第337話 ラムダの朝食
ラムダの武具屋に戻った俺は、すぐに彼の様子を見るために階段を上がった。そっと寝室のドアを開けると、静かな寝息が聞こえてきた。どうやら、腰の痛みが落ち着いて眠れたようだ。
安心した俺も以前に借りた部屋を使わせてもらって眠りにつくことにした。
「久しぶりのちゃんとしたベッドだ」
『廃都オベルギアでは1週間ほど牢の中だったからな』
「ゆったりと休めそうだ」
『俺様も一眠りするか』
グリードをベッドの横に立てかける。そして俺はベッドに倒れ込んだ。
気兼ねなく休めると思ったら、一気に疲れがあふれ出してきたからだった。
二人仲良く、一眠りだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
何やら美味しそうな匂いに誘われて、目を覚ます。窓から差し込む太陽の光から、まだ朝になってから、それほど時間が経っていないだろう。
ベッドから起き上がって、身だしなみを整えていると、ドアがノックされた。
「起きているか?」
「はい」
ラムダの声だ。彼はドアを開けて、中に入ってきた。昨日は腰を痛めて、歩けないほどだったのに脅威の回復力だ。
「体の方はもういいんですか?」
「この通りだ。もう大丈夫だ」
「すごいですね」
「ハイエルフなら普通のことだ。怪我もすぐに治り、病気もほぼしない。それのため、医療水準は昔から一向に上がらない」
良いこともあれば、悪いこともあるって感じか。ラムダが腰を痛めたとき、治療できる者のところへ行こうとしなかった理由がよくわかった。
話を聞いていたグリードがラムダに声をかける。
『それがハイエルフの長寿である理由か』
「健康であり続けるから、老化も遅い。儂は三賢人に似せて作られたのがハイエルフだと思っておる。伝承では三賢人は年を取らないばかりか、見た目の年齢を好きなように変えられるそうだ」
『三賢人……聖獣人は俺の知る限り、そうだな。容姿も年齢もバラバラだったが、それらは魂の状態に引っ張られていた。フェイトも心当たりがあるだろ』
「スノウのことか?」
『力が弱まったことで、姿も幼くなってしまった』
「それなら、ライブラはどうなんだ? あいつは彼の地での戦いで追い詰めたはずだ」
ライブラ自身も多くの力を失ったと言っていた。しかし、彼の姿は以前のままだ。
『あいつは特別だ。ケイロスもお前のように追い詰めた。だが、いつもと変わらぬ姿でライブラは帰ってきた。今度はフェイト、お前の前にな』
「他の聖獣人とは違うのか……。三賢人はどうなんだろう?」
気になってラムダに顔を向ける。しかし、彼は伝承以上のことはわからないと言った。
「伝承では三賢人は更なる英知を求めて旅立ったとある。寿命に囚われない存在なら、どこかで研究を続けているだろう」
「俺もそう思います。昨日、グリードと三賢人の居場所について話していたんです」
『俺様たちは、クロエ島かエマ島が怪しいと思っている』
「シーサーペントのねぐらと、大昔に獣人によって滅びた島か……。あそこはハイエルフによって禁忌区域になっている」
「禁忌区域?」
ラムダはハイエルフの中でも高齢のぶるいになる。実際にそれが決まったときの時代に立ち会っていた。彼が昔話をするかのように話し出した。
「かつてのハイエルフの中にも、冒険心に溢れた者たちがいた。魔都ルーンバッハを建国して、グレートウォールを作り出した三賢人を探そうとした。彼らはお前たちと同じようにクロエ島かエマ島に三賢人がいると考えた」
「彼らは三賢人を見つけてどうしようと思ったのですか?」
「単なる興味心からだったのかもしれん。あのときはすでにハイエルフの間で子供が作れないことが問題になりつつあった。創造神である彼らに救いを求めた者もいただろう」
『しかし、見つけることができなかったわけか?』
「いや、違う。二手に別れた彼らは、両方の島から戻ってくることはなかった」
当初、彼らの帰りを待っていたハイエルフたちは一向に戻らないため、捜索隊を派遣したそうだ。そして、捜索隊まで音信不通となってしまう。
『ミイラ取りがミイラってやつだな』
「何度か、捜索隊を編制しては二つの島へ送った」
「それでも戻ってくる者はいなかったんですね」
「一時、帰らずの島なんて呼ばれた時期もあった。成果も上げられずに、被害は増える一方だ。捜索は棚上げにされて、今に至る」
『そして禁忌区域となったわけだ』
ハイエルフでも戻ってきた者がいないのか……。シーサーペントは仕方ないにしても、彼らが少なくとも魔物に遅れを取るとは思えない。今の兵士を見ても、グレートウォールの外にいる魔物を倒して、ネクロマンシーに利用しているほどだ。おそらく、なんらかの脅威があったのだろう。
「島に行った者が帰らなかった原因に、三賢人が関係していると思いますか?」
「どうだろうか……魔都にいる者に真実はわからん」
『2つの島が他の島とは違うってのはわかったな。何かがあるのは間違いなさそうだぞ、フェイト!』
三賢人探しの場所は決まった。今はロキシーや戦争のことで身動きが取れないけど、先が見えてきたのは良いことだ。
よしっ、やる気がこみ上げてきたぞ! 拳に力を入れていると、ラムダに笑われてしまった。
「少し顔色が良くなったな。なら、朝食も沢山食べられるだろう。さあ、一階に降りて、一緒に食べよう」
「はい、ありがとうござます!」
立てかけてあったグリードを手に取って、ラムダと一緒に部屋を出た。彼は階段を軽やかに下りていった。もう腰は誰の目で見ても完治したようだ。
いつもと同じように、工房で朝食となった。俺が座っていると、キッチンへ行っていたラムダが大皿を持って現れた。
「さあ、昨日のお礼だ。しっかり食べろ」
「うああぁ! こんなご馳走をいいんですか!?」
分厚いベーコンエッグだった。焼きたてのベーコンから肉汁があふれ出していた。
配給されているのにこのような食事ができるとは思ってもみなかった。
「どうしたんですか?」
「ちょっとしたコネだ。長生きはするもんだ。遠慮なく食べろ」
ラムダはわざわざ俺のために用意してくれた。彼の言うとおり、遠慮なく感謝しながらいただこう!
ナイフで大きく切って、口へ運ぶ。パクッと口の中へ入れると、ベーコンの燻された旨味と肉汁がいっぱいに広がった。分厚さもあって食べ応えは抜群だ。
「美味しいです!」
「そうだろ、ちょっとした人気商品だったんだ」
ラムダも頬張りながら、教えてくれる。今では簡単に手に入らないのだろう。
「ずっと碌な食べ物を食べていなかったんだろ。しっかりと精を付けろ」
「食べる度に元気が出てきます」
ダークエルフの廃都オベルギアではずっと牢屋に入れられていた。そのため、食事は必要最低限で腹を満たせるほどではなかった。ちょっとしたダイエットになっていたので、久しぶりに会ったラムダからは、痩せてしまったように見えたのだろう。
ラムダはすでに作業台に置いてあったパンを手に取って、俺にそっと投げた。それを受け取った俺は、手でちぎって口に運ぶ。これは焼きたてだった。
「これからどうする。獣人牧場に忍び込んだんだろ?」
「ええ、有用な情報は得られたので、ライブラに会いに行こうと思っています」
「なにやら軍部が昨日から急に活発になっている。気を付けろ」
ラムダはそれに巻き込まれて、怪我を負ったそうだ。今まであれほど執拗に武器を作れと強要されることはなかったという。
ステラも軍部についての不満を言っていた。
グリードの嫌な予感が当たらなければいいけど……。俺は急いで朝食を平らげた。ゆっくり食べたかったが、そうは言ってられない。
「行くのか?」
「その話を聞いたら、早く礼拝堂へ行きたくなりました」
「あとは儂の方で片付けておく」
ラムダは俺が食べ終わった食器を見ながら言った。俺は彼に再度感謝を伝えて、武具屋を飛び出した。静かだった商店街には、兵士たちが忙しそうに駆けていた。
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