第304話 互角の戦い
俺は黒弓をもうひとりの俺に向けて、連射した。やつは黒い翼で軽々と受け止める。
これは牽制だ。
大きくジャンプをして黒剣に変えながら、一撃をたたき込む。黒い翼に僅かだが傷を入れることができた。
「良い切れ味だ」
『もっと研ぎ澄ませていくぞ』
素早く連続切りをして、もう一人の俺を押し込んでいく。自慢の黒い翼から幾つもの羽がこぼれ落ちていった。
「いい気になるなっ!」
黒い翼を乱暴に羽ばたかせて、剣撃を俺の体ごと吹き飛ばした。それを見越していた俺は黒剣から黒杖に変えて、黒い翼が振り上げられたことでがら空きとなった体に向けて、黒炎を放つ。
「食らえっ」
真っ白な世界に黒く大きな火柱が立ち上った。黒炎は俺が解除するまで、決して消えることがない。燃え続ける火柱の中で、黒い翼の動きが止まり、もう一人の俺はゆっくりと地面に降下してきた。
ダメージを与えられているのかもしれない。
『追撃だ!』
黒杖から黒弓に変えて、力を込める。禍々しい姿に変貌した黒弓をもう一人の俺へ向けた。
『「ブラッディターミガン」』
さっきよりも力を込めた第一位階の奥義だ。これでやつの体を貫いてやる。
黒い稲妻が大樹のように枝分かれしながら、もう一人の俺にぶつかった。
そして、やつを飲み込んだ。
しかし、そんな状況の中でも抗って、黒大剣を振り上げようとしていた。なんて耐久力……精神力なんだ。
黒大剣から黒い稲妻が迸ろうとしていた。俺の攻撃が破られる!?
そう感じたと同時に、黒弓が大きく振動した。
『これでどうだっ!』
グリードの声に呼応するように、俺が放った攻撃——黒い稲妻が湾曲して、もう一人の俺を取り巻くように球体になった。
黒大剣をも飲み込み、渦巻く稲妻の球体。圧縮されたブラッディターミガンによって、囚われたもう一人の俺はさすがに身動きが取れないようだった。
「やるな。グリード」
『サポートしてやるといっただろ。それにしても、なんという精神力だ』
「ああ、あの中でまだあいつを感じる」
絶え間なくブラッディターミガンによってダメージを受けているはずだ。それでも、もう一人の俺は消滅することなく、存在を保ち続けていた。
稲妻の球体の中でやつは力をためている。球体をもうすぐ破って出てくる。あいつに最も近しい俺だからわかる。
俺は黒弓から黒鎌へと武器の形を変える。
『久しぶりの姿だな』
「こいつで決着を付ける」
今持てる位階奥義の中でもっとも致死性の高いデッドリーインフェルノ。これをもう一人の俺にたたき込むしか有効な手が見当たらなかった。
デッドリーインフェルノは大ぶりの奥義だ。繰り出すまでに隙が多く、命中率も他の奥義よりも劣る弱点がある。
圧倒的な攻撃力を差し引いても、扱いづらさの方が目立ってしまい使いどころの難しい奥義だ。
今は稲妻の球体に閉じ込められているから、容易に当てることができるだろう。
黒鎌に力を流し込み、形状を禍々しい形へ変化させる。三枚刃が並んだ獣の爪のような大鎌となって、ずっしりとした重さが手に伝わってくる。
『いくぞ、フェイト』
「おうっ!」
もう一人の俺を閉じ込めている稲妻の球体がひび割れを起こし始めている。脱出されるまでに稲妻の球体ごと、この奥義状態の黒鎌で両断してやる。
黒鎌を振り上げながら、一気に駆け込んでいく。
デッドリーインフェルノ!
致死性の呪詛が込められた一撃は、稲妻の球体を切り裂いて、中にいるもう一人の俺に向かう。
キィーンという甲高い音が聞こえた。おそらく黒大剣によって防がれたのだ。
『押し負けるなよ』
「当たり前だっ」
構わずに押し切ろうとする。そのとき、もう一人の俺を包み込んでいた稲妻の球体から、別の黒い稲妻が這い出してきた。やつの黒大剣から放たれた攻撃だった。
それは次第に稲妻の球体を侵食していく。
『フェイト、叩っ切れ』
グリードのアシストを受けて、第二位階奥義——デッドリーインフェルノの切れ味がさらに強化される。
「うおおおおおおおっ!」
全身を使って、黒鎌を振り抜く。確かな手応えを感じた。
もう一人の俺を包み込んできた稲妻の球体は弾け飛んだ。そして、中から現れたやつは、腹部に大きな傷を負っていた。デッドリーインフェルノによる傷だ。
耐久力の化け物であるやつでも、致死性の奥義をまともに食らっては立っているのもままならないようだった。床に膝をつき、持っていた黒大剣が音を立てて転がっていく。
地面にはポタポタとやつの血が真っ白な床に落ちている。血の色は真っ黒だった。
もう一人の俺は口から血を流しながら、にやりと顔を歪ませた。
「痛み分けだ」
その言葉の通り、俺も地面に膝をついていた。握っていた黒鎌が手から滑り落ちる。
やつは俺の攻撃をわざと受けて、カウンターを狙っていたのだ。肉を切らせて骨を断つ。俺がかつてエンヴィーが扮していたノーザン・アレスタルとの戦いで行った奇策と同じだった。
「わざと俺の攻撃を食らったのか……」
真っ白な床に俺の口から吐き出された血で水たまりのようになっていた。俺の腹には、やつと同じような傷が深々と残されていた。俺がデッドリーインフェルノをやつに食らわせたときに、黒大剣から放たれた黒い稲妻によって切り裂かれたのだ。
攻撃の時に最大の隙が生まれる。これはアーロンから教わったことだ。
もう一人の俺は、俺を通して沢山のことを学んでいる。そう感じさせる一撃だった。
魂に直接ダメージを与える攻撃は、大事な物を抉られて失うような痛みだった。
耐えがたい精神を蝕む苦痛だ。
「どうだ。心が引き裂かれるようだろ」
「お前だって同じのはずだ」
だから、もう一人の俺は痛み分けと言ったのだ。
俺ともう一人の俺は立ち上がることもできずに、地面に膝をついたままだった。精神の消耗というよりも、魂の消耗は激しく、体を回復させることはほど遠い。
それでもやつは体を引きずりながら、俺のすぐ側までやってくる。間近に迫った顔から血を吐きながら俺に言う。
「その体で行けるものなら行きたければいけばいい」
「言われなくても、俺は行く」
「お前はアーロンを殺している。そうだ、下で自責の念に苛まれろっ」
俺はその言葉を聞いて、堪らずやつの首根っこを掴んで締め上げた。
そして地面に叩き付けて、馬乗りになる。
「真実が怖くて、ここへ来たんだろ。答えは変わらないというに」
「お前の言葉を信じると思うのかっ。俺は自分の目で確かめる」
「暴食の底で、せいぜい絶望するがいい……」
俺が振り上げた拳はもう一人の俺には届かなかった。やつは黒いシミとなって、真っ白な床に染みこんでしまったからだ。そして、そのシミさえも、どこかへ消えてしまった。
俺は這いつくばって進み、転がっていた黒鎌を握りしめた。
『すんなりと通れるとは思っていなかったが……やられたな』
「でも道は開けた」
『その体……魂の状態でどうしても行くのか?』
グリードは引き返せと言いたそうだった。だがそれを言わないのは、俺のことをよくわかってくれている彼らしい。
黒鎌を黒剣に戻して、鞘に収める。大きく深呼吸をして、足に力を入れた。
傷は未だに治らない。それでも、血は止まりつつある。
精神世界では、現実世界と違って魂次第で無理が利くようだった。
「ここで帰ったら、また来たときにもう一人の俺にもっと邪魔をされる。今しかない」
『元々ここはルナとお前のだけの世界だったのに、いつの間にかあいつに占拠されてしまったな』
「仕方ないさ。彼の地での戦いで、あいつを完全に目覚めさせてしまったのは俺だからさ」
彼の地で聖獣化したライブラとの戦いには、もう一人の俺の力が必要だった。
あのとき、俺は初めてやつに頼ってしまった。そのことによって、もう一人の俺が表に出ようとするきっかけを与えてしまったのだ。
もう一度、頼ってしまえば裏返ってしまう。予感というよりも確信だ。
もう一人の俺がかつて残した言葉は、まがうことなく真実だと疑う余地はなかった。
だからこそ、俺は二度とやつに頼ってはいけないのだ。
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