第312話 急なお誘い
大人しくなったマックスは、俺の横を意気揚々と歩いている。牢獄で荒くれていたのが嘘のようだ。めっちゃ笑顔を俺に向けてくる。
『お前に会えて安心したようだな』
「一時はどうなるかと思ったけどさ。この調子なら上手くやっていけそうだ」
『アダマンタイトを素手で破壊するほどの力から察するに、フェイトの筋力ステータスとリンクしているな』
「スピードもあるから、敏捷ともリンクしているかも」
今のところマックスから感じたのはそれくらいだ。他にも俺のステータスの恩恵を受けている可能性は大いにある。
『戦力として大いに期待できる素質あるが……将来に期待だな』
「力があるからって戦う必要ない。決めるのは彼女さ」
『それを決めるにはあまりにも幼いな』
俺と一緒にいたら、否応なしに戦いに巻き込まれる。だからと言って、俺から離れるとマックスの居場所はなくなってしまう。気ままに魔物として生きていた方が、彼女の人生として幸せだったのかもしれない。
『魔物は生きていくために、戦って獲物を仕留めている。その本能が残っていれば、自ずと眷属としての力を発揮するだろう』
「俺と生きていくために戦うと?」
『要はお前の戦い次第だ。俺様もいつかはのんびりしたいものだ』
戦いのない平穏な世界か。俺にとっては夢のような世界だな。
そのためには暴食スキルから解放されないとな。このスキルを保有している限り、平穏な世界は遠のくばかりだ。
『フェイトはダンスを極めるんだろ?』
「そうだな……初めてのスキル以外で褒められた才能だからな」
『お前が踊りとはな……ぷっ』
「笑うな!」
グリードの笑いのツボに入ったみたいだ。俺がダンスなんて、誰が聞いても笑われるだろう。自分でも、違和感があるくらいだ。
でも、他者から見て、俺のダンスは才能があるらしい。結局、才能なんて望んで得られるものではないのだ。スキルと同じような物だなってつくづく思ってしまう。
客室までの通路を歩きながら、グリードと話していると、横にいたマックスが反応した。
「ダンス?」
「興味があるのか?」
彼女は尻尾をブンブンと振りながら、飛び跳ねながら大きく頷いた。
俺の眷属として、ダンスという言葉に感じるものがあったのかもしれない。
「あうっ!」
元気な返事だった。マックスも眷属として社交の場に出ることもありそうだ。
ならば、ダンスが踊れたほうが、絶対に彼女にとってプラスになる。
「よしっ、早く客室に戻って、ダンスをするぞ!」
「ぞぉ!」
さすがは俺の眷属だ。息もぴったりである。
通路でダークエルフの兵士とすれ違ったけど、マックスはもう気にしていないようだった。切り替えの早い子でよかった。
代わりに兵士はマックスを見て、顔から汗を流していた。もしかしたら、彼はマックスを捉えるために出動したのかもしれない。ひと暴れした彼女と対峙したのだろう。
城の中は迷路のように入り組んでいる。俺は記憶を頼りに、階段を登って進んでいくが、どうやら道に迷ってしまったようだ。
「ここはどこだ……」
『何をやっているんだ!』
「がう!」
困った俺に二人が追い打ちをかけてきた。マックスはグリードの真似をしているだけで、口元を必死にへの字にしていた。
「グリードの真似をしていると、碌な大人になれないぞ」
「うぅぅ」
『何をいっている。立派な大人になれる!』
「お前のように偉そうで強欲になったら、大変だ!」
絶対にそんな子には育てないぞ。グリードが二人なんて考えただけで恐ろしい。
こんな強欲なやつは一人で十分だ。
『教育方針の相違が出てしまったようだな』
「諦めろ。セシリアも反対する。2対1でお前の負けだ」
『俺様はそう簡単に諦めんぞ』
あれほどマックスの教育は他人事だったのに……。グリードはなんだかんだ言って、面倒見がいいのだ。
やれやれと思っていると、通路の奥にある部屋のドアが開いた。
中から君主ユーフェミアが顔を出した。
「あら、騒がしいと思えば、そなたか」
彼女のそばには、侍女が二人控えていた。そして俺たちをじっと見つめている。
「ちょうどいい、そなたと話をしたいと思っていたところだ」
ユーフェミアは俺に向けて手招きした。断ることもできず、俺はマックスを伴って、部屋の中へ招かれた。
「さあ、そこへ」
窓際の椅子に座る。向かい側にはユーフェミアが腰をかけた。
マックスは俺の隣に座ると思いきや、俺の膝の上に飛び乗った。
それを見たユーフェミアは微笑んだ。
「元気な眷属だ。少々おてんばだと聞いたが」
「今はこのとおりだ」
「よく懐いておる」
ユーフェミアは侍女に声をかけて、マックスに食べ物を用意するように伝えた。
「獣人になって何も食べていないであろう」
「がうっ」
ちゃんとわかって返事をしているだろうか。しばらく待つと、蒸かした馬鈴薯がでてきた。
「この国の主食だ。まずはこれに慣れないと始まらん」
「うぅぅ」
フェンリルは元々肉食だ。馬鈴薯は食べ慣れていない。
俺がフォークに刺して食べてみせる。それを見たマックスは真似をして、ふかし芋を口に運んだ。塩気がきいた馬鈴薯は甘く美味しかった。
その味をマックスも理解できたようだ。獣人になって味覚も変化したみたいで、さらに乗ったふかし芋をガツガツと手で掴んで食べ出した。
「フォークを使えって……聞いていないな」
「よほど腹が空いていたようだ」
食べてから自分がお腹が空いていることに気が付いたのだろう。獣人になっての初めての食事がふかし芋というのは、マックスのために良かった。下手に美味しいものを食べてしまえば、それが基準になってしまう可能性があったからだ。
もしかしたらユーフェミアはそのことを考えて、あえてふかし芋を用意したのかもしれない。
「微笑ましいものだ。ふかし芋をこれほど美味しそうに食べる者はもうこの国はいない。そうは思わんか、ナハト」
「味わえるほどの量がないと」
「今は凪で収穫時期。この時だけは皆、浮かれておる。そなたは厳しい時期をまだ知らんからな」
ユーフェミアは席を立って俺の顎に手を当てて、上へ向けた。
「嘘つきは嫌いだ。なあ、ナハトよ。そなたは本当にナハトか?」
「それを聞くために、ここに招き入れたのか?」
「我には星見がある。そなたが記憶を失っていることも知っている。繕ったところで、何も知らないのは明白。なぜ、隠した?」
「それも星見でわかっているのでは?」
「そなたの口から聞きたいのだ」
フレディから、廃都オベルギアの君主は代々星見という未来視の力を持っていると聞いてから、こうなることは予想していた。
「俺はフェイト・バルバトス。あなたが知るナハトではない。俺は失った記憶を取り戻すためにここにきた」
ユーフェミアの真っ黒な眼球結膜に浮かぶ紫色の瞳。今も俺を通して、未来を見ようとしている。
その目をしっかり見ながら答えた。
「安心するがいい。その願いはいずれ叶う。だからもう偽ることはやめよ。他の者にも事情を我から伝えておこう」
「感謝します」
「気にすることはない。我らにとっては、記憶を失ってもナハトであることにはかわりない」
微笑んだユーフェミアが手を挙げると、侍女が木製のティーカップをテーブルの上に3つ置いてくれる。
ハーブの良い香りが漂ってきた。
「偽りの演じていては、心が疲れてしまう。そういったときには、これを飲むのが一番だ」
どうやら君主特製のハーブティーらしい。一口含むだけでハーブの爽やかさが口の中を駆け抜けていき、過ぎ去ったあとは、どこか心が落ち着いていた。
ふかし芋を平らげたマックスは俺の真似をして、ハープティーを飲もうとするが、熱すぎたようだ。全身を震わせて、びっくりしていた。
「冷ましてから、飲もうな」
「……がう」
ユーフェミアは面白いものを見たようにいう。
「記憶を失っても獣人にはやさしいな」
「そうだったのか」
「まずは、フェイトの話を聞かせてくれ。気に入ったら、少しナハトの話をしてやろう」
気に入ったらか。俺のことを知ってもらういい機会だ。
ナハトではなく、フェイトとして友好を深める。
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