第331話 呪われし施設

 武具屋に訪れたのは、ライブラの世話をしているという聖職者の女性だった。名はステラといい、一度だけ見かけたことがあった。

 彼女は、礼儀正しく俺とラムダに挨拶した。どこか儚い印象をうけるが、俺を見る目からは心の強さがうかがえた。


「ライブラ様の命により、あなたを獣人牧場へお連れします」

「お世話になります。ステラさん」

「ステラで構いません。ライブラ様はいつもあなたのことを思っておられます。今回の件は、ライブラ様のお立場が危うくなるかもしれません。慎重な行動が求められます」

「ライブラからの言づてですか?」

「いいえ。私からのお願いです。あの方は皆に希望を与えますが、決して強要はしません」


 うっとりとした顔で言うステラはライブラに心酔しているようだった。

 どうせ、ライブラが言葉巧みに彼女を引き込んだのだろう。あいつの周りには彼女のように籠絡させられた者が多くいそうだ。

 しかも、これほど早く獣人牧場へ行けるとは……。ライブラの信徒と呼べる者が獣人牧場にもいるのだろう。


 ラムダもまさか今日中に俺が獣人牧場へ行くとは思っていなかったようだ。

 慌てて、工房の奥へと引っ込んでいった。そして、出てきたときには、俺の新しい装備を手に持っていた。


「まったく……忙しないやつだ。これに着替えていけ」


 彼が手渡してきたのは、俺が着ている上着にそっくりだった。

 ボロボロになった上着をラムダに渡す。そして新しい上着を羽織ると、


「軽い!」

「それだけはない。以前のものよりも、数十倍は丈夫だ。精霊銀という軽く丈夫な金属を編み込んであるからな。デザインは人間の武具屋に敬意を示して、そのまま使わせてもらった」

「精霊銀?」

「精霊獣が化石となったものと言い伝えられている稀少な金属だ。ここに置いておいても、軍に接収されてしまう。きっとフェイトの力になるはずだ。有効利用してくれ」

「大事に使わさせていただきます!」

「これは防具だ。守ってこそ意味がある。壊れたら持ってこい」


 ラムダは約束通り、俺の新しい装備を用意してくれていた。着心地は素晴らしく、動きやすさも改善されており、これ以上ない仕上がりだった。

 満足したところで、ステラに声をかける。


「お待たせしました。行きましょう」

「では、こちらへ」


 俺はラムダに顔を向けて頷いた。彼も頷き返したところで、ステラと共に武具屋を出た。獣人牧場の視察が終わったら、ここへ戻ってくる予定だ。ラムダもそれをわかっているからこそ簡単に別れを済ませたのだ。


 静かな商店街を進んでいき、ハイエルフの街の外へ。街を出る時に、すれ違った兵士たちはステラに敬意を示していた。


「慕われているんだな」

「いいえ、私ではなく。聖職者という立場です。ハイエルフはあまりに長く生きる定めです。それにいつ発症するかわからない不治の病に皆が恐れています」

「信仰が心の支えになっているわけですね」

「聖ロマリア様が現れてからはより一層に。元老院議長であるヒューゴ・ダーレンドルフ様は民衆が信仰に偏重するのではと恐れているようです。今はライブラ様は間に入って均衡を保とうと努力されています」

「今はライブラが御神体を管理しているから、聖ロマリア教会に手出しは難しいのでは?」

「御神体の入れ替えが終わったら、管理を議長の息がかかった研究施設に移管する動きがあります。聖ロマリア様は本来の適格者ではありません。そのためライブラ様の力を必要としています。ですが入れ替えが終わってしまえば……」

「御神体の管理に聖ロマリア教会がいらなくなると?」

「困った話です。議長は独裁者です」


 ステラは肩を落としながら、ため息をついた。彼女は敬虔な信徒であって、政治に興味はないようだ。だから、これから起きようとしている権力争いに頭を悩ませていた。


「聖ロマリア教会の力を順々に削いでいき、いずれは解体しようとしています」

「なら、聖ヒューゴ教会でも建てる気かもしれないですね」

「笑えない冗談ですが、似たようなものでしょう。彼は自分自身を唯一無二の存在として、信仰のように崇拝されたいのです」


 議長はハイエルフの神になろうとしているようだ。聖ロマリア教会の弾圧がもし起きたら、息子のロイはどう思うだろう。俺の記憶では彼は敬虔な信徒だった。


「ロイ・ダーレンドルフも賛同しているんですか?」

「彼は私たち側です。彼は狂ったほどに聖ロマリア様を崇拝していましたから」

「ロイの母親は亡くなったと聞きました」

「葬儀は執り行われない予定でした。見かねたライブラ様が彼と共にささやかな葬儀を執り行いました。彼はいたく感謝していたのを覚えています」


 ロイは人の死に対して何も感じない男だった。ネクロマンサーとして死者すらも弄んでいた。しかし母親の死には思うところがあったのだろう。


 農作業に精を出している獣人たちを横目に獣人牧場へ向けて歩いていく。もうすぐ鬱蒼とした森だ。その中に隠れるように施設がある。


「施設では外と同じで獣人に話すことは禁じられています。中へ入れることだけでもありえないことですから、肝に銘じてください」

「ステラは施設に入ってことはあるんですか?」

「まさか……私は聖職者です。あの中に救済すべき者はいません」


 100点満点のハイエルフらしい答えが返ってきた。


「私は外にある待合室にいます。案内は施設の者がするようになっておりますのでご安心を。私は獣人に興味がありませんので」

「気が進まぬことをさせてしまったみたいですね」

「最初に言いましたが、これはライブラ様の命です」


 これ以上の理由はないといった感じでステラは胸を張っていた。よほど、今回の使命をライブラに頼まれて嬉しかったようだ。


 森の中は暗いため、ステラが精霊術で明かりを作り出した。


「助かります」

「私は暗がりではよく見えないので、自分のためでもあります。あなたは使えないのですか?」

「精霊獣は顕現できるのですが、精霊術はさっぱりです」

「順序があべこべですね。通常なら精霊術を自由に扱えるようになって、初めて精霊獣が顕現できるようになるんです」

「だれでも顕現はできないんですか?」

「顕現はできます。ですが調伏させるのがとても難しいのです。自分よりも力を持った精霊獣ですから。私も幼い頃に顕現させてしまい、側にいた両親を傷つけてからは精霊術だけです」


 ステラの言葉が真実なら、ハイエルフならだれでも精霊獣を扱えるというわけではないらしい。扱える者が兵士となっているのかもな。ロイのおかげで精霊獣を調伏できなくとも、ネクロマンサーして戦うことができるようになった。軍部での彼の功績を大きそうだ。


 歩き進めると、森の中に巨大な建物が現れた。予想していたよりも古びており、見た目は廃墟と言ってもいいくらいだ。


「もっと綺麗な場所を予想されていたようですね」

「ああ……思った以上に酷そうだ」

「獣人は私たちとは違って劣悪な環境でも繁殖できます。元は魔物だけあって生命力はとても強いと聞いています」

「あなたが外にある待合室にいるっと言った意味がわかりました」

「この後も仕事があります。服を汚すわけにはいかないのです」


 獣人の匂いが付くことを嫌っているようだ。

 施設に着くと、職員と思わしき男が錆び付いたゲートから出てきた。

 ステラは彼を俺に紹介してくれる。


「獣人牧場の責任者です。施設の中では彼に従ってください」

「わかりました。よろしくおねがいします」

「ああ……このような場所が見たいとは酔狂な人だ。ライブラ様から話は聞いている」


 責任者の男はハイエルフには珍しく自分の職に満足していないようだった。まったく埃というものを感じないのだ。

 ステラとはここで一旦お別れだ。責任者に連れられて、獣人牧場の中へ踏み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る