第347話 心象風景
ロキシーの魂を救い出すには、小さな神——光り輝く球体の内部に侵入しないと始まらない。
果たして、黒剣で球体の表面を斬り開けるか……。
『試してみるほかないだろう』
「ああ、やろう」
俺は海面を蹴り上げて、大きくジャンプした。みるみるうちに光の球体が近づいてくる。跳躍も申し分ない。このまま行けば、光の球体に接触できる。
黒剣で、いつでも切り込めるように構えた。
「なに!?」
『おいおいおい!!』
俺の体がくるりと反転したのだ。まさに天地がひっくり返ったような感覚だった。
『重力が反転しているぞ』
「光の球体に引っ張られるっ!」
どんどん光の球体に引っ張られていく。それに伴って、体が重くなっていった。
手に持っている黒剣が倍の重さになり、さらにその倍に!?
手足も途轍もなく重い。関節がギシギシと悲鳴を上げていた。
『重力が通常の20倍だ。まだまだ上がるぞ』
「ダメだ。逃げられないっ」
足場がまったくない空中だ。翼があれば、まだ羽ばたいて回避できるが……今の俺にはそれがなかった。
近づけば近づくほど重力が増さっていく。光の球体に吸い寄せられた俺は、着地もできずに表面に叩き付けられた。
その衝撃は凄まじく、内臓が口から飛び出てしまうのではないかと感じたほどだ。実際にはそんなことはなく、大量に吐血しただけだった。
『大丈夫か?』
「肺が少し潰れただけだ」
『それにしても、まさかの超重力か……。手も足も出ないとはこのことだな』
俺は黒剣を右手で握ったまま、大の字で仰向けになって身動きが取れない状態だった。
まさか……小さな神の上で磔にされるとは思ってもみなかった。
ある程度の力を取り戻したことで、体が丈夫になったと思っていた。だけど、体の外側から重さがかかることと、内部から重さがかかるのではまったく負荷が違った。
体を少しでも動かすと、内側からミンチにされているような痛みが襲ってくる。それでも、ゆっくり小さな神の上で寝ている暇はなかった。
体を揺らして、うつ伏せにひっくり返る。そして、両腕に力を入れて、上半身を光の球体の表面から引き離した。少しだけ浮き上がった隙間に左膝を滑り込ませて、体全体を起き上がらせようとした。
『立てそうか?』
「……跪くのが精一杯だ」
『上出来だ』
黒剣を今できる可能な高さまで上げて、一気に振り下ろした。
拒絶するかのように弾かれてしまった。黒剣を握っていた手が痺れてしまうほどにだ。
この手応えは……硬いという感じではない。見えない壁によって、光の球体に剣先が届かないように守られている!?
「グリード、どうにかならないか!」
『届けば……届きさえすればな。ん? ちょっと待てよ』
「どうした?」
グリードは少しだけ考えていた。そうしている間にも超重力が俺の体を蝕んでいった。
『さきほど弾かれたとき、ほんの僅かだが刃先が進んだ瞬間があった。あのとき、精霊の力がお前から俺に流れ込んでいた』
「身に宿しているウンディーネの力か?」
『そうだ。これは精霊の力を取り込んでいる。だから、受け入れられたのかもしれん』
確かに、今も精霊の力——光の魚が球体に取り込まれ続けている。ウンディーネの力もこの光の魚と同じようなものなのだろう。
「なら、ウンディーネの力をすべてグリードに送る」
『それだけでは足りない。お前が持っているもう一つを俺に寄越せ』
「ベリアルを捧げろと!?」
『俺様もフェイトと同じように精霊が支配する世界にそろそろ馴染んできたはずだ。さっさとしろ!』
このままでは体が超重力にいつまで耐えられるかわからない。
ずっと精霊獣ベリアルに助けられてきた。愛着が湧いてきたところだが、グリードに捧げるしかないだろう。それに元はエルフの兵士長から奪ったものだ。
暴食スキル保持者として、未練がましく固執するのもおかしな話だ。だけど、俺を支えてくれたことだけは、礼を言っておきたい。胸の中で感謝しながら、ベリアルを呼ぶ。
「ベリアル、来いっ!」
真っ黒な分厚い体毛に覆われていた精霊獣が現れる。大きな角を二本生やした牛のような勇ましい顔も今日で見納めだ。
ベリアルはこれから自身が行う役目について、理解しているようだった。そして、光の球体から重力は影響していなかった。俺の二倍以上ある体をいつもと同じように動かして、俺に向けて跪いた。
顔を上げたベリアルはじっと俺の目を見つめて、命令を待っていた。
「グリード、いくぞ!」
『さあ、俺様に捧げろっ!』
黒剣の剣先をベリアルへ向ける。黒剣とベリアルが呼応するかのように、光り始めた。
そして、ベリアルは姿が光の粒子へと変わっていき、黒剣へ流れ込む。
ベリアルが跡形もなく消え去ったときには、黒剣は凍てつく氷の剣に姿を変えていた。
『俺様の新たな力……エレメンタルフォーム。位階奥義と同じで一回限りの絶技だ。ちゃんと決めろよ!』
「ベリアルを捧げたんだ……当たり前だ!!」
もう一度、両手で持った氷の黒剣を振り上げる。そして声を上げながら、渾身の力で振り下ろす。超重力の加速も合わさって、これ以上ない一撃だった。
見えない壁を貫いて、氷の黒剣は一瞬にして光の球体の表面を凍らせてしまった。
氷によって通り道を遮断されてしまった光の魚は、行き場を失って光の球体の周りを泳いでいた。
俺は突き刺した氷の黒剣を捻る。途端に凍った光の球体の表面がひび割れていき、最後はすべてが砕け散った。そして、役目を終えた氷の黒剣は冷気を失って元の姿に戻っていた。
『よしっ、障壁を破壊できたぞ」
「このまま潜行する」
見えない壁を消滅することに成功した俺は光の球体へ飛び込んだ。中は液体に満たされていた。海のように流れがある。水よりもさらさらとしていて、少し温かかった。
思ったよりも泳ぎやすいし、この中は超重力がなかった。なんというか、ずっとこの場所に留まっておきたいと感じさせるような居心地の良さだった。
このまま中心部にいるロキシーに向けて、一直線に潜っていく。
(いける……あと少し)
水の中に漂う彼女にどんどん近づいている。ロキシーの顔がはっきりと見えるほどにまでやってくることができた。
泳ぎながら、手を伸ばす。
ロキシーの左手首を掴めた!
そう思ったときには、俺の手は彼女をすり抜けていた。
今のここにいるロキシーは実体のない魂だけの存在だ。そして、俺は肉体を持った状態だ。あり方が違うため、接触することができないのだ。
『あのときからお前とロキシーは繋がっているというのに……まったく世話がかかる。俺様を使え。間を取り持ってやる』
黒剣が光り出して、俺とロキシーはそれに包まれていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
瞑った目を開けたときには、どこまでも続く草原に立っていた。いや、よく見れば……沢山の花の蕾がいたるところにあった。以前は満開の花々が溢れんばかりに咲いていたのだろう。
俺は一度だけここに来たことがある。
そうだ。彼の地での戦いで、昏睡状態だったロキシーを救うために父親であるメイソン様の力を借りて、彼女の心と繋がった。
そして、ここはロキシーが作り出した心象風景だ。
「……まだメイソン様の力は生きていたんだ」
あのとき限りの奇跡だと思っていた。だけど、ずっとメイソン様は俺とロキシーを繋いでくれていたんだ。
また助けられてしまった。ありがとうございます……メイソン様。
過去にグレートウォールに接触した際に、ロキシーに会えたのもこの力のおかげだったのだろう。
ロキシーはここにいる。会ってちゃんと話そう。
自然と彼女がいる方角がわかってしまう。これも繋がりが今もあるからだと思う。
俺はロキシーに会うために草原を歩き出した。
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