第338話 穢れた聖職者
礼拝堂へ向けて、大通りを歩いていく。すれ違うのは兵士たちばかりだった。
どうやら食糧支援の準備は終わったようだ。昨日とは違って、誰も食糧を荷に積んで忙しそうに運んでいなかったからだ。
もしかしたら、魔都ルーンバッハからダークエルフの国へ向けて食糧を運搬中かもしれない。たくさんの荷を持って、凍てつく山脈を越えるのは、大変な移動になるはずだ。支援物資がダークエルフの国へ届くにはまだしばらくかかりそうだ。
ん? 礼拝堂に近づくごとに聖職者たちを見かけるようになってきたぞ。
何か、集会でもあるのだろうか? 彼らは俺と同じ方向へ歩いている。
『各地のから集まっているようだな』
「ライブラと同じ服装の人もいる……枢機卿かな」
『加えて司祭に助祭まで……この調子なら礼拝堂は大賑わいだな』
ただ事ではないことは確かだった。みんな仲良く聖ロマリアへお祈りといった感じの顔つきではない。一様に険しい顔をしていた。
兵士たちが道行く聖職者たちを止めようとしていた。しかし、彼らは制止を振り切って前へ前へと進んでいく。兵士たちも信仰があるため、聖職者には強く出られないようだった。
礼拝堂の前は聖職者たちであふれかえっていた。そして、中へ入ろうとする聖職者たちを上級兵士たちがバリケードとなって立ち塞がっていた。
彼らは聖職者に容赦なかった。無理矢理入ろうとする者へ剣や槍で斬りつけていた。
それでも、混乱は収まるどころか、さらに混迷を極めつつあった。
「ここの兵士たちは違うな」
『元老院議長の息がかかっているのかもしれん。このままで大規模な暴動に発展してもおかしくはないぞ』
「その前に礼拝堂の中に入りたいけど……」
目の前には聖職者たちが分厚い壁のように立ち塞がっている。さらにその先では上級兵士が武器を構えている始末だ。
う~ん、困った。この状況で俺だけ中へ入れるとは思えない。
思案している間にも後ろから聖職者たちが押しかけてきている。このままで身動きも取れなくなりそうだ。
「フェイトさん?」
その声がする方へ顔を向けると、ステラが手を振っていた。
彼女のところまで、聖職者たちをかき分けて進む。やっとのことでたどり着くと、彼女に笑われてしまった。
「見事な泳ぎっぷりでした」
「おはようございます。ステラさんはなぜこんなところに?」
「ライブラ様に頼まれてここに来ました。フェイトさんを待つためですよ」
「すべてお見通しってわけですか?」
「もちろんです」
さすがは予言者様だ。聖職者たちが押しかけて、礼拝堂の前が大混乱になることをわかっていたようだ。なら、昨日のうちに教えてもらいたい。
「ライブラ様は、フェイトさんが困った顔をしてオロオロされているとも言われていましたが、まさにその通りでした」
「あはは……」
思いっきり苦笑いしてしまった。
なるほど、ライブラは俺を困らせたかったわけか。実にあいつらしい。
「ステラさんがライブラから言いつけでここに来たわけは、礼拝堂への案内をしてもらえると受け取って良いですか?」
「そうです。正規のルートは完全に閉ざされてしまいましたから」
「助かります」
「いえいえ、これが役目ですので。さあ、私に付いてきてください」
あふれかえる聖職者を横目に、ステラは神殿の方へと歩き出した。神殿は上級兵士たちによって閉鎖されておらず、聖職者やそれに関係する者なら入れるようだ。
俺はステラが同行してくれたため、顔パスで入ることができた。
「こっちは静かなんですね」
「あちらの方々は聖ロマリア様を解放しようと躍起になられていますので」
「解放!?」
どういうことだ? 俺と同じようにグレートウォールからロキシーを解放したいと?
いやいや、そんなはずはない。相手はハイエルフだ。ロキシーのために彼らが暴動寸前になるまでのことをするだろうか?
案の定、ステラは呆れた顔をしながら、俺に事情を教えてくれる。
「保身のためです。昨日もお話ししましたが、御神体の入れ替えが終わったところで、管理を元老院が行うという圧力を受けています。そうなってしまえば、教会が御神体の管理ができなくなり、各所への発言力が弱まってしまいます」
「まさか……それを防ぐためにロキシーをどうにかしようとしているのですか?」
「聖ロマリア様を管理しているライブラ様は不適格だとして、訴えているのです。そして自分たちこそが、管理するに相応しいと」
「彼らはロキシーの現状を知らないのですか?」
ステラは大きなため息をついた。
「知っています。入れ替えが終わる前に、どうしても聖ロマリア様を手中に収めたいのです」
「そんな無茶苦茶な……ロキシーが死んでしまう」
「聖ロマリア様を管理できるのはライブラ様しかいませんのに……」
解放の意味が違う。外にいる聖職者は自分たちの都合の良いように言っているだけだ。ライブラからロキシーを取り上げることが解放なんて……詭弁だ。
ステラと話しながら神殿の奥へ歩いていると、飄々とした明るい声が会話に割って入ってきた。
「彼らは聖ロマリアを人質にして、元老院から優位な交渉をしようと企んでいるのさ」
「……ライブラ!」
「すべてが敬虔な信徒とは限らない。外にいる者たちはまさにそれさ。自分たちの身が危なくなれば、進んで信じる者すらも利用する。悍ましい悪とはああいう者を言うんだ」
「お前は違うと?」
「僕は利己的な生き物ではないからね。……羨ましくはあるよ」
ライブラは一歩一歩ゆっくりと俺に近づいてきて、目の前で足を止めた。
「さて、獣人牧場で何かを得られたようだね」
「さすがは予言者様だ」
「君の目を見ればわかるよ。それに、僕に相談しに来たんだろう。嬉しいな……僕も君の仲間として認められたのかな?」
「心にもないことを言うな」
「心外だな。いつも言っているじゃないか。僕は君の仲間だってさ」
こいつが言うと、これほど胡散臭い言葉になってしまうのだろうか。そんなライブラに相談する俺もどうかしているな。だが、聖獣人としての彼の意見が必要だった。
「まあ、いいさ。君とわかり合えるには時間がかかりそうだし。人間とダークエルフのようにね。このまま立ち話をしていたいけど、礼拝堂に戻って彼女の様子を見守りたい。君も来るだろう?」
「当たり前だ。話は終わっていないしな」
ライブラはステラの方へ顔を向けて言う。
「ということで、ここからは僕が案内するよ。君は下がっていなさい」
「はい……後ほど」
彼女は颯爽と神殿の奥へと消えていった。少し名残惜しそうな顔をしていたけど、ライブラはまったく気がついていないようだった。
「これで僕と君だけになったね。おっと、グリードもいたね」
『白々しいやつだ。まあ、いい。さっさと、礼拝堂へ案内しろ』
「かしこまりました。では、こちらへ」
グリードは俺よりもライブラとの因縁は深い。腰に下げている黒剣から禍々しいオーラが湧き出しているようだった。俺でも冷や汗が出てしまうほどの殺気がライブラへ注がれていた。
それでも、やつはどこ吹く風で俺の前を歩いている。
「三賢人は見つかりそうかい?」
「どうして、そんなことを聞く?」
「同じ聖獣人としてね。気になるんだよ」
「生きているのならクロエ島か、エマ島が怪しいと思っている」
「僕と同じだね。ロキシーの件が落ち着いたら、彼らを探そうと思っているんだ。君も一緒にどうかな?」
俺も三賢人を探している。それにライブラを野放しにはできない。
監視するためにも同行するのは良いのかもしれない。だが今は他にやるべきことがある。
「すぐにはいけない」
「君は忙しい身の上だったね。なら、少しだけ待つことにしよう」
「そんなに俺と一緒に行きたいのかよ」
「旅は道連れ、世は情けってね。人らしい旅をしてみたいのさ」
お前に人間のような感傷さは似合わない。それ以前にそのような感情があるのかすら疑わしい。
ニコニコしながら歩くライブラの横で、俺は頭を抱えていた。
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