第339話 隠し通路

 ライブラが案内したのは秘密の通路だった。それは、礼拝堂と神殿を繋ぐ地下通路だ。歴史ある建築様式に似つかわしくない金属が張り巡らされた階段を下りた先に、認証装置を備えた重々しい扉があった。


「この扉を開けられるのは僕だけさ」


 ライブラはそう言って、扉を開けて俺を招き入れた。

 真新しい通路を見ながら、ライブラに聞く。


「外で起こっている騒動のためにか?」

「用意してくれたのはヒューゴさ。今回の一件は、彼が発端だからね」

『準備周到なことだ。議長に特別扱いされているな』

「どうだろうね。もう彼にとって予言者としての価値はなさそうだ」

「元老院の議長となったからか?」

「今や軍事も政治も彼の思いのままさ。そんな彼が今も僕に頼っているのは都合が悪いんだ」


 今までライブラに頼っていたのに、素晴らしい手のひら返しだ。


「お前はそのままでいいのか?」

「僕はロキシーのサポートをするためにここに居たに過ぎない。ヒューゴはその間よくしてくれていたよ。だから、僕はそれ相応の見返りとして助言していたに過ぎない。僕は予言者として持ち上げたのはヒューゴ自身さ」

「ロキシーを解放したら、ハイエルフの国には興味がないと?」

「そうさ。御神体の入れ替えが終わった後のことは興味がない。だから、ある意味でヒューゴとの利害は一致しているかもね。外の連中はそれを予見して、騒ぎ立てているようだけど」


 ライブラはロキシーを解放した後は、三賢人を探したいと言っていたしな。やつにとって、ハイエルフの国は仮の住まいに過ぎないらしい。いや、それ以前にヒューゴを含めたハイエルフに興味が全く無いように感じられた。


 薄暗い通路を歩きながら、ライブラは振り返って俺に言う。


「心配してくれているのかい?」

「まさか! お前が悪巧みをしていないかと心配しているんだ」

「なら、杞憂だね。僕はハイエルフの国がどうなろうとどうでもいいんだ。だけど、彼女は違う」

「ロキシーは獣人に気にかけているだけだ」

「そのためにグレートウォールに身を捧げた。だが結果としてハイエルフを救ったことにもなっている。皮肉な話だね」

「だから、聖ロマリア様になってしまったんだろ」

「彼女を引き立てることで、民衆からの支持を得た。それも今になっては邪魔なのさ」

「すべてヒューゴの手の内だったってことか」


 こいつ……わかっていて楽しんでいる。


「人の欲望には際限がないね。誰よりも、誰よりもと高みを求める。面白い生き物だよ」

「そうなるように仕向けたんじゃないだろうな」

「まさか、僕は彼に踊らされた被害者さ」


 ライブラはわざとらしく困った表情を作って訴えてきた。

 俺はそれを振り払って、押しのけた。


「喜んで踊っているの間違いじゃないか?」

「まあ、暇つぶしには丁度良かったね。それにヒューゴが実権を握ったから、こうして僕たちは自由に行動できている。ちゃんと利点もあることを忘れてはいけないよ」

「今、こうして歩いている通路もか……」

「物事はいつも多面的なんだ。かかわる人の数ほどにね」


 地下通路を通り抜けて、階段を上がっていく。光が見える出口の向こう側は礼拝堂だ。


「ロキシーの願いは獣人の解放だ。それはハイエルフたちは知っているのか?」

「もちろん、知らないよ。とてもとても彼らにとって都合が悪いからね」

「互いに依存し合っているって言っていたな」

「ハイエルフの生活基盤を支えているのは獣人だ。獣人は……もう見てきたからわかるようね」

「無理矢理依存させている。そうすることが当たり前として強制されている。でもなにか、きっかけさえあれば、変われるかもしれない」

「君がそれをするのかい?」


 ライブラは登っていた足を止めて、振り返ることなく聞いてきた。


「ああ、そのためにここにきた」

「そうだったね」

「お前は、以前に俺が意識を失っているときに、もう一人の俺と話したと言っていたよな」

「……そうだったかな」

「とぼけるな。俺に協力するというのなら、話せるはずだ」

「わかったよ。なに、同じ聖獣人として他愛もない会話さ。教える前にまずは彼女の様子を一緒に見よう」


 階段を上りきると、ロキシーが収められている容器の後ろだった。隣には緑髪をした彼女も同じように容器の中を漂っていた。


「ロキシーの状況は?」

「相変わらずさ。顔に似合わず頑固な人だね」

「一度決めてことは突き通す人だから」


 淡い期待はすぐにかき消えてしまった。やはりロキシーは、入れ替えを拒み続けていた。彼女は王都セイファートからガリアへ向けて、出立したときを思い出す。

 たとえ天竜によって命の危険があっても、彼女は一歩も引かなかった。これが自分の使命だと決意したら、彼女はひたすらに全うしようとする。それは彼女の性格をよく表した素晴らしいことだと思う。それと同時に、危うさも含んでいた。


『しっかりと見ているんだろうな』

「当たり前さ。僕でなかったら彼女の命はとっくに失われていたね」

『ミーティアはどこにある? あれがないと管理できないんじゃないか?』

「用心深いね。ほら、この通りさ」


 虚空から黒い立方体が現れた。ライブラは、ミーティアを以前よりも使いこなしているように見えた。


「とても大事な物だから、肌身は出さずに持ち歩いているよ」

『それはグレートウォールと繋がるための媒体なのか?』

「補助として利用している感じだね。入れ替えを彼女が拒んでからは、またフル稼働だよ」

『それは大罪武器のオリジナルだったな』

「うん。これを元に君は作られた。それがどうしたんだい?」

『俺様にもミーティアと同じことができるのか?』

「それは難しいと思うよ。君が……君の魂が邪魔だ。どうしたんだい? 急にそんなことを聞いて?」


 グリードは俺がグレートウォールの調伏するための力になろうとしていた。

 いつも身を挺して俺を助けてくれた。彼を3度も失うなんて考えたくない。俺は話に割って入って、他の方法をライブラに聞いてみる。


「ミーティアを使って、俺がグレートウォールに繋がることはできるのか? グレートウォールは精霊の集合体だという。調伏できるかを試したいんだ」

「助けにはなると思うけど、それではロキシーのサポートができなくなってしまう。なるほどね……グレートウォールの調伏か」


 それだけ聞いてライブラは俺がしようとしていることを理解したようだった。


「暴食スキルでグレートウォールを喰らうというわけかい。今の力では、到底不可能だろうね。ああ……それで、もう一人の君に繋がるわけだ」

「あいつと何を話したんだ?」

「簡単さ。彼はフェイト・グラファイトになるために僕に協力を求めてきた」


 同じ聖獣人として、話しかけられたそうだ。あいつは俺が意識を失っているときに表に出られるほど力を得ていた。それでも、体は動かすことはできずに会話する程度だったという。


「どう答えたんだ?」

「僕にとっては、どちらもフェイト・グラファイトだと答えたよ。君たちの中で起こっていることは、君たちの中で解決するべきだとも言った。そうそう、君たちの中にいる神になれなかった者についても聞いたよ。少々、問題が起こっているみたいだね」


 ライブラはにやりと笑った。最後の方が知りたかった情報だったのだろう。だから、あのとき有意義な会話ができたと言っていたのだ。


「お前はもう一人の俺に会って、同じ聖獣人として……感じるものがあったんじゃないのか?」

「彼がフェイト・グラファイトになる日が近いってことかい? 今の君は底に穴が空いた袋のように力がこぼれ落ちている」


 やはり知っていたのだ。暴食スキルの世界で、出来損ないの神が暴れていることを。それがもう一人の俺との力関係を崩している要因になっていることもだ。

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