第326話 頼み事
ユーフェミアとの謁見は終わった。ロイはそのまま兵士たちに連れられて行ってしまった。どうやら、俺だけとの会話はユーフェミアによって禁じられているようだ。
だから、謁見の間でセシリアの婚姻についての情報を予め教えてくれたのだ。彼はわかっている。ロキシーに身の危険が及べば、俺が必ず駆けつけると。
魔都ルーンバッハに俺が戻れば、セシリアも同行するだろう。現地でオータムが彼女に婚姻を強要してきたら、面倒な事態になってしまう。ロイはそのことを察して、事前に教えてくれたのだろう。
俺は謁見の間から出て、廊下をフレディと一緒に歩いていた。
「ロイはどうなる?」
「食糧支援が行われるまで、軟禁されるでしょう」
「約束を守られたら解放され、破られたら……」
「ハイエルフは元々ここでは嫌われています。二度も私たちを裏切るとなれば」
命はないと言うことか。しかも簡単には死なせてもらえないだろう。
「セシリアのところへ案内してもらえるか?」
「わかりました。こちらへ」
彼女は城に急遽設けられた仮設診療所にいるという。兵士たちの治療をしながら、マックの面倒をみているそうだ。
「セシリアさんのおかげで多くの兵士が救われました。あれほどの癒やしの精霊術を使う者は他に見たことがありません。類い希な才能の持ち主です」
「そうだな。彼女は特別だ」
「あなたの眷属になれた理由がわかった気がします」
彼女は種族を問わず分け隔て無く接することができる人だ。見知らぬ土地に漂着して、行き場を無い俺にも、優しく面倒をみてくれたほどだ。兄であるゲオルクの蛮行によって、幾度となく悲しみを与えられた。それでも、彼女の志は折れることなく、以前にも増して強くなっていた。
もしエルフの聖都オーフェンが今も健在だったら、セシリアは素晴らしい統治者になっていただろう。
「あのハイエルフが言っていた婚姻の件、彼女へ伝えるのですか?」
「本音を言えば、迷っている。ダーレンドルフ家は今や政治と軍事の両方の実権を握っている。彼女にこれ以上入らぬ心配ごとを抱えてほしくない」
「セシリアさんは多くの兵士を助けました。そのおかげでダークエルフからの心証はかなりよくなっています。ナハトの眷属としてではなく、セシリア・フロイツとしてです」
「彼女をここで保護してくれると」
「ナハトの許可なく徴兵はできません。それはユーフェミア様といえど同じです。あなたと敵対はしたくありませんから」
俺が帰ってくるために人質とも取れる。あえて、この場で言うことではないだろう。
仮設診療所は城の一階の大広間に作られていた。マインとの戦いから一週間。軽傷者は無事に退院して職務に戻っている。今いるのは、重症者だけだ。
そんな彼らもセシリアの治癒精霊術を順番待ちしている。
丁度彼女が、大怪我を負った兵士の治療をしているところだった。彼は両足を膝から失っていた。
この状態を治すというのか!?
フレディの顔を見ると、疑う余地はなかった。
兵士の失われた両足がセシリアの精霊術によって癒やされるというよりも、復元されていく。俺が牢に入っている間に、彼女の精霊術は更なる進化をしていた。
綺麗に修復された両足だった。俺の第四位階の奥義——トアイライトヒーリングに迫る回復力だった。
「彼女を女神と呼ぶ者までいます。セシリアさんはお困りのようですが」
「力には素直なんだな」
「武力ではなく、癒やしの力でこれほどのものを見せられたのは初めてなのです。兵士たちには新鮮に映ったのでしょう」
「お前はどうなんだ?」
「彼女を見くびっていたことを恥じています」
フレディと話していると、セシリアが俺に気が付いた。
「フェイト、よかった。牢から出られたようね」
俺のところへ駆け寄ってくる。ほっとした顔からもセシリアに大きな心配をかけてしまったようだ。
「セシリアが兵士たちに献身的な治療をしてくれたおかげさ。収監期間が減刑されたんだ」
「頑張ったかいがあったわ。まぁ、それだけではなくて、苦しんでいる人を放っておけなかったけどね」
「君らしいよ。兵士の両足を再生させるとは驚きだ」
「見た目はね」
セシリアは自分の治療に満足していないようだった。
俺とフレディは彼女に伴われて、先ほど両足を復元した兵士が寝ているベッドへ歩いて行った。
兵士はフレディと俺の顔を見て、驚きを隠せないようだった。一介の兵士のところへやっているとは思っていたらしい。
「フレディ様……」
「落ち着け、お前の状態を診ているだけだ」
兵士は怪我を負って寝ていることに恥じているようだった。
「お前は十分に戦った。足の具合はどうだ?」
「思うようには……」
足先が僅かに動く程度だった。セシリアが兵士に代わって説明する。
「神経が元通りとはいかないの。歩けるようになるには、長い期間リハビリが必要よ」
「無くした足が戻ってきた。それだけで贅沢な話です」
フレディはセシリアをべた褒めだった。この様子なら羨む気持ちもどこかに消えてしまったようだ。兵士もセシリアにとても感謝していた。
セシリアは治療を効率化しようと、ダークエルフの救護班に指南しようとしたという。だが、結局才能の差を見せつけることになってしまった。今はセシリアが主体となって、負傷者の治療にあたっている。
ゲオルクのことで気が沈んでいたセシリアだったが、見るからに生き生きとしていた。
彼女にとって天職にも思えたほどだ。
「セシリア、マックスはどこにいるんだ?」
「あの子なら私の助手よ」
えっ! 彼女にそんな器用なことができるのか!?
そんな不安を吹き飛ばすように、マックスが奥の部屋から医療用品も持って現れた。
「たくさん、持ってきた!」
元気いっぱいなのは良いが多すぎた。包帯や消毒液が今にも手からこぼれ落ちそうだ。
俺は慌ててマックスが落とした医療用品のいくつかをキャッチした。
「頑張っているようだな」
「フェイト! うん、良い子でセシリアの手伝いをしている」
一週間だけ会わないうちに、問題なく会話できるようになっていた。
おそるべき成長だった。これも俺の眷属になったことで得た力のだろうか。それとも彼女の基礎能力の高さゆえか。素直な子に育ってくれて、嬉しい限りだ。
俺に飛びつく前に、ちゃんと持ってきた医療品を置いていた。
「俺がいない間、良い子にしていたか?」
「バッチリ!」
「そっか……偉いな」
「でしょっ」
頑張った彼女にまたしばらく会えなくなってしまうというのは、心苦しかった。
「セシリア、少し話がある。時間をもらえるか?」
「急ぎのようね」
「お話? マックスもする!」
「ああ、マックスも一緒に聞いてくれ」
「わかった」
セシリアたちとの話は診療所にある診察室を利用することになった。フレディは気を遣って席を外してくれた。
椅子に座るやいなや、セシリアは口を開いた。
「ハイエルフがやってきたんだって! ダークエルフたちがずっとそのことばかり話をしていたわ」
「使者はロイだった」
「えっ! あのロイ?」
「残念ながらな」
セシリアはなんとも言えない顔をしていた。ロイは彼女を公平に扱ってくれた。だが、やはりイカれた研究者としてのマイナスポイントが大きすぎたようだ。
よりにもよってといった感じのため息をついた後、セシリアは言う。
「彼なら、怒りを買わずにダークエルフの国の中へ入れるかもね。それで、ロイの何をしようとしているの?」
「ハイエルフとダークエルフとの同盟を望んでいる。でも過去の禍根があるから、まずは食糧支援から始めるようだ。しばらくロイはこの城で過ごすみたいだ。俺は話し合いの場に呼ばれたんだ」
「そうなの……でも、なぜフェイトが?」
疑問に思うのは当然だろう。マックスは話の内容がわからずに、ひたすら首をひねっていた。
「ロキシーに異変があったと教えてくれたんだ。グレートウォールの御神体の入れ替えで問題が出たみたいだ」
「そんな……なら早く戻らないと!」
心配する彼女に俺はゆっくりと言う。
「セシリアには、ここでマックスのことを頼みたい。彼女はグレートウォールの外に出すわけにはいかないから」
「……そうね。マックスを一人にはできないわね」
セシリアはしばらく俺を見つめていた。そして深く頷きながら、マックスへ顔を向けた。彼女の頭を撫でながら言う。
「わかったわ。ここであなたを待つわ。それに私もフェイトから独り立ちしないとね。しばらくは兵士たちの治療で忙しいし……今は必要とされていることが嬉しいの」
「……すまない」
「いいのよ。気にしないで。でも約束して戻ってくるって」
「ああ、俺たちの絆に誓って」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます