第328話 閉ざされた礼拝堂
ロイはダークエルフたちへの贈り物として ネクロマンサーの秘術を込めた指輪を渡していた。すでに秘術の一般化が完成したと証明するには十分だった。
「ロイが魔都ルーンバッハから離れることを許された理由がよくわかるな」
俺は腐った魔物たちを見ながら、黒剣を構えた。
『近くにネクロマンサーはいないな。繊細な術だ。遠隔とも思えん』
「見ろ、動きが単調だ。遠隔というより、予め決められたパターンをインプットされているようだ」
『自動操縦か……指輪だけに飽き足らず、研究熱心なことだ』
「ロイとはそういう男だ」
彼の置き土産は、ハイエルフの戦力増強するには十分な功績に見えた。そんな彼がダークエルフとの同盟を結ぶための使者に選ばれるとはな。議長は息子にとても厳しいらしい。
『どうする? 魔物を一掃するか?』
「いや、こいつらの主が気がついたようだ」
魔物たちの臭気を撒き散らしながら、俺の目前でピタリと動きを止めた。
たくさんの呪いが詰まった魔物たちを倒したら、暴食スキルが腹を壊してしまいそうだ。魔都ルーンバッハに入る前から、気分を害したくなかったので俺にとっては渡りに船だ。
ハイエルフの兵士が数人、草原の向こう側から歩いてくる。どうやら、彼らが魔物の飼い主みたいだ。
兵士たちの中で髭を蓄えた男が俺に言う。
「フェイト・バルバトスだな。オータム様から話は聞いている」
「話が早くて助かる」
「一人か? セシリア・フロイツはどうした?」
「彼女は廃都オベルギアに残った」
俺の言葉に兵士はあからさまに舌打ちをした。やれやれ、ハイエルフは相変わらずだな。この態度に俺は魔都ルーンバッハにもう帰ってきた気分になってしまった。
「ロイ様は伝えたはずだ。セシリア・フロイツも連れ帰るようにと」
「婚姻のことは聞いている。だが彼女にも選択の自由がある。ハイエルフではなくエルフなのだからな」
「奇跡の子として…英雄としてダーレンドルフ家に持ち上げてもらった恩を忘れたのか?」
どうやら、この兵士はダーレンドルフ家に繋がりがある者のようだ。情報も持っていることからも、忠誠心は高そうだ。
「望んだわけではない。今すぐにでも返上したいくらいだ。だが今は案内してもらおう」
「チッ、付いて来い。天秤の枢機卿様がお待ちだ」
俺を取り囲んでいた魔物たちは、倒れ込み死骸となった。また、新たな侵入者を待つのだろう。
兵士たちに伴われて、俺は枯れた草原を進んでいく。ところどころで乾いた土が影によって巻き上がっていた。
「荒廃が進んでいるようだが?」
「グレートウォールの近くまで来ている。だから、フェイト・バルバトス、お前が必要になったのだ。奇跡の子なのだろ? 俺にもその力を見せてくれ」
「俺はロキシー……聖ロマリアのために戻ってきた」
「求める結果は同じだ。さあ、奇跡の子よ。グレートウォールだ。もちろん、入れるだろ」
俺がグレートウォールに手を触れると、いつものように道が開かれた。ロキシーの身に問題が出ていると聞いていたので、グレートウォールに触れた際に何か起こるかもと思っていた。でも、グレートウォールを通して、彼女との接触はできなかった。
「どうした? 入らないのか?」
「何でもない。一緒に通るか?」
兵士は俺の誘いを断って、道を開いた。
「さて、ここからは俺だけで案内する。他の者は忙しいからな」
「魔物をネクロマンシーするのにか?」
「そうだ。魔物を使役するとのは悍ましいことだ。しかし、今は必要だ」
「仕事熱心で何よりだ」
「与えられた職務を全うするハイエルフの世界では、もっとも重要なことだ」
「なら、聖ロマリアのところへ早く連れて行ってくれ」
仕事に関してはダークエルフと同じで、誇りを持っている。そしてハイエルフは信じられないくらい長寿な種族だ。その姿勢の積み重ねが他者との信用に繋がり、良好な関係を築くのだろう。ハイエルフの社会文化に、あれこれと文句を言いたいことが多々あるが、彼らの仕事への誇りだけは素晴らしいと言える。この部分に関しては人間よりも優れている価値観だ。
俺たちは各自で通路を通って、グレートウォールの内側へ。獣人たちがせっせと農作業をしていた。
「忙しそうだな」
「ここに暮らせてもらえているんだ。あれが獣人の存在理由だ」
「ネクロマンシーにも利用しようとしているだろ」
「いざとなればだ。今は魔物の利用を試している」
「獣人を使ったら、自分たちで農作業をしないといけないからか?」
「そうさ。ダークエルフのように泥にまみれてな。まさに屈辱的だ」
ハイエルフは獣人を蔑んでいる。そんな彼らの仕事を喜んでやるハイエルフはいないわけだ。仕事に誇りを持っているが故にな。
「ルーンバッハで変わったことは?」
「一介の兵士に聞くのか?」
「お前の口ぶりは、オータムやロイに近しい者だと言っているような者だ」
「ご指摘の通り、ダーレンドルフ家とは遠縁といったところだ。議長であるヒューゴ様は革命という大義名分のために、多くの血を流しすぎた。主だった敵は粛正したが、まだ潜んで機会を狙っている者たちはいる。今は血の薄い遠縁でも必要とされているのだ」
「あんたにとっては、千載一遇のチャンスといったわけか」
「おまえが、セシリア・フロイツを連れてきていたらの話だ」
だから、俺が彼女を連れていなかったことにこだわり、居ないとわかるとあからさまな落胆をしたのだ。素直でわかりやすい男だ。それゆえに、出世には苦労しているのだろう。少し親近感を湧いたところで彼とはお別れとなった。
「枢機卿はこの先の礼拝堂にいる。俺の案内はここまでだ」
「お前は同行してくれないのか?」
「今の礼拝堂は誰でも入れる場所ではない」
「なるほど。御神体の入れ替えに問題が出ていることを知られたくないのか」
「口を慎め。その話は礼拝堂の中で好きなだけすればいい」
「案内を感謝する」
「どうせ、次に会ったときにはお前は俺の顔など覚えておらんさ」
仕事は終わったとばかりに、髭を蓄えた兵士はグレートウォールへ向けて歩いて行った。仲間たちを合流して、職務に戻るのだろう。熱心なことだ。その姿勢が議長に認められるといいな。
さてと、礼拝堂へ目を向ける。上級兵士たちによって、警備されていた。
彼らが選ばれた者しか中へ入れないように、検閲しているようだった。聖ロマリアに祈りを捧げようとやってきた民衆たちは、恨めしい顔をして彼らを見ている。礼拝堂の外で祈りを済ませている状況だ。
閉鎖は民衆から不評を買っているのは確かだった。
上級兵士たちの前まで歩いて行く。
「通してしてもらえるかな?」
「フェイト・バルバトスか。遅かったな。天秤の枢機卿様がお待ちだ」
「早く中へ入れ」
俺の到着の遅さに苛立っていたようだ。押し込まれるように礼拝堂の中へ入れられた。
そして、扉はすぐに固く閉ざされた。これは事が終わるまで決して出してもらえない空気だ。
『やれやれだな』
「ハイエルフは苦手だ。会話をしていると早くベッドに入って寝たくなる」
「寝ている暇はないよ。そうだろ、フェイト!」
奥の部屋から現れたのはライブラだった。疲れている様子は一切無く、糊のきいた聖職者の服を着こなしていた。
「枢機卿が板に付いてきたようだな」
「あれやこれやと、民衆の要求は留まることを知らない。ハイエルフはもっと高貴な種族だと思ったが、人間と変わらないね」
「民衆の救済もいいが、ロキシーはどうなんだ?」
「優先順位はいつも彼女が一番さ。だから、君を呼んだ。取り返しがつかなくなる前にね」
グレートウォールに繋がるための容器が二つ並んでいた。入っているのは、もちろんロキシーと、緑髪の女性だ。
緑髪の女性はグレートウォールを支える御神体として、三賢人によって作り出された存在だ。彼女はロキシーから役目を引き継ぐために、入れ替え処理を行っている最中だ。
「代わりの彼女には問題は出ていないよ」
「……ロキシーの力が弱まっている」
「彼女が入れ替えを拒みだした。入れ替えは一度始めると止められない。このままではロキシーは死んでしまう」
ライブラはロキシーが入った容器に手を当てながら、残念そうに言った。
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