第313話 ユーフェミア

 ユーフェミアにルーイズ島に流れ付き、セシリアに拾われて、聖都オーフェンに向かったことを話した。さらにゲオルクによって、エルフの国は崩壊したこともだ


「ほう、セシリアの兄によって滅んだのか。ゆえにあの者はそなたと同行して、復讐の機会を待っていると」

「さあ、そこまで考えているかは」

「放っておけば、我らにも被害が及ぶかもしれん。ハイエルフの国のようにな」

「お見通しですか」


 星見の力によって、ユーフェミアはハイエルフの国でゲオルクが行った殺戮を知っていた。


「なら、ハイエルフたちがガリアに侵攻しようとしていることもご存知で?」

「ふむ。自信を持っているようだが失敗に終わるだろう」

「何故ですか?」

「この10年間、戦い続けていくうちに、人間たちも戦力を増してきておる。アーロン・バルバトスを失ってもな。それにハイエルフは出鼻を挫かれたであろう」

「天竜に乗った聖騎士に強襲を受けてことですね」

「国の実権争いで混乱していたとはいえ、されるがままだったように我には見えた」


 実際のその場にいた俺からしても、軍部がしっかりと機能しているようには思えなかった。結局、ロキシーを守るために、俺が剣を取ることになった。


「たった天竜一匹と聖騎士一人に苦戦しているようでは、ガリア侵攻は夢のまた夢。高慢なハイエルフにはお似合いだと思わんか?」

「ハイエルフと共に戦う気はないと?」

「我らは昔凶作の年に、ハイエルフの国に食糧支援を申し出たことがある」


 魔都ルーンバッハに滞在していたからよくわかる。エルフであるセシリアは酷い差別を受けていた。ハイエルフたちは自分たちが一番で、他種族に興味がないのだ。それどころか、排除しようとしてくる者すらいる。


 君主であるユーフェミアがお願いしたところで、彼らは毛嫌いしながら拒否するだろう。

 彼女は、窓の外に目を向けながら、遠くを見ていた。食糧支援をした時のことを思い出しているのだろう。


「ハイエルフたちは拒否するどころか、攻め込んできた。我らが食糧危機で弱っていることを知って、攻め込めるチャンスだとわかったからだ」

「ここに攻め込んで何のメリットが……」

「この島には上質な木材がある。それはハイエルフの島にはないものだ」

「そんなことのために」

「以来、ハイエルフとの関係は改善されぬまま、今に続いておる」


 エルフたちに食糧支援を求めなかったのかと聞いたら、首を振られてしまった。その時はエルフのルイーズ島とダークエルフのイネス島の距離は遠く離れており、連絡を取れなかった。


「もし、エルフに文を送っても難しかったであろうな。あの国は豊かで、すべてを自分の島で賄えてしまう。それゆえ閉鎖的だった」

「ハイエルフほどではなかったけど獣人の扱いは酷かった」

「あれらは元は魔物だ。自分たちと同じようには思えんのだろう」

「ユーフェミア様は、獣人をどうお考えで?」

「この国にいるのはそなたの獣人だけ。そこのマックスのように従順な者だけじゃ」

「他の獣人たちがダークエルフの国に亡命してきたらどうですか?」


 グレートウォールをどうやって超えてくるのかは置いておいて、ユーフェミアの意見を聞いてみたかった。


「突拍子もないことを言う。結論から言うと、公平な共存は無理だ」

「なぜですか?」

「理由は獣人が元魔物だからだ。そなたのマックスとは違う。いつ、我らに牙を向けてくるかわからん存在を受け入れられるほど寛容ではない。エルフやハイエルフが執拗に自分たちの街から追い出した姿をそなたの目で見てきたであろう」

「獣人を恐れている」

「現にエルフの国は魔物化した獣人たちによって滅んだ。エマ島も過去に同じ道を歩んだ。歴史が証明している以上、逃れようがない真実だ」

「それでもグレートウォール内で獣人が暮らすことを許している。自分たちの暮らしを良くするために」


 窓の外ではダークエルフたちがせっせと作物を収穫している。老若男女問わず、皆が泥だらけになって、汗を流していた。

 ユーフェミアは民の一生懸命な仕事ぶりを見て、微笑んでいた。


「エルフもハイエルフも、我らのようにはなりたくないのだ」

「もし、グレートウォールがなくても獣人のままでいられたら、平等な共存は可能ですか?」

「虐げられた獣人たちの過去がある。彼らがそれを許せば、可能性が生まれるだろう。もちろん、我らの努力も必須だ」


 これは時間で解決できない。思想の改変だ。一朝一夕では難しいだろう。


「我らは他の種族と比べて、寿命が短い。世代交代でどうにかなるかもしれん。だが、ハイエルフは無理だろう。思想は生まれてから、今まで育んできたものだ。生きている時間が長ければ、ときに先鋭化してしまう。そなたとて、生きてきた人生観を否定されたら、違和感を覚えるだろ?」

「足元が崩れるような感じがする」

「思想の押し付けとはそういうものだ。今ある国の中に入れるよりも、新しい国を作った方が早いのかもしれん」


 ユーフェミアは視線を窓の外から、テーブルの上にあるティーカップへ向けた。

 そして、ティーカップの口を指でなぞりながら言う。


「そなたがそこまで獣人に気をかけるのなら、ガリア侵攻が成功した折には、獣人と共に暮らせる国を創ろうではないか。ただ魔物にならないことが条件だが」

「人間はどうなります?」

「言うまでもない」


 昨日、謁見の間でユーフェミアに会った際に、聞いていたがもう一度だけ確認したかった。しかし、結果は同じだった。彼女は人間を殲滅しようとしている。

 それは星見の力によって、見えた未来に関係しているのだろうか。


 ダークエルフのガリア侵攻は止まりそうにない。ユーフェミアの紫色の瞳はまっすぐ俺を見つめていた。

 彼女は俺の言葉を待っているようだった。そんな時、マックスが眠そうに欠伸をした。


「ふああぁぁ」


 俺とユーフェミアは、マックスに目を向けた。彼女は俺の膝の上で、丸まってまたしても欠伸をする。


「話はここまでだ。ナハトの話は後日にしよう」

「そのときはセシリアも一緒でいいですか?」

「もちろんだ」


 俺は寝落ちしそうなマックスを抱えて、席を立った。

 侍女たちが俺を部屋の外へと案内してくれる。


「ではまた」


 ユーフェミアは席に座ったまま、手を振っていた。

 俺はお礼を言って、部屋から出る。


 あっ、そうだ!


 中に入ろうとする侍女の一人に声をかけて、客室までの案内をお願いした。

 それを聞いた侍女はくすりと笑って、ユーフェミアの許可を貰いに行った。

 快諾してもらえたようで、笑顔で俺の元へ帰ってきた。


「お手数をおかけします」

「いいのですよ。あなたはナハト様であってナハト様ではないのですね。どうお呼びしましょう?」

「フェイトでもナハトでもお好きな方を」

「ではフェイト様、こちらへ」


 侍女は俺の人格を尊重してくれるようだった。


「ユーフェミア様の部屋に来られた時はびっくりしました」

「だから、あんなに見つけていたんですね」


 彼女は少し困った顔をして、照れていた。


「すみません。事情を何も知らずに……」

「隠していたのは俺の方ですから」

「あなたは本当にナハト様とは違いますね」

「記憶がないので自分にはさっぱり」

「こうやって話すことも許されないような方でしたから」


 怖いっていうことだろうか。


「ユーフェミア様はなんでもお見通しなんですね」

「すべてというわけではないのですよ。だから、未来をたくさん見ようとして、いつもお疲れなのです」

「見た未来は変えられるのですか?」

「それは私にはわかりかねます。ユーフェミア様はすべてを話される方ではないので」


 日頃そばにいる侍女にも星見のことはあまり話さないようだ。それだけ、君主として抱え込んでしまう立場なのだろう。


「さあ、着きましたよ。ここがフェイト様の客室です」

「ありがとうございました」

「お礼など勿体ない。よろしければ、明日お城の中を案内しましょうか?」

「いいのですか?」

「もちろんです。ユーフェミア様から言われておりますので」


 なるほど……客室までの案内をする許可を取りに行った際に指示されたみたいだ。

 これも彼女の星見の力かと思ったら、侍女から違いますと言われてしまった。

 マックスは俺の腕の中で寝息を立てている。早くベッドに連れて行って、寝かせてやろう。

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