第316話 パワーダンス
フレディとの朝食で出された食事は俺が予想していた通り、蒸し芋だった。
これぞ、ダークエルフの主食といった感じに、フレディが説明してくれる。俺はすでにユーフェミアに見せてもらっているので同じ話に聞こえた。
エルフの世界でも馬鈴薯は栽培されていた。それでも主食ではなく、副食としてだ。しかも、蒸し芋だけが皿の上に乗っている。
味付けは塩のみ。セシリアは喉を詰まらせながら食べていた。
この食事に慣れるまで少々時間がかかるかもしれない。
俺はそんな彼女を横目に見ながら、蒸し芋をぱくぱく食べていた。
「いい食べっぷりですね。もっと食べてもらいたいところですが」
「大事な食糧だ。俺たちに分けてもらえるだけでもありがたいさ」
「聖地ガリアを奪還できれば、この生活から解放されるでしょう」
限られた食糧だ。マックスはすでに食べているので、丁重にお断りした。
食べ終えたところで、フレディはいそいそと部屋から出ていった。戦闘訓練は今日の昼食を食べた後に行う予定だ。大勢が参加するため、これから準備に忙しいようだ。
お腹が満たされたことで、俺とセシリアは一息つく。
テーブルの上には、朝食のときに提供された水が入ったコップが置かれていた。
「フレディさんの前では言えなかったけど、水が濁っているわね」
薄らと白く濁っている。フレディは気にすることなく飲んでいたので、これがダークエルフの国では普通なのだろう。
「飲むと少し臭みがなるな」
「これも慣れるまで時間がかかるかも」
「ユーフェミアはハーブティーにして飲んでいたんだ。理由がよくわかったよ」
「君主様だけが許された贅沢かもね」
ささやかな贅沢だ。この水に俺も慣れるには時間がかかりそうだ。
『フェイト、俺様を水に近づけろ。水質を見てやる』
「俺たちが飲んでから言うなよ!」
『まあ、念のためだ』
コップに入った水に黒剣をかざす。
『この濁りは汚れだな。まだ人体に影響が出るほどではない。浄化処理に問題を抱えているんだろう』
「この島の生態プラントが機能不全に起こしているのかな?」
『三賢人によって廃棄された島というのなら、何か問題を抱えていているのかもな』
「グレートウォールはちゃんと機能しているから、御神体は大丈夫そうね」
グレートウォールが機能しているから、エリスや謎の聖騎士が襲って来られないのだろう。それにアリス島を包み込むように極寒の嵐が渦巻いている。天然の防壁もあって、さらに攻めにくい。
グレートウォールの周りに豊富な雪があるというのに、飲み水にも困ってようだった。
俺は少し濁った水を一気に飲み干した。
「戦闘訓練までちょっと休ませてもらおうかな」
「それがいいわ」
ベッドはマックスが使っているため、俺はソファーに横たわった。
数時間ほど休もう。目を瞑って、しばらくしていると睡魔が襲ってきた。思っていた以上に疲れていたようだ。意識よりも体が先に寝てしまった。手足がまったく動かない不思議な感覚だった。
ドスンという衝撃が腹部を直撃した。
ぐはっ!? 久しぶりに良い夢を見ていたのに、いきなり現実世界に引き戻されてしまった。
なんだ! なにが!?
「フェイト! フェイト!」
なんと俺の腹の上でマックスが飛び跳ねている。
その横ではセシリアが慌てて止めようとしていた。
「ごめんなさい! 捕まえようとしたんだけど」
「もう十分休めたよ」
俺は飛び跳ねるマックスを捕まえた。起き上がってみると、彼女は黄色の服に着替えていた。
「似合っているな!」
「がう!」
マックスは初めての服に興奮して、俺に見て欲しかったらしい。
褒められて、大喜びだ。尻尾をブンブンと振って、このまま空を飛びそうな勢いだ。
それよりも、彼女は俺の名前を呼んだぞ!
「もう名前を言えるようになったのか?」
「フェイト。……セシリア。……マックス」
順々に指を差しながら、名前を言っていく。最後は自分を指さして、自分の名前まで言ってみせた。
「すごいじゃないか!」
「そうなのよ。この調子ながら、すぐに会話できると思うわ」
「マックスはずごい!」
胸を張ってマックスは自画自賛していた。
休息が取れたので、やっと落ち着けた。セシリアに時間を聞くと、2時間ほど寝ていた。
「昼食まで1時間ほどあるわ」
「ならゆっくりしていようか。昼食の後は忙しくなる」
「ダメ!」
俺とセシリアの会話を遮るように割って入ってきたのはマックスだ。
なんか怒っているぞ?
「ダンス!」
「ああっ、そうだった」
マックスに踊りを教える約束をすっかり忘れていた。ユーフェミアに突然会ったり、フレディからの戦闘訓練など盛りたくさんだったからな。
「ごめん、ごめん。よしっ、ダンスを教えてやる」
「がう!」
待ってましたとばかりに飛び上がるマックス。それを見たセシリアも嬉しそうだった。
「よかったわね」
「セシリアもいっしょ!」
「えっ、私もっ」
セシリアが自分の顔を指差しながら聞くと、マックスは首を縦に振った。
俺たちのダンスを鑑賞しようと思っていたら、まさかのセシリアも参加だった。マックスの教育担当——母親役なので、しっかりと踊っていただこう。
「まずは、俺とセシリアがダンスをするからよく見ているんだぞ」
「わかったわよ。フェイトはダンスを褒められたら調子に乗っているわね」
「ちょっとね」
「まったく………」
やれやれといった顔をしながら、俺に向けて手を出してきた。
俺はそれを恭しく下から添えた。
音楽はない中でも俺たちは踊ることができた。ロイの実家であるダーレンドルフ家で、ハイエルフたちにダンスを披露したときの記憶が蘇る。
あのときのダンスを体がまだ覚えているようだった。
「フェイト、また上手になっているわね」
「やっぱり才能かな」
「調子に乗らない!」
「冗談だよ」
ダンスを終えると、見ていたマックスが興奮していた。
すごい、すごいと言いながら、飛びついてきた。
「こんどはマックスと!」
「わかったから、落ち着け!」
「あい!」
素直に俺から離れたマックスは手を俺に出してきた。
セシリアの真似のようだ。
「じゃあ、私は二人のダンスを鑑賞させてもらうわ」
ソファーに座って、セシリアは俺たちに言う。実技は俺に任せるようだった。
まあ、マックスのご指名ならお受けしよう。
「じゃあ、まずは好きに踊ってみろ」
「がう!」
俺がマックスの手を添えようとしたとき、逆にがっしりと掴まれてしまった。
「えっ?」
そして俺はぶんぶんと力一杯振り回される。これはダンスじゃない!
目が回るぅ!
マックスはキャッキャッと大喜びだ。
鑑賞を楽しもうと思っていたセシリアもビックリである。俺たちが最初にダンスを見せたのに、全く参考になっていなかった。
ダンスは相手を振り回すものと間違って理解しているのかもしれない。
「面白い!」
「ぎゃああああぁぁ」
俺は部屋の家具に当たって、いろんな物が倒れて大変なことになっている。
ユーフェミアに用意してもらった客室がっ!
「マックス、止まるんだ!」
「あい!」
素直に回すのをやめたマックスは、俺の手を離した。
嘘だろ!?
散々振り回された俺は、その勢いのまま飛んでいく。その先には、セシリアがいた。
「嘘でしょ!?」
俺と同じ反応だった。さすがは眷属としての絆を結んだだけはある。
ドーンという大きな音を立てて、俺とセシリアはぶつかった。そして、倒れた家具を巻き込んで転がり続ける。
ドアの付近でやっと止まった。
まさかダンスを教えるだけでこれほどの被害になってしまうとは誰が予想できようか。
俺とセシリアが絡まり合って、すぐには起き上がれないほどだった。
「大丈夫か?」
「なんとか」
ダークエルフたちと戦闘訓練する前に大ダメージだ。
床に転がっていると、騒ぎを聞きつけた者によってドアが開けられた。
「どうされました!」
フレディだ。そういえば、彼は俺たちの世話役だ。
慌てた顔をしたフレディだったが、床に転がっている俺たちを見て首をかしげる。
「一体……何をされたら、そのような姿になるんですか?」
俺たちは事情を説明して、彼に理解してもらうのに苦労するのだった。
その傍らでマックスは一人ダンスをして楽しんでいた。
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