第309話 望まむ真実

 アーロンは俺を睨むと、聖剣を振り上げて、斬りかかってきた。


「おっと、いつもお前はいきなりだな」


 父さんがアーロンの聖剣を黒槍で受け止める。互いの力は拮抗しているように見えた。


「大事な息子だ。今回ばかりは好きにはさせない」


 父さんの言葉にはまったく反応しない。ただ聖剣を持った手を強めることだけに集中しているようだった。


『フェイト、応戦しろ。父親だけを戦わせるつもりか』

「わかっている……わかっているんだ」


 黒剣を握る右手が震えていた。もう一人の俺が言っていたことは真実だった。

 しかも、アーロンは暴食スキルの世界でエクセキューショナーと呼ばれるほどの恐れられる存在になっていた。

 聖剣に斬られると、氷樹が芽生えて体を取り込まれてしまう。そして魂は氷樹に吸い取られる。

 なぜ、そのようなことをするんだ。そのようなことが頭の中でぐるぐると駆け巡っていた。俺はアーロンから聖剣を向けられてなお事実を受け入れられていなかったからだ。


『今考えたところで、状況は好転しない。戦えっ!』

「くそおおおぉっ!」


 アーロンに剣を向けるなんて……でもこのままでは父さんが危ない。

 俺は黒剣を振り上げて、アーロンへ斬り込む。


「アーロン!」


 俺の声を聞いた父さんはエクセキューショナーが誰なのかを理解したようだった。

 父さんは俺の攻撃に合わせて、アーロンの背中を見えるように移動させる。


 ガラ空きの背中だ。俺の一撃が入れば、状況が一変する。


「くっ!」


 アーロンは足で父さんの横腹を蹴り上げた。そして背中に目があるかのように、振り返りながら、俺の黒剣を受け止めた。

 彼はじっと無言で俺の目を見つめていた。


「なぜ……何も言わないんです?」


 黒剣と聖剣がぶつかり合う中で、互いの顔を見ながら彼に聞く。

 それでも口が開かれることはなかった。


「怒っているんですか?」


 ひたすらに俺は見つめられていた。睨まれているとアーロンが怒っているように見えてしかたなかった。


「フェイト、そのまま押さえ込んでいろ!」


 父さんが黒槍を振るって、アーロンを攻撃しようとした。

 2対1なら、俺たちの方が有利なはずだ。そう思った時に、アーロンが持つ聖剣が光り始めた。


 この混戦状態で、聖剣技のアーツであるグランドクロスを放とうとしている!?

 バカな……。至近距離で放てば、自分自身にもダメージがある。俺が知るアーロンならこのような無茶な戦い方はしなかった。

 今まで黙り込んでいたアーロンの口が初めて開かれた。


「グランドクロス!」


 口から聞こえた声は間違いなく彼の声だった。

 アーロンを中心に、浄化の光が解き放たれた。聖剣と押し合っている状態では、黒剣の形状を変えて守りに入ることもできない。


 俺はアーロンのグランドクロスを至近距離からくらった。

 威力は俺の想像を優に超えており、氷樹の林に吹き飛ばされてしまった。硬すぎる氷樹に何回も当たりながら、転げ回った。


『立てるか?』

「ああ……また氷樹の林かよ」


 傷だらけの体には、氷樹から発せられる冷気が痛く堪えた。


『位階奥義に匹敵する威力だったな』

「昇天するところだった」


 まさに穢れを祓う浄化の光だった。俺の中でぐだぐだと渦巻いていたものが吹き飛ばされたようだった。

 凍ってしまう前に氷樹の林を出よう。遠くから剣撃の音が聞こえる。父さんとアーロンが戦っているのだ。


 なんとかアーロンと話をしたい。そのためには、彼を大人しくさせないといけない。


『ここは精神世界だ。多少は手荒なことはできる』

「父さんが心配だ。急ごう!」


 戦いの音が聞こえる方向へ、氷樹の林を駆けていく。近づくにつれて、衝撃音が大きくなった。しかも、至る所で聞こえてくるのだ。

 氷樹の林を抜けると、その理由がわかった。


 父さんは背に黒い翼を生やして、天使化したアーロンと戦っていたからだ。

 翼を羽ばたかせた空中だ。それに加えて、目で追うのもやっとの超高速移動を繰り返していた。


「アーロンがロキシーと同じ姿になっている」

『聖獣人の力を借りて、初めて天使化できるはずだ』


 俺と戦ったときはまだ本気ではなかった。見上げる俺に、アーロンが気が付いて聖剣を向けてきた。

 否応なしの死を感じさせるプレッシャーが俺を貫いた。


『フェイト、俺様を黒盾に変えろ!』


 黒盾に変えた瞬間、聖剣から放たれた無数の光の剣が降り注いできた。

 赤雪を細かく切り裂き、霧散させるほどの膨大な光の剣だ。


 黒盾に当たった光の剣は跳ね返って、氷の地面を吹き飛ばす。黒盾のおかげで、命中せずに済んだ。それで俺の周りの凍った大地は消し飛んだ。あまりの爆風に俺は空中に枚挙げられてしまう。


「大丈夫か! フェイト!」

「父さん」


 黒い翼を羽ばたかせながら、父さんは俺の左手を空中でキャッチする。


「たまげるくらい強いだろ」

「まったくさ。アーロンが天使化できるなんて知らなかった」


 父さんは6枚の白い翼で宙を舞うアーロンを見ながら言う。


「彼はフェイトの義父だったのか。だが、今は暴食スキルの世界を破壊する敵だ。俺はアーロンと戦う……いいな?」

「……ああ。でも、話ができるなら」

「無理だ。彼は今まで誰の問いかけにも応じたことはない。ひたすらにこの世界に存在する魂を借り続けるだけだ」


 父さんは俺の手を強く握った。父さんもアーロンに向けて何度も声をかけたのだろう。

 アーロンはまたしても俺をじっと見つめていた。それは狩人が獲物を見つけた目に似ていた。

 その様子を見た父さんは、アーロンに向けて言う。


「たとえフェイトが世話になった義父であろうと、息子に剣を向けるのならお前を殺す」


 父さんは言い放つと、握っていた俺の手を離した。


「ここは俺に任せて、元の世界に帰るんだ。ここはお前のいる場所ではない」

「父さん!」


 幼い頃によく見た笑顔で父さんは俺を見ていた。


「……カテリーナ、頼む。フェイトを元の世界へ」


 母さんの名前を呼ぶと、視線をアーロンへ向ける。


「俺も戦う!」


 父さんへ伸ばした手が透けていく。魂が現実の世界へ戻ろうとしている!?

 黒剣も同じように暴食の世界から消えようとしていた。母さんが父さんの願いを聞き入れたのだ。


 消えゆく俺の視界の中で、父さんの姿が変貌していく。黒い翼が四枚から六枚に増えて、顔は黒く平らなヘルムに包まれた。彼の地で俺と戦った時の姿だった。


 父さんは本気で戦おうとしている。黒ヘルムの刻印が赤く光り、それを合図として戦闘が再開された。


 俺が見届けられたのは、ここまでだった。



 目を開けると、俺は現実世界に戻っていた。ここは廃都オベルギア……その城にある客室だ。やわらかなベッドから起き上がり、立てかけていた黒剣を手に取った。


『……アーロンは死んでいたな』

「それに俺の敵だった。暴食スキルの世界でエクセキューショナーになっていた」

『天使化までして、大暴れだったな』


 父さんは大丈夫だろうか……。精神世界でのアーロンの強さは異常だった。暴食スキルに深く繋がっているはずの俺が手も脚も出なかったからだ。


『アーロンがなぜ氷樹を作り出していたのかだが……。お前の力が今だにすべて戻らないことに起因しているのかしれん』

「暴食スキルに喰われた魂を氷樹を使って、切り離そうとしていると?」

『ディーンを氷樹から解放したことで、フェイトのステータスが上がっているのを感じる。この事実からの推察だ』

「俺の弱体化を……」


 アーロンを暴食スキルの世界で放置しておくと、俺のステータスはどんどん低下していく恐れがある。これは俺がしたことの罰だ。


『お前の父親を信じるしかないな。今、力を失うわけにはいかないだろ?』

「……すべてわかるまで時間が欲しい」


 失われた10年間を取り戻そうとすればするほど、問題は山積みになっていくのを感じる。それだけ過去の俺は火種をたくさん振り撒いているのだろう。


 全く寝る気にもなれなかった。グリードを手に持って立ち上がり、何気なく左の手の平を見ると、紋様が描かれていた。

 なんだ、これは!? 擦っても、消えることがない。刺青のように見える。


『どうした?』

「見てくれ、暴食スキルの世界から戻ったら、左の手のひらに」

『何かの術式のような感じだな。これが付いたきっかけに心当たりはあるか?』

「そう言われても……あっ!?」


 暴食スキルの世界で、父さんが俺を空中でキャッチした時か?


「父さんに何かを仕込まれたのかも」

『だが、この紋様が何で、何のために使うものかは不明というわけか』

「戦闘中だったしな」


 あんな状況で、俺の手のひらに紋様を刻んだ父さんが器用すぎる。


「父さんのことだ。何か意味があって、これを俺に託したんだと思う」

『そして、また謎が増えたな』


 俺が大きくため息をつくと、珍しくグリードが優しい声で言う。


『たまには俺様がしっかりと話を聞いてやる。アーロンのことは……本当に残念だったな』


 俺は夜通しグリードに話を聞いてもらう。アーロンは俺にとって、今でも……これからもずっと大切な人だ。

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