第330話 ラムダとの再会

 ラムダが店を出している商店街は、さらに活気をなくしていた。

 以前訪れたときは、まばらに人が歩いていたのに、どこを見ても客の姿はなかった。

 ほとんどの店が閉まっているのが理由だろう。


 俺は明かりの付いていない武具屋のドアを開けた。相変わらず、店内は埃だらけで掃除をする気はなさそうだ。ドアに取り付けられたベルが鳴り響いたことで、店主であるラムダが奥にある工房からできてきた。初めは怪訝そうな顔をしたが、入店したのが俺だと知るとすぐに笑顔に変わった。


「帰ってきたか!」

「お久しぶりです」

「おや、セシリアはどうした?」


 ラムダはすぐに俺がセシリアを連れていないことに気がついて心配しているようだった。


「彼女はダークエルフの国にいます」


 それを聞いたラムダはホッと胸をなで下ろした。


「オータム・ダーレンドルフに連れて行かれたのかと肝を冷やしたぞ」

「婚姻の話を知っているんですか?」

「もちろんだ。ロイから事情を聞いている。ヒューゴは以前から常軌を逸していたが……今回ばかりは」


 ラムダはダーレンドルフ家がどうしてセシリアを迎え入れようとしているのかを知っているようだった。


「ハイエルフのあなたには言いづらいのですが……ほとんどのハイエルフはエルフを見下しています。オータムはセシリアにあった際は見向きもしませんでした」

「今も同じだ。セシリア・フロイツという彼女に興味は無い。しかし、エルフに価値を見いだそうとしている」

「エルフに?」


 見下しているのに価値がある? 矛盾している。

 戸惑う俺を見かねたグリードが言う。


『異種交配か?』

「そうだ」

『獣人牧場を運営しているハイエルフが考えそうなことだ』

「罪深い話だ。すでに知っていると思うが、ハイエルフはもう子を成すことができん」

「だから、エルフの血を入れると?」


 馬鹿げている。セシリアは何だと思っているんだ。彼女を魔都ルーンバッハに連れてこなくてよかったと、心から思えた。


「エルフと交わることで、種としての寿命は大きく削られる。それでも、種としての繁栄を失ったハイエルフには残された道だという。ダーレンドルフ家が主導することでより、権力を強めようとしている」

「セシリアはその犠牲になれと……余りにも勝手すぎる」


 苛立つ俺に、ラムダは申し訳なさそうな顔をしていた。


「すまない。ルーンバッハを救った英雄にすることではない」

「あなたが謝ることではないです。ダーレンドルフ家に問題があります」

「ロイの様子はどうだった?」


 なぜ、そのようなことを聞くのだろう。


「いつものロイでした。どうしたのですか?」

「いや……う〜ん。ロイの母親が亡くなった……殺されたのだ」

「誰にですか?」

「ヒューゴだ。元老院議長になって彼女の家柄が必要なくなった。それにセシリアを迎え入れるのに邪魔だった」


 ん!? はっ!?

 ロイの母親は、酷い認知症を患っており自分が何者かすらわかっていなかった。途轍もない長生きなハイエルフだ。この病になったら、安楽死を選ぶことができた。だが、夫であるヒューゴが政治的なメンツのために、彼女の認知症を世間から隠していた。

 今になって、安楽死させた理由とは……これ以上考えたくもない。


『表向きはオータムとの婚姻。裏ではダーレンドルフ家としてセシリアを迎え入れるわけか。吐き気を催すほどの邪悪さだな』

「ヒューゴがセシリアに!」


 俺とグリードの話にラムダは首を振った。


「状況はそれよりも最悪だ。彼女は一族の繁栄のためにたらい回しにされる」

「あり得ない! ロイはこの件について何か言っていましたか?」

「彼の心は母親を失ったことで、ダーレンドルフ家から完全に離れてしまった。淡々と儂に教えてくれたよ。君が訪れた時のためにな。セシリアを連れて帰らなかったことは英断だ」


 ロイがユーフェミアがいる謁見の間で、セシリアとオータムとの婚姻についてあえて話した理由がわかったような気がする。わざわざ俺が嫌がるように仕向けたのだ。


「あなたのところで答え合わせができるわけですね」

「ロイはこういった根回しは幼い頃から得意だった。だが血の定めには逆らえん。ヒューゴの狂った部分も受け継いでしまった。成長するにつれ、精霊研究にその性を押し込めることで、心の均衡を保っているようだが……」


 セシリアが置かれた状況をいち早く教えてくれたのは、父親へのささやかな抵抗だったのかもしれない。ロイは廃都オベルギアの城で軟禁状態だ。真実がわかるには時間がかかる。


「さて、話はこれくらいにして、何か食べるか? どうせ、急いで戻ってきたのだろ?」

「お言葉に甘えさせていただきます」

「独り身だから、気が利いた物は用意できないぞ」


 彼に手伝うと申し出たが、客人は座っていろと断られてしまった。

 大人しく、工房にある広々とした作業台を前にして腰掛けた。しばし、ラムダが戻ってくるのを待つことになった。


『魔都ルーンバッハで落ち着けるのはここだけだな』

「まったくだよ」

『セシリアは連れて帰らないで正解だったな』

「考えただけでゾッとする。もう彼女はハイエルフの国に二度と来るべきじゃない」


 選択を誤っていたら……こうしてラムダのところでゆっくりもできていなかった。


『王国にいた頃とは違う。他種族が入り乱れる状況だ。慎重な選択が求められている』

「そうだな。後悔はしたくないからな」


 簡単にグリードは言った。相手の思惑を見通した上で適切な選択をする。

 星見ができるユーフェミアですら、苦労しているようにうかがえた。

 果たして俺にどこまで、できるのだろうか。初めから100%の正しい選択を常に選ぶのは難しいだろう。選択して間違っていたら、結果が出る前にどうにかするしかない。


 しばらくして、ラムダがスープとパンを持ってきてくれた。


「昨日の残りだ。すまんな」

「十分です」

「ダークエルフの国は小麦が貴重なんだってな。兵士たちがせっせと食糧支援といって小麦を運び出している。他の食糧もな。おかげで配給制だとよ」

「それで商店街に活気がなくなっていたんですね」

「襲撃で冷え込んでいたところに、配給制だ。まともな商売はできん。みんな仲良く店仕舞いだ」

『武具屋は戦争で特需だろ?』

「儂は武器は作らんからな。強制的に防具を作らされておる」


 パンをかじりながら、ラムダが工房の奥を指差した。いくつもの鎧が並んでいる。口では強制と言いながら、どれも丁寧な仕事をしていることは一目でわかった。


「フェイトの新しい装備も作っておいたぞ。今着ているのは見るからにボロボロじゃないか。どれだけ激しい戦いをしたのやら」

「あはははっ……」


 魔都ルーンバッハを旅立ってから、戦いの連続だった。よくここまでもってくれたと思う。ラムダの修繕はよほど腕が良かったのだろう。


「食べ終わったら着てみてくれ。驚くぞ」

「楽しみにしています」

「ところで、聖ロマリアの様子はどうだった?」


 ラムダもロキシーを心配してくれていていた。俺が彼女を御神体から解放するために、頑張っていたのを知っているのもあるのだろう。


「一般の者は礼拝堂に立ち入ることさえできなくなった。新たな御神体がやってきたときは、聖ロマリアの目覚めは近いと言って、聖職者どもが盛り上がっていたが……」

『礼拝堂ではライブラだけしかいなかったな』

「天秤の枢機卿が他の聖職者たちを退去させたのさ。聖ロマリアの状態が思わしくないといってな」

「ロキシーは入れ替えを拒んでいるんです。それによって体に大きな負荷がかかって弱っている状況です」

「なんということだ。助ける方法は見つかりそうか?」


 食べていたパンを皿に置いて、ラムダは身を乗り出してきた。俺は彼に本当のことを言おうかどうか迷っていた。ラムダはハイエルフだからだ。しかし、ここまで俺に目をかけてくれる彼に誠意を示すべきだ。


「他言無用でお願いできますか?」

「もちろんだ」

「彼女は獣人の解放を望んでいます」

「まさか……」


 俺の話を聞いて、ラムダは天井を見上げた。やはりハイエルフにとって獣人解放は考えられないことなのだろう。

 しかし、顔を下げた彼は俺の目をじっと見つめた。そしてゆっくりと口を開く。


「本当のようだな。獣人はハイエルフにとって食糧生産を一手に引き受ける存在だ。それに今はダークエルフの国への食糧支援の真っ最中だ」

「ライブラに獣人牧場へ行けるように手筈を頼んでいます」

「なら、知っているはずだ。ここの獣人はお前が知っている獣人とは違うぞ」

「それを確かめるために行くんです」


 武具屋のドアが開く音がした。どうやら、ライブラの使いの者がやってきたようだった。

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