第345話 地平線の先へ

 波乗りをしている海水には、他にも特性があった。俺の精霊獣であるウンディーネで操れないのだ。しかたないので、水を作り出してから、空から攻撃をしてくる魔物に対して迎撃を試みた。これなら、うまく操れる。地平線の向こう側まで広がっている海は、やはり何かが違っていた。


 それでもこの海水を使えば、魔物からの稲妻や炎、氷などの攻撃を防ぐことができる。気味が悪い感じがするけど、魔物の大群からの攻撃を凌ぐにはこれ以上の盾を利用するほかなかった。


 グリードは黒盾になっており、波乗り用に使っているため、攻撃手段は俺の身に宿したウンディーネ頼りだ。


『まさか……この俺様が足踏みされながら、波乗り用の板にされるとはな……』

「そう落ち込むなよ。一緒に波乗りを楽しもうぜ。ケイロスだって、そうしたはずさ」


 状況は最悪だが、口で言うよりも波乗りは楽しかった。王国にいた頃には、海など見たことはなかった。外の世界に来て、初めて海というものを実際に目にした。あまりの雄大さを見せつけられて、驚いたことをよく覚えている。

 ここはグレートウォールの世界だけど、現実の海に似ていた。そんな場所で大波に乗って、縦横無尽に移動できるのは爽快だった。


『まったく……お前というやつは……。まあ、あいつなら、どんな状況でも楽しめる瞬間をしっかりと見つけていた』

「そういうこと。ずっと緊張が続いているからさ。少しはリセットしないと、凝り固まっていたら大事なときにちゃんとできなさそうだからな」

『ケイロス仕込みか?』

「彼を見て学んだんだ。それにケイロスにはもう頼れない」

『……ああ、そうだな。あいつはもう行ってしまった』


 彼の地での戦いで、たくさん力を貸してくれたケイロス。前の暴食スキル保持者として、暴食スキルの世界の中に留まって、俺とグリードをずっと見守っていた。彼にあの世界で暴食スキル保持者として導かれたからこそ今の自分がある。彼とは全く性格は違うけど、良いところは取り入れていきたいと思っている。


 ケイロスから暴食スキルを託された者として、彼への敬意とともに受け継ぎたいからだ。


「あと、思いついたんだけどさ」

『なんだ?』

「ウンディーネの水を操る力を使えば、大波なしでも推進力にできるかも」

『なるほどな……と言いたいところだが、うまく扱えればの話だぞ』

「完全調伏に向けて頑張ってみるさ」


 魔物へ向けての手加減抜きの全力攻撃とは違う。海面を黒盾でうまく滑っていくために、力の加減が必要なのだ。できなければ、すぐにコントロールを失って、海面でド派手な大転倒をしてしまうだろう。そのときはグリードに大いに笑ってもらおう。


「よしっ、やるぞ。準備は良いか?」

『ドンとこい!』

「ウンディーネっ!」


 俺の声に呼応して、黒盾を押し出すように水が噴出した。その勢いはどんどん加速して、波乗りをしていた大波から黒盾を押し出していった。


『良い感じだぞ。その調子だ』

「任せろ!」

『ん? ちょっと勢いがあり過ぎないか? おいおいおいおいおい!?』

「あれっ、勢いのコントロールが…………うっ、うああああああぁぁ」


 ここに来て、ウンディーネが言うことを聞かなくなっている!?

 あっという間に大波は遙か後方に。そして、水圧に威力があり過ぎて、海面を滑っているというよりも、海面の上を飛んでいるといった方が正しかった。


 初めは良かったのに……細かな力のコントロールを失っていった。このままではフルスロットルで大爆走だ。

 後ろを見ると、大波はすでに小波に変わっていた。あの波に乗れたとしても、大して進めないだろう。それに空にたくさんの魔物が控えている。

 もうこのまま全力で突っ走ったほうがいい。問題は、この暴れ馬と化したウンディーネを黒盾で乗りこなせるかだ。


「このままいくぞ!」

『転ぶなよ』

「縁起でも無いことを言うな」


 海水を大量に巻き上げながら、俺たちは進んでいく。後方からの魔物の攻撃は、立ち上った海水が防いでくれるので、俺は前方だけに集中するだけで良かった。


『前から山のような魔物が二匹来たぞ』

「よしっ、飛ぶぞ!」


 巨大な魔物たちが俺を食べようと体ごと飛び込んできた。

 俺は黒盾の持ち手に足を引っかけて、ウンディーネの水圧を利用して高くジャンプした。そして空中でバランスを取るために、姿勢を屈めて黒盾の縁を右手で掴んだ。


「大きな魔物も一飛び」

『ここで一回転だ』


 魔物を飛び越える途中で、グリードからの要望だ。特に一回転する理由はない。

 これも遊び心として、やってみるのも良いだろう。

 体をひねらせて、縦に一回転させる。ウンディーネのパワフルな水圧のおかげで、豪快な回転となった。


 魔物たちの攻撃を躱すと、そのままの勢いで海面を滑走しながら着水した。


『やればできるじゃないか! 100点満点だ』

「黒盾の傾け方しだいで、方向はなんとかコントロールできそうだ」

『なら、ターンも決めて躱していけ』

「要望が多いな……」

『俺様に乗っているんだ。それくらいはして見せろ!』


 確かにグリードを踏みつけているからな。このままの状態で進むためにも、彼の要望は叶えてご機嫌取りをしておいた方がいいだろう。

 それに俺も海面を切りながら、ターンをしてみたい。


『次が来たぞ! 備えろ!』


 今度は空と海からの同時攻撃だった。ロックバードをさらに巨大化したような鳥、鯨のような姿をしたケートゥスという魔物に似たものまでいた。

 どちらも俺が豆粒になってしまうほど大きい。


 それが群れを成して襲ってきたものだから、高い壁が迫ってきているような感覚だった。

 俺は魔物と魔物との僅かな隙間を縫うようにして、黒盾を走らせた。


『ここでターンだ!』

「わかっているって」


 背中を後ろへ傾けることで重心を左へと移動させる。

 おっ! やったぞ! ちゃんと左に曲がってきた。さらに重心移動することで、しっかりとターンをして、飛び込んでくる魔物の回避に成功した。そして、続けざまに今度は反対側にターンをして、他の魔物が放った炎も躱していった。


『いいぞ。その調子だ』

「黒盾の傾け方に慣れてきたし、ウンディーネも言うことを聞くようになってきた」

『なら、もっと舞えるな』

「やってやるさ!」


 空から柱ほどの氷柱が降り注いでくる中で、俺はショートターンをしながら、躱して進んでいく。

 ん? 足元の海面に大きな黒い影が映った。

 また、俺を海水ごと飲み込もうとしている魔物がいるようだ。それはすぐさまジャンプをして、その攻撃を躱す。海面から飛び上がった魔物は俺を食らい損ねて、悔し紛れに尻尾で攻撃をしてきた。だが、俺は咄嗟に魔物の体に着地をして、その上を黒盾で滑って回避する。


『空からも来るぞ!』


 巨大なロックバードもどきが俺を捉えようと、鋭い爪で襲ってきた。その攻撃も、体をひねって一回転することで難なく躱すことができた。

 そして、海面に着水した後、ウンディーネの力で全解放する。俺が乗る黒盾はウンディーネが作り出す水圧に押されて、魔物の群れを突き放した。


 快調に魔物の群れを抜けると、いきなり海が静かになった。そして、今まで追っていた光の魚たちは、さらに数を増していき……その先の地平線の向こう側が一際大きく光っていた。

 そして、空の輝きも同じように方角へ向かっている。あそこに何かがあるのは明白だった。


『とうとう俺様たちが目指していた終着点が近いようだな』

「俺の中にいるウンディーネを通して、強い力を感じる。あそこにグレートウォールを統率するものがいるのか……」

『邪魔をする魔物もいなくなったことだし、今のうちだな』


 このまま黒盾で海面を一気に滑っていく。光の魚が集まる終着地点……グレートウォールの世界の中心とも呼べる場所を目指して、地平線の向こう側へ。

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