第298話 ナハト
俺は厚い雲をかき分けながら、マインがいた場所へ向かって雪山を駆け上がる。
「マインっ!!」
彼女の名前を呼びながら、厚い雲を抜ける。
雲海の上には、誰の姿もなかった。
俺の後を追って、マックスに乗ったセシリアが走って来る。彼女も辺りを見回しながら、ここにいた者の姿を探していた。
だが、俺と同じで見失ったようだった。
「いなくなったわね。あの人と知り合いなの?」
「マインだ。俺の仲間だ……った」
仲間と言いかけてやめた。王国からの裏切り者として、マインを仲間と呼べる立場にいないからだ。
「顔ははっきりと見えなかったけど、大きな武器を持っていたわね」
「グリードと同じ大罪武器のスロースだ」
「それって」
「ああ、マインは俺と同じ大罪スキル保持者でもある」
「エリスさんと一緒なのね」
セシリアはマックスから降りて、俺の隣に立った。
「マインさんは襲ってこなかったわね」
『様子を伺っているようだったな』
俺を見ながら、何かを探っているように思えた。
もし敵対しているとして、マインの性格なら有無も言わせず攻撃してきたはずだ。
黒斧でいつでも攻撃ができる状態を保っていたが、それをしなかった。
出会ったらすぐに攻撃してきたエリスとは違った。
マインとなら、まだ話し合える余地が残されているのかもしれない。
それでも一定の離れた距離を取れらたままでは、近づくこともできない。
「彼女は何をしていたんだろう」
「聞いてみないことにはわからない」
『だが、近づけば逃げてしまうから厄介だな』
雪山の頂上で雲海を見ながら、悩んでいる俺たちに向かって、マックスが吠えた。
「どうした?」
マックスは雪に残された足跡を見つけて、俺たちに教えてくれた。
まだ新しい小さな足跡だった。
「マインさんのものかしら?」
『おそらくな』
「西へ下っている」
その方角にあるものは……。厚い雲の隙間からわずかに見えた真っ黒な都の姿。ガリアの帝都メルガディアと同じ色をしていた。まだダークエルフの都の全体像はわからない。
あの黒さには見る者に異様な圧迫感を与えてしまうほどの力があった。
『嫌な色をしているな』
「あの色に良い思い出はないしな」
「ハイエルフの魔都ルーンバッハとは正反対の色ね」
残された足跡から、マインはダークエルフの都へ向かったようだ。
俺たちと同じ目的地だ。わざと足跡を残して、誘っているのだろうか。
『後を追いかけるのか?』
「目指す方向と同じだしな」
「マインさんと、ちゃんとお話しできるといいわね」
そのためにもダークエルフの都へ行こう。
マインの足跡を辿れば、彼女に会うこともできるかもしれない。
「行こう!」
「行きましょっ!」
『下りは滑るから気をつけろよ!』
俺たちはグリードの指摘どおりだと思った。
足の下は氷の断崖絶壁。足を踏み外せば、あっという間に谷底へ落下する。
吹き上げる風は強く、髪が逆立ってしまうほどだった。
どうやって下りようかなって思っていると、セシリアがマックスに乗って先陣を切った。
「お先にっ」
マックスの足の爪がスパイクになって、しっかりと氷に食い込んでいる。ぴょんぴょんと飛び跳ねるように、断崖絶壁を下っていった。
『フェイト、あんな感じで下りていけ』
「無茶を言うなっ。俺の足には鋭い爪はない」
ん? 鋭い……そうだ! 俺は鞘から黒剣を引き抜いた。
『お前……まさかっ』
俺は崖から飛び降りた。そして、黒剣を氷の壁に突き立てる。
「よく食い込む」
『やりやがったなっ』
俺は黒剣をスバイク代わりにして、下っていく。
普通の剣でこんなことをしたら、あっという間に耐久力がなくなってしまい、砕けるだろう。黒剣の非破壊武器の性能があって初めて成せる芸当だった。
「頼むぜ、相棒!」
「調子の良いことを言いやがる。切れ味を調整してやる。突き刺してままにしろ」
「助かる」
黒剣を抜いて刺してを繰り返すのは面倒だ。
グリードのお言葉に甘えさせてもらおう。
俺は氷壁に黒剣を深く突き刺した。しばらく止まっていたが、俺の体重によって黒剣は氷壁を切り裂き出す。それに合わせて、黒剣を持っている俺は下へと移動を始めた。
「もっとスピードを出してもいいぞ」
『偉そうに。これでどうだ』
「良い感じ」
『まったく世話の焼けるやつだ』
すーっと断崖絶壁を下っていくと、すでにセシリアとマックスが俺を見上げていた。
すでに下り終わって俺を待っていてくれていた。
「お待たせっ」
「器用な下り方をするのね。グリードさんは大丈夫なの?」
『問題ない』
「傷一つ付いていないよ。ほら、このとおりさ」
「すごいっ!」
セシリアはグリードの丈夫さに目を大きくして驚いていた。
「ラムダさんが褒めるわけね。大罪武器か……私にも扱えるかな」
「口も悪い、態度もでかい。それ加えて、偉そうだからな」
『おいっ!』
「冗談は置いておいて、大罪武器を扱うには、何らかのリスクがあるんだ。それが許容できるのなら可能だと思う」
「グリードさんはどのようなリスクがあるの?」
『俺様の本来の力を引き出すためには、それに見合った力を捧げることが必須である。捧げた力は一生もどることはない』
「……そう」
セシリアはゲオルクと戦うために、大罪武器を欲しているようだった。
あいつが持っていたチャクラム——黒円は強力な武器だ。姿を消したりでき、全方位から攻撃してくる。
不可視の投擲武器。それに加えて、大罪武器特有の性能である非破壊属性まで持っている。彼女が今装備しているレイピアでは心許ないだろう。
『力を求めすぎるな。すでにフェイトから力を得ている。まずはその力に十二分に扱えるようになることだ』
その言葉にセシリアは深く頷いていた。
俺はこれからも沢山の魔物を喰らうだろう。その度に、セシリアに供給される力は増していく。今の状態でも彼女は力の扱いに困っている状況だ。
まずは急激に変動する力になれることが先決だ。そうでなければ、力をうまく扱えずに暴走してしまう恐れすらある。これではゲオルクと戦うことなどできない。
俺は彼女の肩に手を置いて頷いた。
「協力できることがあったら、なんでも言ってくれ」
「ありがとう。ダークエルフの都に着いたら、私なりに考えてみるわ」
彼女から手を離して、さきほどから雪の上を嗅ぎ回っているマックスのところへ行く。
「どうした? マインの匂いでもするのか?」
「ワン!」
ひっきりなしに雪が降っているため、マインの痕跡はすでに隠れてしまっていた。
俺たちには見分けられなくても、マックスには魔獣としての嗅覚がある。
「西へ行ったのか」
マックスが向けた首の先は、ダークエルフの都の方角だった。やはり、俺たちの予想通りらしい。
「案内を頼めるか?」
マックスは尻尾を振って、俺たちの前を歩き始めた。
雪は一層激しくなり、呼吸するために息を吸うだけでも、痛みを伴うほどだ。
着ているホットインナーに送る精霊力を高めて、しっかりと暖を取る。ホットインナーがなかったら、体の芯まで冷えてしまっていただろう。
これほどの極寒の世界で、ダークエルフはよく生活ができているな。
ハイエルフのイネス島と同じように生態プラントとしての機能を有しているはずなのに、これほど過酷な環境なのはどうしてだろう。
島を創造した三賢人のやることは、俺の理解を超えている。
俺は黒剣を黒盾にして、雪を押し除けながら先に進む。その後ろにセシリアが付いてきていた。
「私の精霊術で吹き飛ばそうか?」
「いや、派手なことをして、ダークエルフを刺激したくない」
『深い雪だな。俺様としてはひんやりして気持ちいいぞ』
「暢気なこと……」
せっせと除雪しながら進む。先を行くマックスは雪に沈まずに器用に歩いていた。
そして、俺に顔を向けると、首を上げて乗っていくかというサインをする。
「大丈夫だ。一人でちゃんとできる」
「もう乗せてもらえばいいのに」
「いや、飼い主としての威厳を保つためだ」
『浅い威厳だな……』
ダークエルフの都に近づけば近づくほど、雪深くなっていく。
黒盾の除雪も追いつかないほどだ。観念した俺は、マックスに乗せてもらうことにした。
「フェイトって変なところで意固地なのね」
『甘えるのが下手なのさ』
「……言いたい放題だな」
マックスは俺たちを乗せて上機嫌だった。雪に沈むことはなく、雪原を駆け抜ける。
速い! というか速すぎるっ!
降りしきる雪風が顔に当たって凍り付く。痛っ! このままでは凍傷になってしまいそうだ。
「もっとゆっくりでいいぞ!」
その声は吹雪によって、かき消されてしまった。このままでは俺とセシリアはダークエルフの都に着く前に、カチンコチンの氷像になってしまう。
よしっ、実力行使だ。マックスのふあふあのたてがみを握って、引っ張ろうとしたとき、
「フェイト、雪が止んだわ」
「……風も収まった」
先ほどの猛吹雪が嘘のように止んでいた。そして、温度も極寒ほどではなくなっていた。
目線の先にはダークエルフの都を守るグレートウォールが見える。吹雪のせいで、これほど近づいているのに気がつかなかった。
グレートウォールに大きな穴がぽっかりと空いていた。それは多くのダークエルフが一斉に外へ出てきたからであった。ダークエルフは長い耳に青い肌をしており、厚い服を着ていても筋骨隆々なのがわかる。
『おいおい、1000人……いや、もっといるぞ』
俺とセシリアはマックスから下りて、ダークエルフたちを警戒する。
彼らは好戦的な種族だと聞いている。他種属であるエルフと人間が急に現れたことで、臨戦態勢を取っているのかもしれない。
ダークエルフたちの中で、一際身長の高い男が颯爽と歩き出してきた。身なりも他のダークエルフよりも高貴な姿をしていた。
その歩みは止まることなく、俺たちがいるところまで一直線だった。
俺とセシリアは、彼の行動に強い警戒心を持っていた。
近づいてくるに連れて、彼の表情がはっきりと見えてきた。その顔には、これ以上ない優しい親しみが込められていた。
偽りでは決して作れない表情だった。彼は俺に跪いて、深々と頭を下げて言う。
「我らのナハトよ。ご帰還を心よりお待ちしておりました」
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