第315話 共に戦う
魔都ルーンバッハに戻る気がないことを聞き終えたセシリアは、俺を否定することもなく、肯定することもなかった。
「フェイトはそう決めたのね。私はあなたと一緒にいるわ。帰るところがない者同士でしょ」
「俺と一緒にいたら、戦いばかりだぞ」
「望むところよ。強くならないと兄さんを止められないから。それに私はあなたと繋がっている」
大罪スキルによって、俺とセシリアはステータスの一部を共有している。この繋がりは誰でも結べるものではない。アーロンと同じように、セシリアとも何か引き合うものがあったのだろう。
「ダークエルフたちは収穫が終わったら、ガリア侵攻を再開するのかしら?」
「今まで侵攻の壁となっていたアーロンがいないんだ。可能性は高いと思う」
「フェイトが参加しないとしても?」
「ユーフェミアはいずれ俺がナハトの記憶を取り戻すと言った。その未来を見た上でのガリア侵攻だとしたら、俺抜きでも始めるさ」
今だに俺はユーフェミアの手の中だ。
星見がすべてを見通せるわけでないのなら、チャンスはどこかにまだあるはずだ。
それにユーフェミアが未来のすべてをコントロールできるのなら、ガリア侵攻はすでに成功して終わっている。答えは今の現状が物語っており、星見は万全な力ではないのだろう。
「ダークエルフのガリア侵攻は、聖地奪還という大義名分もあるけど、過酷なアリス島から移住を目的にしている。それにハイエルフのイネス島と同じように、島自体の寿命を尽きようとしているのなら、彼らには残された時間はあまりないのかも」
「人間の国はガリアを譲渡することはできないわよね?」
「王国にとって、古代の技術が眠っている貴重な場所なんだ。危険な技術もあるはずだ。それらがダークエルフやハイエルフに独占されてしまうのは許されないさ」
天竜が舞って、頻繁に魔物たちが押し寄せてきていたガリアは昔のことだ。あれから10年間も経っているんだ。ガリアの状況も大きく変わっているかもしれない。
「人間の王国が発展するために重要な場所になっていると?」
「自分たちの暮らしをよりよくする物が眠っているのに、敵に渡すとは思えない」
俺はユーフェミアの紫色の瞳を思い出しながら、話を続ける。
「ユーフェミアは、人間の殲滅も望んでいる。ガリア侵攻はその足がかりに過ぎない」
「なぜそこまで……」
『星見で分かり合えない未来を見たのかもしれん。または人間に虐げられる未来か……どちらにせよ。ダークエルフは人間を恐れているのさ』
グリードの言葉にセシリアは俺の顔を見ながら言う。
「私はフェイトと分かり合えているわ。そうでしょ?」
「ああ、俺もセシリアのことを知りたいと思っている」
『それができたのは、フェイトだからだ。簡単そうに見えて、とても難しい。人は利害に流されやすい生き物だ』
「ユーフェミアにとって人間の存在は害であって、殲滅することが利になるってことか?」
『そこに偏った正義感が加われば、止められなくなる』
ユーフェミアが人間を聖地ガリアに巣食う異端者の如く、貶めるのもこう言った理由からかもしれない。
『戦えば戦うほど血が流れる。憎しみが募る。10年間も繰り返してきたとなれば、わかりあうのは不可能に近い。フェイト、お前だってよくわかっているはずだ。もう一人のお前と似たようなものだな』
俺ともう一人の俺との関係は最悪で、精神世界で出会えば殺し合いだ。
個人同士でこの有様だ。そんな俺が国同士の対立にああだこうだと言えるほど、できた人間ではなかった。
静まり返った部屋の中で、マックスの寝息だけが聞こえてきた。
『おっと、客人がくるぞ。この話は終わりだ』
少しして、ドアをノックする音が聞こえた。
「ナハト、朝食を一緒にどうですか?」
ドアの向こうから聞こえてきた声はフレディだった。
返事をすると、笑顔で彼は部屋に入ってきた。
「客室の寝心地はどうでしたか?」
「とてもよかったよ。それより、ユーフェミア様から俺のことは聞いたんだろ?」
「ええ。もちろんです。記憶を無くされていたのなら、出会った時に言ってくださったらよかったのに」
「失っているからこそさ」
「そうですね。あれほど大勢で出迎えれば、驚かれるのも当然です」
彼はしばらく俺たちの世話係として、サポートしてくれるという。
「セシリアさんも改めてよろしくお願いします。さきほどのマックスの服はどうでした?」
「それがまだなんです」
セシリアはベッドに寝ているマックスに目を向けながら言った。
「なるほど、でしたら朝食はここで食べましょう」
フレディは部屋の外で控えていた使用人に声をかけた。
「すぐに準備させます」
「ありがとう」
俺が隣に座るように促すと、フレディは微笑んで腰をかけた。
「この程度でお礼を言われるとは、ナハトはお優しい」
「過去の俺はそうではなかったような言い方だな」
「ユーフェミア様と常に一緒で、会えるのは訓練のときくらいでしたら」
王都との戦争や訓練時の勇ましい姿が印象的だったようだ。
フレディがよく接してくるのは、遠い存在だった俺に興味があったからだった。
彼は何かを思い出したように手のひらを叩いた。
「そうでした。今日は戦闘訓練ですね。皆、楽しみにしております」
「皆……何人と戦わせる気なんだ?」
「お気が済むまでです」
「ナハトはどうだったんだ?」
「一騎当千でした」
予想以上に好戦的だった。さすがそこまでの人数を一度に相手したことはないぞ!
「安易な手加減抜きでしたから、負傷者が続出していました。今回も救護係を用意しておりますので万全です」
精霊術で傷を回復できるからと言って、やりすぎだ。しかも、王国との戦争の最中に、兵士たちに怪我をさせていいのだろうか?
フレディのにこやかな顔を見ていると、ダークエルフにとって良い思い出なのだろう。
期待するような目で見られても困る……。
「一騎当千は別の機会で頼む」
「そうですか……あの派手な戦いが好きなのですが……。ユーフェミア様も期待されておりますよ」
ん? そうだ! 俺は閃いた!!
安易な考えだとグリードに言われそうだ。それでも、一時的にダークエルフの戦力を削げるかもしれない。
「そこまでいうなら、一騎当千をやろう」
「おおっ、その言葉を待っていました。これはグレートウォールの外で行わないといけませんね」
グレートウォールの中では今も大事な収穫時期だ。戦闘訓練で畑が荒らされたら一大事である。大規模なものとなれば、外でやるのが普通なのだろう。
ロイも軍事演習はグレートウォールの外で行っていると言っていたし。
大喜びのフレディは、セシリアにも声をかける。
「セシリアさんも、もちろん参加されますね」
「が、がんばります。でもフェイトと一緒で」
彼女の声はかなり強張っていた。昨日はセシリアにあった相手を用意すると言っていたのに、話が大きくなってしまったな。
俺は心配して彼女に聞く。
「無理しなくてもいいだ」
「いえ、これ以上ない機会よ。フェイトに私も戦えるって見せてあげるわ」
「これは勇ましいですね」
フレディは感心しながら頷いていた。ダークエルフは戦いに前向きな者が大好きなようだった。一騎当千の戦闘訓練に参加すると聞いてから、セシリアに対してフレディの態度がさらに良くなったように感じる。
「ナハトの眷属となったエルフの力を見せてもらいます。皆、あなたと同じようにナハトの眷属になりたかった者ばかりです。お気を付けください」
「えっ、狙われるってことですか?」
「すべてではないですが、妬む者がおりますので。私とてあなたが羨ましいです」
セシリアがどうしようという顔で俺を見ていた。
そんな彼女に俺はもう遅いと首を横に振った。上機嫌のフレディにやっぱりやめますとは言える雰囲気ではなかったからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます