第319話 一騎当千

 グレートウォールに触れると、外への道が開かれた。

 戦闘訓練か……フレディの口ぶりだと1000人ほどの兵士が集められているはずだ。

 かなりの人数だから、隊列を組んで襲ってきそうだな。

 俺とセシリアは真っ白な通路を通って、グレートウォールの外へ。


「あれっ……誰もいない」


 セシリアが辺りをキョロキョロと見回す。雪原がひたすらに広がるのみで兵士の姿はどこにもなかった。遠くでは、極寒の吹雪で渦巻いていた。あの先は視界不良だ。さすがにあそこで戦うことはないだろう。


 なんて思っていた俺は甘かった。兵士たちが吹雪の中から次々と現れたからだ。

 平然とした顔をしている。彼らにとっては大したことではないといったところか。


 極寒の過酷な自然の中で生き抜いてきたダークエルフだ。寒さには強い耐久力を持っているのだろう。


 兵士たちの姿を見た民衆はより一層、声を上げて盛り上がった。

 その声は収まることなく、さらに大きくなる。


 俺とセシリアがグレートウォールの上へと目を向けると、ユーフェミアが現れたからだ。

 彼女は声高らかに言う。


「清めの儀式は終わった。極寒の吹雪の中で祖先たちとの良き対話ができたか?」


 兵士たちが武器を掲げて、ユーフェミアの問いかけに応える。いつでも戦える準備は整ったと言わんばかりだ。

 勇猛果敢な声に満足したユーフェミアは、俺とセシリアに目を向ける。


「ここにいるナハトは長年の戦いによって記憶をなくしておる。この戦いでナハトの記憶を取り戻させて見せよ。それを果たせた者には然るべき名誉と地位を与えよう」


 おいおい、そんなことを言ってはやし立てたら、ただの戦闘訓練ではなくなってしまうぞ。地位と名誉と聞いて、兵士たちの士気はさらに高まった。


「ナハトの隣にいるのはセシリア・フロイツ。エルフだがナハトの眷属だ。見くびってはならん。我こそはナハトの眷属に相応しいと思う者は、倒して証明しろ」


 俺とセシリアは互いに顔を見合わせた。倒して証明しろだと……君主自らが鼓舞したら、兵士たちは率先してセシリアを狙う。

 しかも、昼食で共にした兵士たちはセシリアに嫉妬していた。より危険度が高まってしまった。

 ユーフェミアは兵士たちを煽り立てて、俺たちとの戦闘訓練を本番さながらの状態にしたいようだった。彼女は本当に思ってるか……俺が戦いの中で記憶を取り戻すと。


「ナハト、セシリアよ。戦闘訓練は実戦さながらで行う。油断なきように」


 ここまで言われて油断するほうが難しい。俺が抗議する目で彼女を見つめると、微笑みで返された。ナハトならこの程度は問題ないでしょと言っているようだった。


 俺とセシリアは互いに武器を手に取って、構える。訓練なら、黒剣の切れ味を無くしておこうと思っていた。しかしダークエルフの軍勢を前にして、そんな余裕はなさそうだと実感した。


 俺とセシリアは軍勢と向かい合う。一触即発の空気が漂って、濃度が高まっていく。

 もうこれ以上はないくらい空気が張り詰めたところで、ユーフェミアが声を張り上げて言う。


「力の限りを尽くせ。始めよっ!」


 民衆の声援に応えるかのように軍隊が一斉に動き出した。そして50人ほどの小隊に分かれた。軍勢は約1000人もいる。それが20小隊になったのだ。視界から溢れた小隊の動きを把握するのは、とても苦労する。


「セシリア、まずは遠距離攻撃してくる小隊を制圧しよう」

「精霊術でなんとかするわ」


 すでに俺たちに向けて弓矢が雨あられと降り注ごうとしていた。


「いくぞ、グリード。準備はいいか?」

『待ちくたびれぞ』


 黒剣を黒弓に変えて、魔矢で迎撃する。その隙間を縫って、セシリアの風精霊術が飛び出した。風は弓兵たちをなぎ払う。突破口は開かれた。

 俺は黒剣に戻して、雪原を一気に駆ける。セシリアも風の障壁を展開して、矢の雨から俺を守ってくれていた。


 早く接近戦に持ち込まないと、数の暴力によって身動きが取れなくなる。


「弓兵は後ろに下がらせるな」

「わかっているわ」


 俺はセシリアが作り出した風に乗って、大きくジャンプして弓兵たちの中に飛び込む。

 そして、弓兵が持っている武器を斬って破壊していく。


 本来なら武器ではなく、首が飛んでいてもおかしくはない。彼らは負けを認めて、両手を挙げた。素直に降参してくれてよかった。

 この調子で弓兵部隊を制圧していこうと思ったが、飛んできた大槍によって阻まれた。


 フレディが扱う大槍に似ている。どうやら、ダークエルフの槍使いは大槍を好むらしい。


「フェイト、槍兵よ」


 弓兵たちの後退を助けるために、槍兵が前に出てきたのだ。槍兵は弓兵よりも身体能力が高い。一瞬で俺とセシリアが200人の槍兵に囲まれてしまったからだ。


 360度から一斉に大槍が襲ってくる。俺たちの逃げ場は上しかなかった。

 しかし飛び上がったところで、後ろに控えている槍兵によって狙い撃ちだ。


「グリード! 来いっ」

『多勢に無勢だ。俺様も協力してやる』


 彼を呼ぶ言葉で、俺の中でグリードの意識が重なる。一人では追い切れないものも、二人ならできる。

 いくつもの大槍が宙を舞った。俺とグリードによるクロッシングによって、槍兵の武器を切り飛ばしたのだ。



『「片っ端から破壊していくぞ」』


 武器を作るにしても、時間がかかるはずだ。しかも、1000人分なら尚更だ。

 これで少しでも戦力ダウンしてくれるのなら、やってみる価値はある。


『「セシリア、風を」』


 武器を失った槍兵をセシリアが風精霊術で吹き飛ばす。俺はその後ろに控えていた槍兵を次々と無力化していく。俺たちを取り囲んでいた者たちを制圧したところで、追撃が無いことに気が付いた。


 まあ、俺もおかしいと思っていた。ダークエルフがまったく精霊術を行使してこないからだ。おそらく、小手調べといったところなんだろう。それとも、こだわりの強い種族だ。初めから精霊術を使わずに戦うと決めていたのかもしれない。


 どちらにせよ。ここから先は精霊術が解放されたようだ。


 巨大な火球が俺たちに向かって、幾つも飛んできた。かなりの熱量だ。分厚い氷原も一瞬で蒸発してしまう。


「私に任せて!」


 セシリアは風の障壁を展開して、火球の精霊術を見事に防いでみせる。俺から流れ込んでくる精霊力をだんだんとコントロールできているようだった。


「精霊力ならフェイトのおかげで、ほぼ無尽蔵よ」


 彼女の目下の課題は俺から受け取る精霊力の制御。そして、その先は有り余る精霊力を利用した新しい精霊術の開発だ。まだまだ道のりは長いが、セシリアはできる限り早く新しい精霊術を得たいようだ。


『「なら、遠慮することない。どんどん使ってくれ」』


 精霊術を扱えない俺にとって、精霊力は宝の持ち腐れのようなものだ。それでも強いて言えば、精霊獣の顕現に使用できる。だが、精霊獣の扱いは難しく、さらに精霊獣が受けたダメージは俺にフィードバックされる。このような混戦状態では、熟練度の低い精霊獣の顕現は悪手になってしまう。


 だから、今回はセシリアに俺の精霊力を余すことなく使ってもらい、コントロール力を高めてもらいたい。


 火球をこれでもかと討ちまくってくる小隊に向けて、セシリアは高めた精霊力で竜巻を起こした。彼らは吹き飛ばされて、極寒の吹雪の中へ消えていった。


『「やるな!」』

「どんどん行くわよ!」


 初めは緊張していて俺にも伝わるほどだった。それでも軍勢と戦う中で少しずつ自信を付けているようだ。一人でダークエルフの兵士たちを竜巻で極寒送りにしている。それを観戦している民衆たちからも、だんだんとセシリアに向けた声援が起き始めた。

 ダークエルフの国では、強さが優先される。たとえ、他種族であっても認めてもらえるのだろう。ナハトも、そうだったように。


 セシリアが扱う精霊術はあまりにも強力で、兵士たちの精霊術では全く歯が立たない。


「フェイト、私一人でも一騎当千できそうよ」


 奢りはすぐに油断に繋がる。実戦さながらで戦うなら、とても危険な行為だ。


 精霊術を行使に夢中になったセシリアへ向けて放たれた矢。俺はそれを手で掴んで止めた。

 金属製の矢でほんのりと精霊力を感じる。狙いは彼女の首だった。


 少しでも遅れていたら、セシリアの頭は宙を飛んでいた。

 矢が来た方角へ目を向ける。昼食を共にした12人の兵士たち。全員が顔にナハトによって付けられた傷跡がある。


 双剣を構えたコンラッドが一番前に立ち、その後ろに11人の兵士たちが控えている。

 一番後ろには大弓を手にしたヘカテーが次の矢を構えていた。俺が手に持っている矢と同じ物だ。彼女がセシリアの首を狙ったことは明白だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る