第325話 初対面
真っ赤なドレス姿のユーフェミアが優雅に歩いて、玉座にゆっくりと腰をかけた。
その両側には彼女を守るように侍女が控えている。
ユーフェミアはまず俺に目を向けて、軽く頷いた。そして、打って変わって厳しい目線をロイに送った。
彼は張り詰めた空気の中でも、気後れすることなく跪きながら言う。
「君主様、私はオータム・ダーレンドルフです。元老院議長ヒューゴ・ダーレンドルフの息子です。今日はこのような場を設けていただき、ハイエルフを代表として感謝いたします」
「我らに残した禍根もある。内容によっては死で償うことになるぞ」
「承知の上です。率直に申し上げます。ハイエルフと同盟を組んでいただきたい」
「ほう、そちらからの申し出だ。見合った条件を用意しているのだろうな」
「もちろんです」
ロイは周りにいた兵士たちを押しのけて、一歩前に出る。
「人間は私たちよりも数で勝ります。それに広い領土を有しています。聖地ガリアが奪還できたところで、防衛しながら戦うにはさらなる兵士が必要かと」
「子供が生まれず、滅び行くハイエルフに言われたくない」
「御尤もです。ですから私たちは兵士を再利用できる方法を開発しました。死んだ者を自由に操る精霊術です」
ロイは懐から、死んだ小鳥を取り出して床に置いた。
「お見せしてよろしいでしょうか?」
「構わん」
ユーフェミアの許可をもらったロイは、俺を横目で見てにやりと笑った。
俺も死んだものを蘇らせて、しもべにする過程を見るのは初めてだった。以前は大規模な研究施設で行っていたはず。それが、謁見の間でお手軽にできるようになるほど技術が進んだわけだ。
ロイは研究成果を俺にも見てもらいたいのだろう。
「では早速」
剥製のように硬くなった小鳥の上に、手を乗せた。その手から、少しずつ黒い霧があふれ出す。途端にこの世の者とは思えないような囁きが謁見の間の至る所から聞こえ出した。そして、明るかった謁見の間がロイを中心に暗く沈み込んでいく。
ロイの周りにいた勇敢な兵士たちは、あまりの異常さに離れるしかなかった。
動じなかったのは、俺とユーフェミアだけだ。侍女たちは受け入れがたい出来事に、足が竦んでしまっていた。
すべてが静まった頃に、ロイは小鳥の死骸から手を離した。
小鳥は床から羽ばたいて、彼の肩に止まった。そして生きていた頃と変わらない綺麗な声でさえずった。
ユーフェミアはその様子に目を細めながら言う。
「忌まわしき力か。それで死んだ者を蘇らせて、操り人間にしろと?」
「兵の消耗は緩やかに低下するでしょう。死者への敬意は平和になってから、ゆっくりでします」
「冒涜には目を瞑れというのか」
「それを決めるのは、兵士たちです。必要なら生前に同意を得てるのも一つかと。戦争するなら勝たなければいけません。それは君主様もおわかりだと思いますが」
「知った口をきく。内戦で身内殺ししか経験が無いハイエルフが」
「10年、ガリアを巡って人間たちと戦ったとか。実感されたのでは……兵数の差を。私たちも斥候を送り、およその数を調べました。個々の力は私たちが勝っている。しかし、人間は余りにも多すぎる。私たちは衰退しているというのに、人間は繁栄を続けている」
「相手を羨んで、奪おうとする。いかにもハイエルフの考えそうなことだ」
ユーフェミアが昔を思い出すように、呆れた顔をした。
それでもロイはまったく顔色を変えなかった。
「使う、使わないは君主様のお好きにしてください。お見せしたネクロマンサーの技をお受け取りください」
ロイは、肩に乗った小鳥に宝石が付いた指輪を掴ませた。それを持ったまま小鳥は羽ばたいて、ユーフェミアが腰掛けている玉座の肘掛けに舞い降りた。
「宝石に力を込めております。嵌めれば、誰でも扱うことができます。お気に召したならいくつでもお渡しする準備があります」
「ハイエルフの言葉だと思えんな」
「食糧支援もお約束します。こちらはすでに本国で準備が整っており、君主様の許可をいただき次第、搬送いたします。まずはこちらの誠意を」
断絶した国交を回復するために、ロイはダークエルフの国が一番求めているものを提示してきた。食糧支援はダークエルフが過去に求めて、ハイエルフに攻め込む隙を与えた曰く付きだ。ロイが知っていて、あえて言ってきたのだ。
フレディも含めた兵士たちは侮辱されたと思って、苛立っている。このままだとそう遠くない未来、ロイの首は胴体から永遠のお別れをしてしまうだろう。
しかし、ユーフェミアは違った。口で手を押さえながら、笑っていた。
「豪胆なハイエルフだ。なら、誠意を見せてみろ。食糧はいくらあっても困らん。まずはそこからだ」
「ご寛大なお言葉、心より感謝いたします」
グレートウォールの砲台は土地を疲弊させる。今後、使用する度に食糧はより困窮してしまう。ユーフェミアとしては、くれるものはもらっておこうといったところか。
「ロイ・ダーレンドルフと言ったな。お前はオベルギアに留まれ。帰ることはゆるさんぞ」
「心得ております。グレートウォールの外で待っている部下に食糧支援を伝えていただいてもよろしいでしょうか?」
「うむ」
ユーフェミアの横にいた侍女の一人が謁見の間から出て行った。彼女がその任にあたるのだろう。
ロイは約束が守られるまでの人質というわけだ。元老院議長の息子として、少しは価値があるだろうか。本人はダークエルフの国に滞在できるため、喜んでいるように見えるが……。
「同盟交渉は食糧供給がされた後だ」
「仰せのままに」
ユーフェミアは殊勝なロイが気に入ったようだ。本性はイカれた研究者だと知ったら見方も変わるだろう。
彼女なら、それもお見通しかもしれない。
さて、そろそろ俺が呼ばれた理由を知りたいところだ。
俺の様子にユーフェミアが微笑んだ。どうやら心を読まれてしまったみたいだ。
「ハイエルフよ。そろそろ我らのナハトを呼んだ理由を聞かせてもらえるか?」
「はい。魔都ルーンバッハは、今グレートウォールを制御する御神体を入れ替えている最中です。ですが少々、問題が起きまして……フェイトさんに帰ってきてほしいのです」
「俺に? 御神体に問題が起きた……ロキシーに何かあったのか?」
俺が彼女の名を口に出すと、ロイは深く頷いた。彼の目は嘘をついているように見えない。真実なのか!?
「フェイトさんが魔都ルーンバッハを旅立たれてから、聖ロマリア様に異変が起こり始めました。入れ替えを拒否しているのです」
「拒否? なぜ?」
「僕には理由はわかりません。彼女を診ている枢機卿様があなたを呼び戻すように言っているのです」
枢機卿……ライブラか!
あいつが呼ぶくらいなら、よほどロキシーの状況が悪いのだろう。
もう魔都ルーンバッハに戻らないと決めたのに……。ロキシーに問題が起こっているなんて、考えもしなかった。
急ぐ気持ちに駆り立てられるが、踏みとどまってロイに聞く。
「なぜ、セシリアをこの場に呼ばなかった?」
「これはダーレンドルフ家の問題なのですが……」
ロイは少々言いにくそうだった。彼にしては珍しい反応だ。
「僕の兄であるオータム・ダーレンドルフがセシリアさんとの婚姻を望んでいます」
「はっ!?」
突拍子もない言葉に俺は開いた口が塞がらなかった。その顔がユーフェミアの笑いのツボにはまったようだ。くすくすと笑っていた。
いやいや、笑っている場合じゃないって! 俺はてっきりセシリアの兄であるゲオルクについての情報だと思っていた。やつは魔都ルーンバッハを襲撃してから、行方知れずだった。
「なぜ、婚姻になる?」
「セシリアさんは魔都ルーンバッハを救った英雄です。エルフでありながらハイエルフの社会で認められた存在です。元老院の次期議長である兄の婚姻相手として、いろいろと都合が良いんでしょう」
ユーフェミアもまさか謁見の間で、身内の婚姻話をされるとは思ってもみなかったようだ。面白い話を聞くように楽しんでいる。
ロイの言葉には「いろいろ」が含まれていた。セシリアの婚姻話も気になるが、ロキシーの状況も早く知りたくて仕方なかった。
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