第294話 堅牢なる星獣
俺たちは山を下りきり、聖都オーフェンへ向けて歩いていた。
緑豊かだった草原は、枯れ果てて色に変わり、吹き抜ける乾いた風に揺れていた。
まだ、大きな木々は緑を残しているが、大地の活力が失われつつある今、草原と同じ結末が待っているだろう。
「ハイエルフの島より、荒廃の進行が早いな」
「兄さんが、グレートウォールを崩壊させたから……」
『島の環境を管理しているのは聖都にある地下施設だ。魔物となった獣人たちが、地下施設に押し寄せたのかもしれん』
この状況では、地下施設がまともに稼働しているとは思えなかった。
三賢人の情報をさらに得るために地下施設を調査したい気持ちはあった。しかし魔物の巣窟になった場所を調べにいく時間もない。今回はセシリアの目的——命を失った者たちの弔いだけになるだろう。
聖都オーフェンのグレートウォールが存在していた場所。
そこだけ他とは違って緑が溢れていた。といっても木々が生い茂るというほどではない。背丈の短い草が所狭しと生えていた。それがグレートウォールがあった場所に沿って生えているから、かつて存在していた痕跡がしっかり大地に刻まれているようだった。
セシリアがしゃがみ込んで、その痕跡に触れる。
「強い精霊力を感じるわ」
「それが植物を活性化させているのか」
俺も触ってみると、確かに手にビリビリと電気が走るほどの精霊力を感じた。
グレートウォールは姿をなくしても、これほどの残滓が地面に染み込んでいる。それだけ、あの白い壁を作り出していた精霊たちの力は途轍もないものだったのだろう。
マックスが俺たちの間に割り込んで、くんくんと痕跡を嗅いでいた。刺激が強かったのだろう。大きな体をブルブルと震わせて、前足で何回も鼻を擦っていた。
「魔物にも刺激的がみたいだな」
所詮はグレートウォールの残滓だ。マックスは平気な顔をして、大きくジャンプをして内側へ入った。この緑の絨毯を踏まなければ、どうということはないようだ。
キリッとした顔でマックスは俺たちがくるのを待っていた。
俺たちは緑の絨毯に踏み込んで、マックスが待つところへ歩いていく。踏みしめる度に、体中に電気が流れる感覚が襲ってくる。だからといって、不快なものではない。俺の中にいる精霊の力を高めてくれるような感覚だった。
「フェイト、精霊力が回復していくわ」
「体の疲れも癒される……感じもする」
グレートウォールの残された力が俺たちの体へ流れ込んでくる。この力が俺たちに癒やしを与えてくれているのだろう。マックスの行動から察すると魔物には忌避感を与えていた。
『回復したところで、あのゴーレムはどうする?』
エルフの街の中心部を我が物顔で闊歩している真っ白なゴーレム。
まるでグレートウォールから飛び出してきたような色をしていた。
爬虫類のような顔をしており離れた大きな目が特徴的だった。右目と左目が違う方向を見ている。大きく裂けた口の隙間から、紫色の煙が吹き出ていた。
体中が分厚い鱗に覆われており、それに触れた建物は木っ端みじんに吹き飛ばされていた。
俺は鑑定スキルで巨大なゴーレムを調べてみる。
【堅牢なる星獣】
・メビウスゴーレム Lv???
精霊力:8.1E(+15)
呪 い:9.8E(+15)
精 霊:メビウス
んんんっ!?
待て待て……おいおい……なんてステータスだ。
この世界にもステータスがある以上、Eの領域はあると予想していた。
だが、ここまで飛び抜けたステータス値を見せつけられてしまうとは、思ってもみなかった。
俺がメビウスゴーレムを見上げながら冷や汗をかいていると、セシリアが心配そうに聞いてきた。
「……どうだったの?」
普通ではない考えられないステータス値を言っていいのか……少し迷った。
受け入れられるかはわからないが、正直に伝えるしかない。
「あれは星獣というものらしい。魔物とは違う存在なのかもしれない」
『問題のステータスはどうなんだ?』
「信じられないかもしれないけど、マックスの40億倍ほど強い」
『「え゛っ!?」』
そういう反応になってしまうだろう。俺だって鑑定スキルがあるから、信じられたくらいだ。
セシリアはその事実をまだ受け入れられないようだった。
「見合った大きな気配を感じない」
『おそらく俺様たちが感じ取れる限界を遙かに超えているからだろう』
「あまりに強い力に感覚が狂わされているんだと思う」
それを如実に表すように、マックスはメビウスゴーレムを脅威に捉えていなかった。普通なら、40億倍の強さを持つ敵が近くにいたら野生の勘が働いて、脱兎のごとく逃げ出すはずだ。
こんなに暢気なあくびをしては入られない。
メビウスゴーレムの本当の強さに気がつけないのだ。
それは周囲の魔物たちも同じだった。メビウスゴーレムの巨大さに驚いて逃げ出しているに過ぎない。
『動きは鈍そうだ。索敵範囲に近づかなければ、大丈夫だろう』
「その見極めが難しいな」
「今私たちがいるところだと、大丈夫そうね」
これ以上、近づいていいのかはメビウスゴーレム次第だ。
セシリアが行きたいのは、エルフの街だ。俺たちが居る場所は、荒れ果てているが麦畑だったところだ。ここら一帯には、亡骸らしきものはなかった。魔物に食われてしまった可能性もあるが、少しの骨くらいは残っていてもいいはずだ。
だがどこを探しても見つからなかった。
俺たちの結論は、エルフたちの亡骸は街にあるのではないかという話になった。
『行けば、全滅必至だな』
「なんと目を盗んで街までいけたらな」
「無理はできないわ。本来の目的はダークエルフの島だから」
セシリアはそう言って、街の方へ向けて祈りを捧げていた。
エルフはお墓を作る風習はないのだという。亡くなった者を大地に埋めて、自然の循環の中へ還すという。埋める場所も生前の意思が反映されるため、まとめて埋葬される場所もない。
俺の知っている埋葬とは違った文化だった。
しばらく祈りを捧げるセシリア。俺も彼女を見習って、両方の手を握って頭を下げた。
セシリア以外のエルフに好印象はなかった。でも死んだ者への弔いくらいは公平であるべきだ。
「ありがとう、フェイト。あなたにとっては、思うところがあるはずなのに」
「俺にとっての理不尽も彼らにしてみれば普通だった。ただの価値観の相違さ。生まれ育った文化が違うんだし……でも死者を悼んで弔うことは一緒だった」
『そこだけは共感できたわけか』
グリードも珍しく死んだエルフたちに祈りを捧げてくれた。
俺たちが眺める街では、相変わらずメビウスゴーレムが地響きを出しながら、歩いていた。俺には動く大きな墓標に見えた。
セシリアは気合いを入れるように自分の頬を両手で軽く叩いた。
「よしっ、次は獣人たちの弔いをしましょ!」
『弔い方はエルフと一緒なのか?』
「いいえ、違うわ。埋葬するための大きな塚があるの。彼らはすべて魔物になってしまったから……」
俺は聖都オーフェンを脱出するために、数え切れないほどの魔物を屠った。その魔物になった者たちは俺を救世主だと言って、救いを求めていたにもかかわらずだ。
魔物の遺体があったら、埋葬しようと思っていた。だけど、どこにも見当たらない。
『フェイト、右の方を見ろ』
「あっ……」
獣人たちの村があった場所だった。壊れた家の隙間に服の切れ端が引っかかっていた。他の家にも同じような物がある。おそらく、家の中に居たときにグレートウォールが崩壊して、魔物に変わってしまったのだろう。そのときに着ていた服を破り捨てたのかもしれない。
俺は家々に寄って、服の切れ端を集めていく。セシリアも手伝ってくれた。
集まった服の切れ端はかなりの量だった。
マックスの背中にそれを乗せて、紐で括り付ける。
「重くないか?」
良い返事が返ってきたので、マックスは大丈夫そうだ。
「彼らの生きていた印はこれくらいだけど、塚に納めよう」
「案内するわ」
獣人たちの塚は、エルフの街からかなり離れたグレートウォールの側にあるという。
エルフが自分たちの街の近くに、塚が作られるのを嫌がったからだ。聖都オーフェンの中でも、特に日当たりの悪くジメジメとした場所。そこに獣人たちの塚が作られた。
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