第314話 今後のこと

 客室に入った俺は、すぐにマックスをベッドに寝かせた。

 大きな口を開けて、寝息を立てている彼女は当分の間、起きることはないだろう。


『寝る子は育つだな』

「ダークエルフが獣人に寛容で良かったよ」

『それもナハトの眷属としてな。ユーフェミアと話しても結局、ナハトの情報は得られなかったが』

「次の機会で聞いてみるさ」


 隠している素振りは感じなかった。話の流れからは、眠たそうなマックスを気遣ってくれたと思う。


『ユーフェミアは星見で未来視ができるというが、全て見えているというわけでもなさそうだ』

「ああ、俺と話しながら星見で見れなかったところを補っているよう感じた」

『お前は馬鹿正直に話しやがって……』

「ユーフェミアはナハトをとても信頼しているのがよくわかったからな。それに彼女には星見がある。話に矛盾があったらすぐバレるだろ」

『まあ、フェイトに欺くような器用なことはできないか』


 ユーフェミアは出会ってすぐに俺を部屋に招いた。それほどナハトと彼女の関係は近かったと思われる。ナハトを否定した母親を牢獄へ閉じ込めるほど、信頼しているのがわかった。


『安心するにはまだ早いぞ。ユーフェミアが信頼しているのはナハトであって、フェイトとではない』

「ユーフェミアは俺がナハトの記憶を取り戻すと言った。それが本当なら、俺は今のままでいられるのかな?」

『記憶を情報として取り戻せれば、お前のままだ。しかし、記憶が人格を含んでいた場合は、難しいだろうな』


 今まで聞いたナハトの印象は、俺の性格とは全く違う。他人格はもう一人の俺だけで十分だ。


『まだナハトの情報はすべて揃ってはいないが、王国に何をしてきたかはおよそわかったな』

「10年間に渡って、ガリア侵攻をしていた。その最後にアーロンを殺した……」

『お前がナハトとしての記憶がなくとも、王国の者たちはすべてフェイトの行いとして見ている。もう王国に帰る場所はないだろう』


 わかっているさ。それでも、現実を受け入れるには時間がかかりそうだ。

 故郷に帰りたくても、俺の過去がそれを許してはくれない。ガリア侵攻で、10年に渡って王国を苦しめたのなら、女王としてエリスが俺を排除するのは納得がいく。それに、アーロンの命を奪ったのなら、謎の聖騎士が憎しみを俺にぶつけるのも理解できる。きっと彼女にとっても、アーロンはかけがえのない存在だったのだろう。


「ロキシーが目覚めても、俺は一緒には帰れない……まだやることがあるし」

『帰ったところで処刑されるだけだ。記憶にない罪を認めるなら話は別だが』

「もう少しナハトについて調べてみるよ」

『たとえお前がダークエルフやハイエルフのガリア侵攻を止めたとしても、過去は許されない。いいのか? お前がやろうとしていることは、この世界すべてを敵に回すことだぞ』

「帰れなくても王国は俺の故郷なんだ。俺はフェイト・バルバトスとして、王国を守るよ」


 全てが終わったら、王国で罰を受けるのもいいのかもしれない。


『フェイト、やるのは構わん。俺様も協力してやる。だが、一つ約束しろ』

「何をだ?」

『俺様を一人にするなよ。お前が俺様を眠りから起こしたのだ。勝手に先に逝くことは許さん』


 確かに俺はグリードを呼び戻した。その責任もある。


「なら誰もいない新天地を探すか!」

『おっ、いいな! 俺様はその話に乗ったぞっ!』


 未開の地への探索はグリードの大好物だ。三賢人が創り出した島は、グリードの好みではなかったようだし、彼の夢を本当に叶えるのもいいだろう。


 帰る場所のない俺にはぴったりだ。


『その時はロキシーをどうする?』

「それは彼女が決めることさ。俺としては、王国へ帰ってもらいたい。ロキシーには待っている人たちがいるんだ」

『本当にそれでいいのか?』


 彼の地で出来損ないの神を喰らった時に、俺のわがままを叶えてもらった。ロキシーが俺に関わったら、彼女も王国から敵視されてしまう。聖騎士として多くの民に慕われた彼女にそのようなことになってほしくない。


『お前……もしかして、もうハイエルフの魔都ルーンバッハに戻らない気か!』

「……」


 無言で目を伏せた。それが俺の答えだった。

 俺が王都の敵としてはっきりとわかった以上、ロキシーと接触することは危険すぎる。


『ロキシーはこのまま時間が経過すれば、グレートウォールから解放される可能性が高い。もし、彼女が王都に帰ることを選べば、お前の望まぬ戦いをすることになるぞ』

「そうなれば、ロキシーに対する不信感は払拭される」

『本当にすべての敵になるつもりか!』

「過去の俺が蒔いた種だ。自分で全部刈り取るさ」


 これはアーロンへの罪滅ぼしでもある。


『得られるものがない戦いだ。失うばかりだぞ』

「暴食スキルでたくさん奪っているんだ。帳尻はあうさ」


 そうやって自分に言い聞かせる。

 ユーフェミアに会う前まで、マックスにダンスを教えるつもりだったのに、あのまま明るい話を続けたかった。


 ソファーに座って、一息入れていると、ドアをノックする音が聞こえた。


「フェイト、いいかしら?」


 セシリアの声だった。フレディと会って、マックスが着る服のデザインについて話はできたのだろうか?


「どうぞ」


 ドアを開けて中へ入ってきたセシリアの手には黄色の服を持っていた。


「もう用意ができたの?」

「フレディさんが既存のものを見せてくれたの。その中から選んだわけ」


 彼女が持ってきた服を広げる。それは、動きやすさと防寒をよく考えられている。

 黄色をベースとした服でよく目立つと思っていたら、あえて選んだという。


「この色なら、いなくなってもすぐに見つかるでしょ」

「どこにいてもよくわかるよ」

『派手な色だ。やはり高貴な黒が一番だ』


 俺も黒っぽい服を着ているから、グリードには強く言えなかった。

 廃都オベルギアでは黒い建物が多い。黒い服ではマックスがどこに行ったか分かりづらい。やはりセシリアの判断は正解だと思う。

 セシリアは部屋を見回しながら、マックスを探した。


「マックスは?」

「寝ているよ。暴れて疲れたんだと思う」

「何も食べずに寝てしまったの?」

「それが……」

「ん? どうしたの?」


 俺はセシリアにユーフェミアの部屋に偶然に招かれたことを伝えた。


「君主様の部屋に!? 大丈夫だったの?」


 彼女はナハトとしてちゃんと演じられたのかを心配しているようだった。

 首を横に振って、俺は失敗したと顔で伝えた。


「えええっ! これからどうするの!」

「落ち着いてくれ。ユーフェミアは俺に会う前から、ナハトではないことを知っていたんだ。星見という未来視の力でね」

「……そっか」


 セシリアは星見の話について俺と一緒に聞いていた。あの時は暴れたマックスが牢屋にいて、それどころではなかったようだ。

 こうやって落ち着いた場所で俺の話を聞いて、得心を得た顔をしていた。


「だから、エルフのグレートウォールが崩壊したことを知っていたのね。それに私たちがここに訪れた時にたくさんのダークエルフたちが出迎えられたのも、君主様の星見のおかげってわけね」

「ユーフェミアの手の内ってことさ」


 俺がナハトではなくフェイト・バルバトスとして、廃都オベルギアに滞在することをユーフェミアから了承を得たこともセシリアに伝えた。


「私はばかりが質問を繰り返すのにも無理が出てきたから、よかったわ」

「もしかしたら、フレディは知っていたのかもしれないな」

「そうね。何かと世話を焼いてくれていたし」


 フレディはユーフェミアの片腕のような存在に見えた。そんな彼なら知っていたはずだ。

 セシリアはマックスの寝顔を見ながら言う。


「ダークエルフたちは、ガリア侵攻を再開する気なのよね」

「ガリアと島は陸続きになっている。昔よりも激しい戦いになるはずだ」

「止めないと……でも」


 セシリアが言いたいことはよくわかる。これは個人の争いではないからだ。


 俺はグリードと先ほど話していたことを彼女にゆっくりと伝えた。

 アーロンの命を奪ったことは真実であり、王国の敵で帰る場所はもうないこと。

 それでも王都を守りたいので、ダークエルフやハイエルフと対立するかもしれないこと。そして、ロキシーを巻き込みたくないので、魔都ルーンバッハに帰るつもりはないこと。


 セシリアはずっと悲しい顔をして俺の話を聞いていた。

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