第324話 不穏な謁見

 牢獄でアナスタシアが叫んだ言葉。ハイエルフのグレートウォールは崩壊し、国が滅びる。そして、ロイ・ダーレンドルフがダークエルフの国に現れた。

 これ以上ないタイミングに、アナスタシアの言葉は、錯乱して発したのではなく、本当に星見だったのかもしれないと俺を惑わせた。

 牢の鍵を開けるフレディに声をかける。


「もう反省はいいのか?」

「十分です。それにあなたが牢にいると、アナスタシア様が騒ぎますから」


 今も喚き散らしているアナスタシア。いつもの俺を愚弄する言葉に戻っていた。


「この通り、散々言葉責めをされたさ」

「心中をお察しします。あなたが牢から出れば、アナスタシア様は落ち着かれるでしょう」

「彼女は牢から出してもらえるはずでは?」

「これから戦争が始まろうとしています。アナスタシア様にとって、ここが一番安全なのです」


 なるほどね。思った通りだ。

 それに戦争を控えて神経を高ぶらせている城の中で、彼女の金切り声を聞き続けたら、皆気が滅入るだろう。


「さあ、開きました」

「まだ会うとは言っていないのだが」

「ハイエルフに会った方があなたのためです。私もそう思います」


 ダークエルフはハイエルフと過去に禍根があった。それでも城に招き入れて、俺に引き合わそうとしている。ロイはダークエルフの心を動かすようなことを手見上げに持ってきたかもな。

 フレディの口ぶりから、俺に関係する要件にも聞こえる。


「俺が行かないと、話が始まらないわけか」

「察しが良くて助かります」


 他の牢にいる囚人たちは、俺が立ち去ることに安堵しているようだった。これで少しはアナスタシアが落ち着くだろう。


 地下から出ると、朝日が見えた。久しぶりに太陽の光を浴びて、体内時計がリセットされるようだった。


「マックスは元気か?」

「元気すぎて困っているくらいです。ナハトが牢から出たことを知ったら喜ぶでしょう」


 マックスは以前に牢に閉じ込められたことがある。そのせいで極端に地下牢を嫌っていた。俺がいても、会いに行けないほどにだ。余程、トラウマになっているみたいだった。


「今はセシリアさんに面倒を見てもらっています。彼女が懐いている人は限られますから」

「ということは、話し合いの場にセシリアは参加しないんだな」

「ロイは限られた者だけでの会話を望んでいます。特にセシリアさんを会話から遠ざけるように念を押してきました」


 セシリアを? なぜだ……嫌な予感するな。


「面倒ごとに俺を巻き込む気じゃないだろうな」

「戦争が始まれば面倒ごとばかりです。今のうちに慣れておかれてはどうです」

「よくユーフェミアがロイを城に入れたな」

「私から見れば危険な男ですが、ユーフェミア様からは面白く映ったようです」

「道化のような男だが、歴としたハイエルフの軍人だ」

「彼はあなたの友人だと主張していました。本当なのですか?」

「……好かれているんだ」


 ロイからの好感度が高いことは自認している。一方通行のような友人関係だ。

 俺の困った顔を見たフレディはそれ以上聞くことはなかった。


「どこでロイの話を聞くんだ?」

「謁見の間です」

「ハイエルフなのに良い扱いだな」

「それだけ、ロイという男は取り入るのは上手なのでしょう」


 フレディは肩をすくめて見せた。

 ユーフェミアの物好きにも困ったものだといったところか。


「ロイは単身でここに来たのか?」

「仲間はグレートウォールの外で控えています。たった5人です。入ったところで何もできないでしょう」

「勇猛果敢なハイエルフか。ダークエルフ好みだな」

「笑わせないでください。彼らは初めから戦う気など持っていません」


 ユーミフェミアに何かの交渉にきたのだろうか。ロイなら、過去にダークエルフと禍根があったとしても、やりそうなことだ。

 もしかしたら、魔都ルーンバッハを襲った天竜の姿になったエリスに上層部が恐れをなしたのかもしれない。ロイは元老院議長の息子だ。そして兄のオータムよりも、頭が切れる次男だ。ダークエルフへの使者としては適任だし、何かあったとしても切り捨てることもできる。


 このような人選は通常なら嘆くところだが、ロイは喜んで引き受けそうだ。いやもしかしたら、自ら父親に進言した可能性すらもある。


 意気揚々と雪山を越えて、ダークエルフの国を目指したロイの顔が容易に思い浮かんでしまう。

 俺たちは謁見の間へ続く待合室を横切っていく。どの部屋も空いており、他に謁見を望む者は誰一人としていなかった。静かな廊下を通って、謁見の間がある扉の前へやってきた。この扉を守っている近衛兵たちとは、顔馴染みだ。


 目線を送るだけで、扉を開いてくれた。


「さあ、どうぞ」


 恭しくお辞儀をされた。ユーフェミアの邪魔をして投獄行きになったが、彼らの俺への敬意は揺るぎないようだ。といっても、フェイトではなくナハトに対してだ。


 ロイは兵士たちに囲まれていた。因縁のあるハイエルフだ。見張っている兵士たちも気合いが入っている。

 ユーフェミアはまだようで玉座が空っぽだった。


 扉が開かれて俺が入ってきたのを、ロイはすぐに気がついて手を振ってきた。


「お久しぶりです。元気そうで何よりです」

「お前もこのようなところまで、ご苦労なことだ」

「職務ですから」

「やっぱりな」

「あと、ぜひダークエルフの国を見てみたかった。三賢人の遺産が至るところにありますね」


 本音が漏れているな。根っからの研究者なのだろう。


「調べさせてもらいたいのですが、そうはいかないようです」


 兵士たちに睨まれている。わざわざ煽るようなことを口にするからだ。

 ああ……ダークエルフの国へ来ても、俺の知っているロイ・ダーレンドルフのままだった。


「ハイエルフはダークエルフから嫌われていると聞いたぞ」

「まさに今の状態ですね」

「何をしに来た?」

「いろいろとですよ。フェイトさんにも関係があるのでお呼びしました」

「重要なことなのか?」

「もちろんです。ユーフェミア・アーヴィング様にも、良き提案ができると思います」


 この場にいることで、彼の提案が良きものになると証明しているようだった。

 フレディに目を向けると、肩をすくめるばかりだ。彼もロイがどのような交渉をするのかわかっていないようだった。

 長年国交を断絶していた仲だ。フレディを含めた兵士たちには想像しかねる状況なのだろう。俺も変人ロイの考えなど理解不能だ。


 ロイに詳しい話を聞こうとしても、話してはくれない。ユーフェミア待ちだ。

 交渉内容を謁見が始まる前から、べらべらと喋るような安易な真似をしない男だった。


 しばらくユーフェミアを待っていた。それでも彼女は一向に現れず、時間だけが過ぎていった。

 手持ち無沙汰になった俺はフレディに声をかける。


「ユーフェミアに何かあったのか?」

「おそらく星見の最中かと。もうしばらくお待ちください」


 今の彼女はほとんどの時間を星見に費やしているという。そこで得られた断片的な情報をピースのように組み合わせて、未来をより鮮明に見ようとしている。

 彼女が許可した謁見の前まで星見とは、余程根を詰めているようだ。


「ご心配ですか?」

「いや、心配するほどの仲ではない」

「そうでしたね。あなたはフェイトでした」


 時折、フレディは俺にナハトであることを求めているような振る舞いをする。しかし、それは無理な話だ。ナハトの話を聞く度に、俺とは別人のような気がしてくる。果たして、俺は記憶を失っただけなのだろうか。


 ユーフェミアは俺にナハトの話をしてくれるといったが、多くを語らず必要最低限だ。最近聞けたのは、ダークエルフのグレートウォールにナハトが新たな力を与えたことくらいだ。


 玉座の後ろの扉が開かれた。待ちに待ったユーフェミアが侍女を引き連れて現れたのだ。

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