第318話 会食の間
ユーフェミアたちとの昼食は、ナハトの帰還祝いも相まって、貴重な小麦で練られたパンがテーブルの上に並んだ。普段から作り慣れてないためか、少しだけ発酵したパンだった。それでもダークエルフが今できる最大限のもてなしだ。
ぱくぱく食べていると、マックスも俺の真似をしていた。彼女は俺が食べるものなら好き嫌いしないようだ。偏食にならないように、いろんな食材を食べさせてやりたいところだが、ダークエルフの食糧事情を考えれば難しいだろう。
食事の場では、ユーフェミアが改めて俺が記憶を失っていることを兵士たちに話した。ナハトと共に最前線で戦った者へ理解を求めた形だ。
皆が彼女の言葉に賛同していたので、一先ずはフェイトとして受け入れてもらえた。
それから昼食は静かなものだった。やはり君主と一緒の食事となれば、態度や会話にも気を遣うようだ。やたらと周りに噛みついていたヘカテーも借りてきた猫のようになっている。コンラッドも似たようなものだ。馴れ馴れしい口ぶりは息を潜めて、礼儀正しい紳士に変わっていた。
いつも通りなのはフレディくらいだ。
3人以外の兵士たちは、ずっとユーフェミアの言葉に耳を傾けていた。寡黙というよりも、恐れ多くて会話できない感じだ。
こんなに近くに座って、食事を共にしているというのに、ユーフェミアをとても遠くに感じてしまう。ダークエルフにとって、君主とはそういう存在なのだろう。
お城で起きたたわいもない話が続いたところで、ユーフェミアは俺に顔を向けた。
「ダークエルフが作ったパンはどうだ?」
「……美味しいです」
「そなたはすぐに顔に出るな。ガリアと手に入れれば、そなたが満足するパンも焼ける」
「あなたは俺がナハトではないことを知っていた。なら、わかっているはずだ」
「ガリア侵攻に参加する気はないことか?」
ユーフェミアの言葉に兵士たちは一斉に俺を見た。やはり彼女は兵士たちに星見で見た未来をすべて話してはいない。
「俺のことをわかっていて、なぜ迎え入れたんだ?」
「言ったはずだ。ナハトの記憶を取り戻すと。そなたはガリア侵攻が再開されれば、戦いに身を投じる」
不敵な笑みをこぼしながら、ユーフェミアは俺の目を見続けていた。今も星見で俺を通して未来を見ているのだろう。
「フェイト・バルバトスよ。そなたは我らを聖地ガリア………そしてアストラルチェインへと導くだろう」
「アストラルチェインとは?」
「かつて三賢人が探し求めていた魂の帰結点。この星の生命が本来還る場所だった」
「だった?」
「アストラルチェインで魂は浄化されて、星に還る。今はその道は失われてしまい。現世を彷徨う魂たちが集まり、得体の知れない闇が生まれようとしている」
闇……俺には心当たりがあった。エルフの聖都オーフェンで見たアビスという魔物だ。
真っ黒な姿をしており、無数の手の集合体だった。あれは、獣人たちの墓から現れた。
「アビスですか?」
「その通りだ。そなたはすでにその驚異を目にしている。あれは我らにはどうすることもできん。今は星獣と呼ばれる星の守護者が抑え込んでいるようだが、いずれ行き場をなくした魂の飽和によって、この星は闇に包まれるだろう」
アストラルチェインへの道を俺が開けると?
聞いたこともないものができるとは到底思えない。でも、ナハトならどうだろう。
王国ではアビスという魔物が発生したという話は聞いたことがなかった。
いや待てよ。肉体を失った魂は、彼の地にあった出来損ないの神に取り込まれていた。
俺が出来損ないの神を喰らうまで、魂の流れがあった……しかし、今はそれがない。
そして10年間も経っている。
もしかしたら、今の王国でもアビスという魔物が生まれている可能性がある。
「どうだ。星を救う戦いと言えば、そなたにも大義名分となるはずだ」
「すべて信じるには、あなたたちのことを知らなすぎます」
「それは御尤も。ならば、戦闘訓練で友好を深めようではないか」
やはり、そうなってしまうのか。好戦的と言われるダークエルフらしい。
ユーフェミアの言葉を聞いた兵士たちが声を上げて、称えていた。コンラッドもヘカテーもやる気満々といった感じで拍手を送っている。
いよいよ、戦闘訓練が始まる。隣に座るセシリアが息を飲んで緊張しているようだった。
一番に席を立ったのはユーフェミアだった。
「では、これで失礼する。この後の戦闘訓練を楽しみにしておるぞ」
颯爽と彼女は会食の間から出て行った。兵士たちは恭しく見送る。
しばらくして、フレディが俺たちに声をかける。
「このまま、グレートウォールの外へ行きましょう」
「ああ。その前にマックスの面倒を誰かにお願いしたい」
「それなら、ご安心を。私が責任を持って彼女をみます」
フレディは今回の戦闘訓練には参加しない。俺たちの世話役に任命されてから、それに従事することに専念したいという。
「ナハト、また後で会いましょう」
「じゃあね。ナハト!」
コンラッドとヘカテーを含めた兵士たちは、一足先にグレートウォールの外へ向かうようだ。俺たちが会食の間から出たときには姿はもうどこにもなかった。
「速いな」
「彼らは優秀ですから。セシリアさん、すでにおわかりだと思いますが、気を付けてください。あの12人はあなたを狙ってきます」
「全員ですか!?」
セシリアはビックリして飛び上がりそうになっている。俺だって同じ気分だ。
コンラッドとヘカテー以外は、彼女に寛容だったように見えたからだ。
「露骨な態度として表したのは二人の性格ゆえです。残りの10人は大人ですから」
「全然わかりませんでした」
「彼らはあなたを倒して、自分こそがナハトの眷属として適格者だと証明したのです。なにせ、10年間も一緒にいながら誰一人として眷属になれなかったからです」
ナハトの帰還を待っていたら、エルフのセシリアが眷属として現れたのだ。
しかも1年にも満たない短期間で眷属になったと聞いたら、思うところがあるのだろう。
俺は困りながら、フレディに言う。
「苦情は俺に言ってくれよ。セシリアを眷属にしたのは俺なんだから」
「ナハトには言えないからこそです」
結局みんな大人げなかった。
セシリアは神妙な顔つきでフレディに言う。
「できる限り、精一杯戦わせていただきます」
「俺も付いているから、共闘していこう」
「お二人が共闘ですか……これは彼らは燃え上がりますね」
「これ以上、不安をあおらないでくれ」
「はははっ、では参りましょう」
フレディにからかわれてしまった。彼も今回の戦闘訓練に参加したかったのだろう。
俺たちは城から出て、ダークエルフの街を進んでいく。もぬけの殻だった。
「誰もいないぞ」
「それは決まっているじゃないですか。皆、戦闘訓練を見るためです」
「収穫もお休みですか?」
「それほど楽しみにしているのです。これほどの娯楽は他にありませんから」
廃都オベルギアの住人が総出で観戦しているみたいだ。これは思ったよりも大ごとになっている。参加する兵士たちの士気も高そうだ。
畑の収穫は半分ほど終わっている。この分だと侵攻開始まで時間がありそうだ。
生い茂る森を抜けて、グレートウォールまでやってきた。声援が聞こえてくる。
見上げれば、グレートウォールの上で大勢のダークエルフたちが盛大に手を振っていた。民衆たちが久しぶりの娯楽に興奮を抑えきれないようだ。
「さあ、お二人はグレートウォールの外へ」
「わかった。マックスを頼む」
俺はマックスにフレディのところで大人しく待っているように言い聞かせた。
少し不服そうな顔をしていたが、頭を撫でてやると納得してくれたようだ。
それでもフレディと手を繋いで、じっと俺を見ていた。
尻尾を下げているので、本当は俺たちと一緒にグレートウォールの外へ出たいのだろう。それでは彼女は魔物に戻ってしまう。
もう一度、マックスに外へ決して出ないことを約束させた。これで大丈夫なはずだ。
「では、行ってくる」
「行ってきます!」
「ご武運を」
「がう〜!」
マックスは俺たちが早く戻ってくるように、大きく手を振っていた。これから俺たちが何をするのかを彼女はまだわかっていないようだった。
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