第329話 拒む者
ライブラが本心でロキシーを心配しているのか、それとも演技なのかは定かではない。だが、容器に入ったロキシーが弱っていることは紛れもない真実だった。
俺もライブラのところまで行き、間近で彼女の様子を確認する。
「入れ替えを拒んでいるとはなぜだ?」
「言葉の通りさ。原因は彼女にある。見かけによらず頑固なんだね」
「御神体であり続けることを彼女が望んでいると」
「まったく困ったものさ。せっかく代わりを用意したのに……」
大きなため息をついて、ライブラは落胆していた。
「この状況で、グレートウォールの防衛機能はどうなんだ?」
「今のところは完璧さ。でも、機能の一部はまだロキシーが担っている。彼女が弱っていけば、穴が空くだろう」
「だから、グレートウォールの周りに魔物の死骸をばらまいているのか?」
「ここはダークエルフの国と違って攻め込みやすいからね。そして空からはエリスがまたやってくるかもしれない。礼拝堂の前は大賑わいだよ」
「ロキシーはハイエルフのために聖ロマリアになったわけではない」
「そうさ。獣人たちのために彼女は身を捧げた。そして、彼女は獣人たちの解放を願っている」
以前にグレートウォールに触ったときに、大海原に似た精神世界で、ロキシーと再会した。その時、彼女は獣人の解放を俺に願った。
「もしかして、獣人の解放されないからロキシーは拒んでいるのか?」
「おそらくね。これは由々しき事態だ」
「ハイエルフが獣人を解放し、仲良く暮らせるとは思えないな」
「全くもってその通りだ。ハイエルフは自分たちが最も優れていると自負している。だからルールはいつも彼らが決めるべきだとも思っている。これはハイエルフの伝統だ」
「近縁種であるエルフやダークエルフすらハイエルフにとっては格下だ。獣人は人ですら見られていない」
「彼らは家畜だ。解放しようとする牧場主がどこにいる? 家畜は飼われてから、そう呼ばれるのさ」
呆れるようにライブラは言う。そういう彼も人間を家畜のように育てて、魂の収穫をしようとした張本人だ。自分のまねごとをするハイエルフを嫌悪しているのだろうか。
「獣人たちの意思はどうなんだ。なぜ、この状態に甘んじている?」
「君は獣人牧場の存在は知っているだろ?」
「聞くだけでも悍ましい」
「あそこでは従順で健康的な獣人だけが子孫を残せる。それが何十世代も繰り返されてきた。言っただろ、彼らは家畜にされてしまった。とてもとても従順な家畜にね」
「彼らはハイエルフから独立する意思はないというのか?」
「そうさ。もう彼らには自分自身の足で人生を歩む仕方も忘れ去った」
「由々しき事態とは、ハイエルフは獣人を解放する気がなく、獣人もハイエルフから解放を望んでいないということか」
「この結びつきはとても強い。これを聞いたらハイエルフは憤慨するだろうけど、互いに共依存しているんだ」
困った困ったと言わんばかりに、肩をすくめて見せた。ここまで言っておいて、他人事のようだ。
「お前は予言者であり枢機卿だろ。何か良い手立てはないのか?」
「だから、君を呼んだのさ。フェイト・バルバトスよ。君ほどの適任はいないさ」
「この黒剣を元老院議長の首に突きつけて、獣人の解放を無理矢理させるのか?」
「それも面白い。余りにも暴力的な冗談だ。君がハイエルフを快く思っていないことは知っている」
「なら、獣人たちに接触してみよう。まだハイエルフの国にいる獣人と話したことが無いからな」
ライブラは深く頷いた。どれほど従順な獣人なのかを知るためにも実際に会ってみたい。
「君は獣人に好かれる素質がある。聖獣人と獣人って名前が近いからかな」
「それなら、お前も一緒だろ」
「確かに……僕は立場上、彼らに会うことはできない。だけど、迷える子羊は沢山訪れる。獣人牧場で働いている者もね」
「話をつけてくれるのか?」
「君は英雄であり奇跡の子でもある。そして僕は予言者であり枢機卿でもある。口利きができる地位はあるさ。まずは獣人牧場の現状を視察して見識を深めてくれ」
俺はロキシーが入った容器に触った。また精神世界で会ったように彼女と会話ができれば、もっと良い方法が見つかるかもしれない。だが、力が弱まっている彼女にはそれは難しそうだった。
「声を聞こうとしても無駄だよ。彼女はグレートウォールと共にある君の行いがきっと届くはずさ」
「そう祈っているさ」
「ハイエルフはダークエルフとの同盟に躍起になっている。君が獣人に近づいても、とがめる余裕はないだろう」
「なぜ今頃になって、ダークエルフに近づいたんだ?」
俺が聞くとライブラはにっこりと笑顔で応えた。
「……お前の入れ知恵か」
「予言者として議長に相談されたんだ。だから、君がダークエルフの国と繋がりがあると教えたんだ。それにダークエルフたちが人間との戦争をしていたのは明白だったからね。経験者に助力を得た方がいいと思っただけさ」
「ハイエルフは利用するのが得意だからな」
「こうして僕や君も褒め称えられながら利用されている。したたかなものさ」
ライブラはロキシーが入っている容器の側から離れた。そしてステンドグラスから差し込む光の下で立ち止まった。
「フェイトは人間に勝ってほしいのかい? それとも以前に共に戦ったダークエルフにかい?」
「そんな単純な話じゃない」
フッと笑ったライブラだった。しかし、その笑いは消え失せ、真面目な顔に変わった。
「僕はね。ダークエルフのところへ行った君がもう戻ってこないと思っていたんだ」
「なぜだ?」
「ハイエルフを襲撃したエリスを見たとき、君は明らかに王国の敵だった。ダークエルフの国に赴いたところで答え合わせに過ぎない。確信を得れば、君はロキシーのところへ帰りづらくなるのはわかりきっていた。これでも僕は君の理解者なんだ」
「殺し合った仲でもあることを忘れるな」
「そうだったね。だが、君の仲間としてロキシーを見守っている。それには感謝してもらいたい」
「ああ……感謝している」
「君の素直なところも気に入っているんだ。獣人牧場への手筈は整えておく。終え次第、使いの者を君に寄越す」
「なら、武具屋のラムダのところにいる」
ロキシーの側にずっと居たかった。だが、ここにいても何かできるというわけでもなく、祈りを捧げることしかできない。ラムダにはとてもお世話になった。帰ってきたら顔を出すことも約束している。時間があるうちに、用を済ませておきたかった。
ライブラと別れた俺は、まっすぐに礼拝堂を出た。彼は俺がP01の演算ユニットを持って帰らなかったことについて、何も言わなかった。突然、呼び戻されたのだ。あいつもわかっているのだろう。
警備している上級兵士が礼拝堂への扉を固く閉ざしていた。何度も中に入れるような雰囲気ではなさそうだ。ロキシーが聖ロマリアの再来だと持てはやしていた頃を大違いだ。
俺としては彼女が見世物のように扱われるべきではないと思っていた。
「さてと、ラムダのところへ行くか」
『彼にも手土産はなしだな』
「代わりにグリードを貸すさ。彼はお前のことを気に入っているからな」
『爺の話し相手になりながら、しっかりと手入れをしてもらうさ』
通りの道は兵士たちが頻繁に行き交っており、物々しくなっている。荷馬車に食糧を沢山積んで、グレートウォールの外へ運び出そうとしていた。
「ユーフェミアとの約束は果たされそうだな」
『あの積み荷で雪山越えは大変だぞ』
「彼らには自慢の精霊術もある。なんとかするだろう」
『これならロイの処刑は免れるな』
廃都オベルギアに食糧支援が届けば、ユーフェミアとの交渉の場に立てそうだ。同盟関係になれるかはロイの手腕にかかっている。俺は助力する気は一切無い。だが、奇跡の子と持ち上げられる俺を通した繋がりを使ってくるとは……。ライブラは面倒なことをしてくれたものだ。
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