第346話 グレートウォールの統率者

 地平線の向こう側は、黄金色の眩い光に溢れていた。空や海から流れ込む光の終着地点。あまりの眩しさに目を細めてみてしまうほどだった。

 俺は黒盾から降りて、姿を黒剣へ戻して鞘にしまった。グリードはこの場所に来て、俺と同じように光を認識できるようになっていた。おそらく、俺たちの目線の先にある巨大な光の球体から発する力が大きすぎて、精霊を介さなくても視覚できてしまうのだろう。


『空と海から光が球体に流れ込んでいるな』


 体を流れる血液のように、この世界に流れる力が球体に注がれているように見えた。

 規模は小さいけど、明らかに俺はこれと似たようなものを知っている。それは、グリードも同じだった。


『まさか……ここまで似ているとな』

「ああ、彼の地で喰らった出来損ないの神にそっくりだ」

『こっちは小さいが……あれを思い出すと虫唾が走るな』


 出来損ないの神――王国の生きとし生けるものの魂をすべて取り込もうとした存在。それが叶ったとき、ライブラは神となる存在だと言った。それも今は叶わずに俺の暴食スキルの中にある。


 そして、それと似たものが俺とグリードの目の前に現れたのだ。


 心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。ルーンバッハの地下施設で、グリードが予期していたこと……それが現実となってしまっていた。


 三賢人は精霊を使って、自分たちの神を作ろうとしている。

 俺たちが目にしている光景は、彼の地で神を生み出そうとしていたことの再現のようだった。


『ライブラと袂を分かった聖獣人の考えそうなことだな。しかし、規模が小さい。もしかしたら、実験的に作られたのかもしれん』

「グレートウォール内は、侵入者を転移させたりできていた。あの力は、精霊を使った小さな神によるものだったのか」

『聖騎士だけではなく、大罪スキル保持者であるエリスやゲオルクにも影響を与えれた理由はわかったな』

「神の力なら、今までのこともすべて納得だな。魔物を獣人へ……外へ出れば、その力は加護はなくなり、魔物へ戻る」

『ライブラの言葉を借りれば、神の奇跡ってやつだ』

「……グレートウォールの真の姿」


 大きさは、彼の地にあったものよりも小さいが、とても強い力を感じる。その球体は、光を鼓動のように発していた。まるで、心臓の鼓動のようだった。


 不可能を可能にしてしまう力を秘めたものがまたしても、立ち塞がるのか……。ライブラがグレートウォールのコントロールに精通していた理由も今更ながらわかった。中身は、やつが以前に管理していたものと似ていたからだ。


 ライブラは、ずっとわかっていたのだ。グレートウォールの中に何があるかを。


『まんまとやられたな』

「あいつはなんでもかんでも、教えてくれるやつじゃない。それにあの性格ならここへ来ればわかることを、わざわざ言わないだろうさ」

『そうだったな。俺様たちが驚くのを楽しむようなやつだ』

「とんだサプライズだよ」


 ライブラの喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。

 そして、神に関係することだったからこそ、ライブラは俺たちをグレートウォールの内部へ導くことができた。良いこともちゃんとある。


『ライブラが預言者としての力も神を利用していたからかもしれん』

「おそらく……そうだと思う。だとすると、ユーフェミアの未来視もグレートウォールの中にいる神よって与えられた力なのかも」

『その線が濃厚だろう。それができる血筋なのだろう』


 さらにロキシーをグレートウォールの御神体にできたのも、俺たちの前にいる神をライブラが知っていたからだ。初めからわかっていて、ずっと黙っていた。そして、やつは最終的に俺がここへたどり着くと予想していた。


 そして、この小さな神を俺が喰らうことに協力している。やはり、その理由は三賢人だ。彼の地にいる神を捨て、ライブラたちを裏切り、新たな神を創造しようとしている。


 ライブラはハイエルフのグレートウォールが片付いたら、三賢人を探しにクロエ島かエマ島へ行くと言った。おそらく、三賢人の身勝手を許していないのだろう。ライブラは裏切り者たちを粛清しようとしているのか……。


 思いもしなかった神の姿に、俺とグリードは今までのことを振り返って、思考を巡らせてしまった。

 俺は大きく息を吸って、吐き出した。彼の地での戦いが、再現されたような感覚を断ち切るために気持ちをリセットさせる。


『大丈夫か?』

「問題ない。そっちこそ、どうなんだ?」

『気分の良いものではない。だが、お前はこれから、それを喰らうんだ。もう一度、できるのか?』

「できるか、できないかじゃない。やるしかない……それだけさ。出来損ないの神をくらったときより、あれは小さいしな」

『小さくても、神に近いものだ。気を付けろ』


 グリードが神喰らいを心配するのはよくわかる。彼の地で、出来損ないの神を喰らったとき、俺は自分を失いかけた。そのときは、暴食スキルに喰われた魂たちが助けてくれた。

 だが、その者たちはもういない。


 今の暴食スキルの世界は変わり果てていた。熱く煮えたたぎっていた世界は、吹雪が舞う極寒となり、魂たちは氷漬けにされてしまっていた。父さんだけは救い出せたけど、エクセキューショナーとなったアーロンと交戦中だ。


 とてもじゃないが、以前のように俺に力を貸してくれる者はいないだろう。

 二度目の神喰らいは、一人だ。


「行こう」


 宙に浮いている光り輝く球体に向けて、俺は歩き出した。球体から光と共に僅かに風が発せられていた。その風によって、海面が波紋のように周期的に揺れていた。

 海で起こる波とは違っており、規則正しい形をしている。その波は足で踏んでも、形は崩れることはなく、通り過ぎていった。


 それ以外は静かだった。襲ってくる魔物もどこにも見当たらないし、気配も感じなかった。

 だからといって、警戒を緩めずに一歩一歩、球体へ近づいていく。それに伴って、球体からの光も強くなっていくのを感じた。


『眩しいな』

「もう少しだ」


 すぐ近くまでやってきて、見上げた球体は太陽のように輝いており、直視するのも大変なほどだった。

 さて、この小さな神をどうやって、喰らおうか。たくさんの精霊によって、作り出された存在なら、倒せば暴食スキルが喰らってくれるかもしれない。


 後は取り込んだ小さな神を調伏させれば、完了だ。


 頭で考えるのは簡単だ。それを実行するとなれば話は違ってくる。

 俺は鞘から黒剣を引き抜いた。どこまで通用するのかわからないけど、やってみるほかはない。


「いくぞ、グリード!」

『待て!!』


 強く握った黒剣に反して、グリードは俺を止めた。


『フェイト、よく見ろ。光の中を……その中心を!』


 黒剣を下げて、グリードの言う方向を見る。球体が放つ光によって、中心を見るのはとても難しかった。それなら、今俺の身に宿している精霊獣ウンディーネの力を借りよう。精霊獣の力を使えば、暗闇の中でもはっきりと見ることができた。小さな神は精霊の集合体だ。

 精霊獣なら、眩い光も暗闇と同じように見通せるかもしれない。


 ウンディーネの力を目に集中させて、もう一度球体の中心を見た。

 光に邪魔されることなく、中心部が見えてくる。人の姿だ。それも天使の翼が6枚!?

 そして、長い金色の髪をした女性だった。


「……ロキシーッ!!」

『彼女の魂だ。球体の中心部に囚われているぞ』


 まさか……これをやったのはライブラか!

 ロキシーがグレートウォールの御神体となるためにした方法が、彼女の魂を小さな神の中へ埋め込むことだったなんて……。


『埋め込むことで、本来の適格者ではないロキシーでも役を担えたのだろう。だが、このまま喰らうことはできないぞ』

「なら、切り離すだけだ」


 一抹の不安を覚えたが、ここで彼女の魂を解放できるのなら、是が非でもやるべきだ。そして、小さな神を喰らって、ロキシーとの繋がりを完全に断ってやる。

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