第341話 フェイトとライブラ

 神殿を出た俺とライブラはすぐに裏道に入った。そして、慎重にできるだけ人に会わないように気を遣った。

 ライブラは物陰に隠れて通り過ぎる兵士たちを見ていた。


「兵士たちが多いね」

「聖職者たちが礼拝堂に押しかけているからな。暴動が起きるかもしれないと警戒しているんだろ」

「彼らの目は別に向いている……僕たちには都合が良い」

「そうだけど、見つかるなよ。この騒ぎは誰がきっかけになっているかを忘れるなよ」

「あははっ、見つかったら兵士に掴まって、即礼拝堂へ連行されるだろうね」

「笑い事じゃないんだよ!」


 本当に緊張感がないやつだ。ライブラの首根っこを掴んで、先に進む。

 それでも、やつの行動は的確だった。兵士たちの動きをすべて把握しているかのように、掻い潜りながら歩いて行く。


「焦るといらない力が入ってしまい、かえって見つかりやすくなってしまうんだ」

「手慣れているな」

「もちろんさ。人知れず監視するのが得意だからね」

「俺にもしていたんじゃないだろうな?」

「過去の話さ。でも気がつかなかっただろ?」


 ライブラは自信たっぷりに言ってきた。

 思い返してみれば、俺を含めて誰もライブラに気がつかなかった。やつは必要なときにどこからともなく現れて、助言または強制をしてきた。そういったことができるから、ハイエルフの国でも予言者として持ち上げられているのだろう。


「なら、街をできるまでしっかりと頼む」

「わかってるさ。もし、見つかっても始末すれば……」


 残酷なほどの笑みをこぼしたライブラに忠告する。


「無用なことをするな」

「そうかい。どうせ、君がやろうとしていることが成功すれば、敵になるんだ。早いか遅いかの話だと思うけど」

「俺と行動を共にするのなら、そういった考え方はやめろ」

「では、慎重にいこう。ここからは会話もなしだ」


 珍しく黙り込んだライブラは、俺から見ても真面目な聖職者の顔になった。こんな寛容な顔をしていたら、ハイエルフたちが人生相談をして悩みを打ち上げていたのも納得だ。


 何事もなかったかのように俺たちはハイエルフの街を抜けた。そして獣人たちがせっせと働く農地を歩いていた。


「久しぶりに彼らの働きぶりを見たよ。良い仕事っぷりだね」

「それもすべてはハイエルフのためにな」

「獣人牧場でそういう思考を持つ個体を選別して、躾もしているからね。それ以外の世界を知らない彼らを解放したところで、幸せになれると思うかい?」

「やってみないとわからない。幸せって、そうやって掴むものだろ?」

「ああ、そうだったね。君は確証のないことを切り開いて、ここまでやってきた」

「それにロキシーもいる。俺よりも、もっとうまくできるはずだ」


 王国でも民を導くことにかけては、彼女以上の存在はいなかった。すべては同じとはいかないだろうが、獣人たちにも新しい世界を見せられるはずだ。


「君は彼女をいつも信頼しているんだね」

「当たり前だ」

「言い切るね。良くも悪くも彼女は君に強い影響を与えている。もし、彼女に出会わなければ、もっと違った人生を歩めたかもね」

「たらればなんて、馬鹿げている。全部、自分で選んだことだ」


 俺は自分の頬を指差しながら言う。


「聖刻によって縛られているお前にはわからないことだ」

「そうさ。聖獣人とは元来そういうものだ。それを嫌って自我を放棄した者すらいたくらいさ。僕らは完成された生命で、神に祝福されていると同時に神の奴隷なのさ」

「俺を助けてくれるのも、暴食スキルに喰われた出来損ないの神ためか?」


 そう言うと、ライブラは大きく笑って見せた。


「……君はわかりやすいね。僕は君に興味がある。それと同じくらい君の中にいる神だった者がどうなっていくのかにも関心があるんだ」

「神だった者?」

「暴食スキルに喰われたことによって、なんらかの影響を受けている可能性があるってことさ。君やもう一人の君が教えてくれただろ。暴食スキルの中で大暴れしているってね」

「お前の知っている神ではなくなったと?」

「元々大罪スキルは、神に抗うために生まれてきた。相反するもの同士が一つになれると思うかい?」

「互いに拒絶反応を起こしているのか……」

「状況から察するにね。もう、僕が知っている神とは違った者へとなろうとしているかもしれない」

「そのためにこうやって協力してくれているわけか。見届けてどうする?」

「まだ決めてはいない。だから、僕の期待を裏切らないでくれ」


 ライブラはこの話を続けるつもりはなかった。やつの期待とは一体どのようなものなのだろう。

 獣人たちが働き続ける農地を抜けて、鬱蒼とした森の中へ踏み入れる。何度も来ているので、もう慣れたものだった。


「すばらしい案内だね。もうハイエルフの国は君の庭みたいなものかな」

「急いでいるんだ。俺が知っている最短ルートってだけだ。お前はどうなんだ?」

「僕かい? 神殿と礼拝堂を行ったり来たり。世間知らずの箱入り娘みたいなものさ」

「よく言う。そこらへんのハイエルフよりも情報通だろ」

「それは迷える子羊たちのおかげだね」

「なら、今度は道も良く聞いておくんだな」

「立場が枢機卿のままでいられたら、考えておくよ」


 俺に協力した段階で、ライブラの地位は剥奪されるだろう。なにせ、グレートウォールが無くなり、獣人まで解放しようとしているのだ。ハイエルフにとって、都合の悪いことばかりで、何かメリットがあるだろうか。

 今まで預言者として持てはやされたライブラでも、非難は避けられない。


「ロキシーをあのままにしておいてよかったのかな」

「大丈夫さ。僕がいなければ、彼らはうかつに手出しはできない状況だ。ことが順調に済めば、彼女は目覚める。君が一番知っているだろ? 彼女はとても強いって」

「そうだな。ロキシーが遅れを取るなんて」

「ハイエルフ相手には万が一にもないだろう。戦った僕が保証するよ」


 ロキシーは俺と違って、弱体化はしていない。彼の地での戦いで得た力を今も保っている。ライブラに保証されるのは癪だが……敵だった者に言われたら説得力がある。


「なあ、ロキシーの代わりになる予定だった女性はどうなるんだ?」

「もしかして、地下から連れてきたことに責任を感じているのかい?」

「そうだよ。彼女をそのままにはできない」


 ライブラは首を右に左に傾けながら、なにやら考えているようだった。

 しかし、良い考えが思い浮かばないようで困った顔をしていた。


「彼女は普通の人と違う。空っぽなんだ」

「確か……グレートウォールの御神体として運用するためにか?」

「自我は邪魔だからね。ロキシーのように疲弊してしまう」

「目覚めることができたとしても……」

「生ける屍のようなものさ。僕としては、このままにしておく方がいいと思うよ」


 ライブラが言うには、グレートウォールがなくなれば、ハイエルフたちは大きく混乱することは必至。緑髪の彼女をどうこうする余裕はないだろうという見解だった。


「窮地に陥れば、ほとんどの者は自分のことばかりさ。特にハイエルフはその気質が強いね。君とロキシーが変わっているのさ」

「お前はどうなんだ?」

「僕かい? どうだろうね……考えたことがないな。ほら、聖獣人って聖刻に支配されていたからね」

「そうかよ。彼の地で追い詰められたとき、他の聖獣を取り込んでいたけどな」

「あははっ……懐かしいな。あれも聖刻が成せる御業ってやつさ。でも無茶をしたから、この通りボロボロさ」


 そう言って両手を広げてみせるライブラ。俺から見て、弱っているようには感じさなかった。それどころか、元気いっぱいに見えた。

 ライブラは自分の胸に手を当てながら言う。


「肉体は修復できても、魂はそうはいかない。君からもらった最後の一撃は、ここにしっかりと届いていた。こうやって君と話せているのが不思議なくらいにね」

「奇跡とでも言うつもりか? いかにも聖職者の好きそうな言葉だ」

「聖獣人と人間との間に生まれた奇跡の子に言われたくないね」

「それもどうせ、お前が考えたんだろ」


 ライブラは満面の笑みで目線を横にずらした。

 話をしているうちに鬱蒼とした森を抜けて、グレートウォールが目前に迫っていた。

 グリードはずっと会話に参加することはなかった。ライブラとは浅からぬ因縁がある。とても会話に参加する気になれなかったのだろう。そんな彼は重たい口を開いて、俺たちに言う。


『おしゃべりはここまでだ。さっさと取りかかるぞ。わかっているな、ライブラ』

「もちろんさ」


 ライブラは虚空からミーティアを取り出してみせた。

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