第317話 共に戦った者たち

 床に転がっていた俺たちはフレディに起こしてもらう。


「ダンスでここまでの被害が出てしまうとは……」


 綺麗に整えられていた家具が至るところに散らばっている。ここだけ敵襲を受けたかのようだった。


「片付けさせますので、その間に昼食をどうですか? ユーフェミア様からのお誘いでもあります」


 君主からと言われて、俺たちは了承した。

 フレディは連れていた使用人に部屋の片付けを命じた。使用人は部屋の惨状に驚いていたが、すぐに仕事を始めた。俺も手伝おうとしたが、これは使用人の仕事だと丁重に断られてしまった。

 ダークエルフはハイエルフと同じように、自分の仕事に誇りを持っているようだ。


 せっせと部屋を片づけている使用人にお礼を言って、俺たちは部屋を出た。

 マックスは未だに一人ダンスをしていた。このままだと迷子になってしまいそうなので、しっかりと手を繋いだ。


「また後でしような」

「がう!」


 どうやら気は済んだようだ。俺を豪快に放り投げたんだ。満足してもらわないとこっちの体が大変なことになる。

 ユーフェミアとの昼食は、会食に使われる大部屋で行われるという。先を歩くフレディが会食の参加者について説明してくれる。


「過去のあなたはすでに顔見知りばかりです。皆、昼食後の戦闘訓練に参加します」

「兵士ばかりだな」

「口だけで何もしない議員たちは過去にユーフェミア様がすべて罷免されました」


 フレディの話では、先代のアナスタシアの時には元老院が存在していたという。彼らは自己の利益を保つためにガリア侵攻を否定したため、ユーフェミアの手によって元老院自体が解散された。

 今では名実ともにユーフェミアに権力が一点集中している。


 昨日、俺たちが謁見の間に入る前に、順番待ちしていた者たちは元議員だった。ナハトが行方不明となり、ガリア侵攻が停滞する中で、彼らは復権を狙っていたそうだ。

 フレディも昨日のことを思い出しながら、楽しそうに言う。


「ユーフェミア様から面会を拒絶されているというのに、あの者たちは謁見の間の前に居座って大変でした。それがナハトを見たら、一目散に逃げ出してしまう。情けない者たちです」

「ダークエルフは好戦的な種族だと聞いた。すべてじゃないんだな」

「もちろんです。個人差はあります。エルフやハイエルフに比べて、戦いを好むと言った感じです」

「なら、会食に招かれている者は選りすぐりの戦闘好きか?」

「ナハトのお気に入りでしたから、あなたも気に入ると思います」


 過去のガリア侵攻でナハトと共に最前線で戦い生き残った者たち。ダークエルフの国としては、彼らを英雄扱いしているほどだ。


「ガリア侵攻で人口の三分の一を失うほどの激戦でした。その中でより強い者だけが生き残りました。もちろん、人間たちにも同じ程度の被害を与えています」

「これ以上人口が減ったら食料生産に問題が出ているでは?」

「その前に今度こそ聖地ガリアを奪還します」


 フレディの言葉が本当なら、戦場だったガリアは血の海だろう。死屍累々の世界は、きっと暴食スキルの世界に似ている。

 過去の俺は、おそらく数え切れない者たちの命を奪ったはずだ。


「この先が会食の間です」


 謁見の間に引けを取らないほど、木工細工で飾り立てられた扉があった。両脇には、兵士たちが控えている。漂う緊張感から会食と言うよりも、軍事会議を思わせた。


 俺たちが近づくと、兵士たちは素早く扉を開けた。


「さあ、中へ」


 フレディにうやうやしく、俺たちを会食の間の中へ招き入れた。

 セシリアはずっと緊張しているようだった。ここまで一切会話に参加していないからことでもよくわかる。会食の間には戦闘訓練で戦う猛者がいる。しかも、彼女を羨んでいるかもしれないのだ。


 俺はセシリアの肩に手を置いて頷く。ここまで来て引き返すことはできない。


「行こう」

「そうね。行きましょ」

「がう!」


 暢気なのはマックスだけだ。会食の間からあふれ出すプレッシャーに我関せずだ。

 俺たちが踏み込むと、たくさんの拍手で迎え入れられる。その人数は12人。

 皆が真っ黒な軍服を着ている。そして笑顔なのだが、目だけは笑っていなかった。


 ほとんどの者は俺を見ている。だが、2人ほどセシリアをじっと見つめていた。

 敵意丸出しだった。これには彼女の笑顔が崩れて、苦笑いしてしまう。


「ナハトと眷属の二人は一番奥へ」


 フレディは俺たちに声をかけた。

 30人ほどが一度に食事ができそうなほどの長テーブルに座る。それを見届けた12人は着席した。フレディも俺たちに近い席に座った。


 俺の隣席が空いている。おそらく、ここはユーフェミアの席だろう。

 俺は改めて、12人の顔を見ていく。男性6人、女性6人だった。そしてすべての者の顔に傷があった。フレディと同じだ。

 俺がじろじろと彼らの顔を見ていたものだから、フレディが気がついて説明してくれる。


「私も含めて、顔の傷はナハトによって付けられたものです。ナハトは気に入った者に印代わりに傷跡を付けていました。これは精霊術でも綺麗に治せないのです」

「俺は感謝していますよ」


 声を上げた男は切れ長な目をした細身の兵士だった。長い髪を後ろで結んでいる。


「初めまして、そしてお久しぶりです。俺はコンラッド。ナハトと共に戦う部隊の副隊長です。隊長はもちろんフレディですよね」

「当前だ」


 挑戦的な物言いにフレディは睨みをきかせながら言った。それでもコンラッドは飄々としている。

 彼は、会食の間に入ったセシリアに敵意を向けていた一人だった。

 その向かい側に座っている女性が口を開く。彼女は軍服を着崩しており、胸元をこれでもかと周りに見せつけていた。そしてセシリアに敵意を向けた最後の一人だった。


「コンラッド、あなたがそういう態度だから、いつまで経っても副隊長なのよ」

「黙れ、ヘカテー。後方支援しか能がないくせに」

「そのおかげで、あまたの戦場を生き残れたでしょ」


 二人は座っていた席から乗り出して、言い合いを始めてしまう。それを見た周りの兵士たちは、またかと言った感じに呆れていた。

 俺から見ても犬猿の仲なのだろう。それでも二人には共通の考えがある。

 セシリアをよく思っていないことだ。戦闘訓練では、コンラッドとヘカテーには気を付けるべきだろう。


 ヘカテーはどこかユーフェミアに似ていた。目は違う。だが、髪の色は同じで、顔つきもどこかユーフェミアを思わせる。


「ナハト、私がユーフェミア様に似ているって思ったでしょ?」

「勿体ぶるなよ、ヘカテー」

「コンラッドは黙ってなさい」


 俺は確信した。間違いなくこの二人は犬猿の仲だ。

 フレディに顔を向けると、肩をすくめてみせた。気にしないでくれとでも言いたそうだ。

 やれやれと思いながら、ヘカテーに視線を戻すと、待っていましたとばかりに話し始めた。


「私はユーフェミア様のいとこだからよ。何か思い出しそう?」

「いや、なにも」

「はぁ〜、そうなの……」


 ヘカテーはあからさまに肩を落としていた。感情がすぐに表に出てしまう性格みたいだ。ユーフェミアとは真逆の性格だな。


「まっ、いいわ。私といればすぐに記憶は思い出すはずよ」


 勝手に自己解決して元気になったヘカテーは、俺の隣に座るセシリアに目を向けた。


「ふ〜ん、あなたがナハトの眷属ね。獣人なら何匹かみてきたけど……エルフの眷属ね」

「セシリア・フロイツです。以後お見知りおきを」

「知っているわ。フロイツはエルフの国では統治者階級のはず。国が滅んだというのに、おめおめと生き延びているなんてね」


 セシリアは悔しそうに唇を噛んでいた。まだ話を続けようとするヘカテーに俺は言う。


「彼女には生き残った理由がある。そのために俺に同行している。それにセシリアは俺の眷属でもある。これ以上の侮辱は俺への侮辱と受け取るぞ」


 途端にヘカテーは口をつぐんだ。そして、たらたらと額から汗を流していた。

 俺に対しては強く出られないようだった。戦闘訓練でもこのままでいてほしいものだ。


 俺がヘカテーを叱ったため、他の者も喋れない重い空気となってしまう。その中で、マックスだけが、テーブルの上に置かれた水に指を突っ込んでキャッキャッと遊んでいた。


 セシリアを守ろうとしたのに、どうしたものかと思っていたら、ドアが開かれてユーフェミアが入ってきた。一同が席から立ち上がって、敬意を示した。

 ユーフェミアは俺を見つめながら言う。


「ナハトよ。そなたとの再会を祝ってささやかな食事を楽しもう。その後はわかっておるな」

「楽しい戦闘訓練ですね」

「うむ、ではその前に精を付けようぞ」

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