顔についた砂を優しく払う。この人の手つきは、どうしてこんなに優しくて落ち着くのだろう。


「お母さんのところには行ったの?」


「ううん、まだ」


「そっか」


 陸人とは自分に着いた砂には目もくれず、私の腕や服に着いた砂を振り払った。


「どうする? ご飯食べていく?」


 店主はそう言って自分の店を指さした。私たちは目を合わせ、どう答えようか迷っていた。


「そんな時間も惜しいか」


 私たちの意図を汲み取り、店主は笑う。


「すみません」


「いいのよ。二、三日お店開けているから、帰る前に良かったら寄ってくれる?」


「はい」


 私はそう答えると、ハッとしてポケットから財布を取り出した。


「すみません、お金も払わずに店を出てしまって」


「あーいいのよ。要らない」


「え」


 店主は顔の前で手を数回振る。


「なんたって趣味でやってるから。そのお金で、お母さんに何か買っていきなさい」


 私はどうしようか、と陸人の方を見た。


「あなたにとっては迷惑なお母さんかもしれないけど、子供を産んだからって親になれるわけじゃないのよ。あなたをこの歳まで育てたお母さんは、立派よ」


 陸人は私の母のことを何も知らない。だからこの話も首を傾げて聞いていた。


「でも、私はあなたがお母さんが良かった」


 こんな言葉を言うのは非常識かもしれない。でも、言わずにはいれなかった。心の底から、店主のような優しくて温かい人がお母さんなら幸せだったと思う。


「私が子供を産んだ時、今ぐらいの経験値なら良かったのにね。いつでもあなたの第二のお母さんになるから、遊びにいらっしゃい」


 私は微笑んで店主に頭を下げる。陸人に行こう、と声をかけて私は歩き出した。


「あ」


 私は大事なことを忘れていた、と振り返る。


「お名前は?」


 店主に向かって私はそう聞いた。店主はニコッと笑って、大きめの声で答える。


「西村冴です」



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