第292話 飼い主

 マックスが一緒に居てくれる良いことは、魔物にほとんど襲われないことだ。

 セシリア曰く、フェンリルは魔物の中で上位層に属するという。格下の魔物からすれば、マックスは自分たちを食べてしまうかもしれない存在だ。

 あえて、近づこうとはしないようだった。


 そんな状態でも、やはり襲ってくる魔物はいる。

 マックスと同等以上の力を持った魔物や、俺やセシリアを食べたくてしかない魔物だ。


 今も、巨大な熊の姿をした魔物に襲われている。


「セシリア、俺が相手をする」


 本来のステータスやスキルが戻りつつある今、この魔物と戦って喰らうことで更なる促進に繋がるかもしれない。

 この魔物が放つ気配から、マックスと同等の力を持っていそうだ。

 そう思いながら、マックスを見ると大きなあくびをしていた。


 うん、この魔物はマックス以下だ。


『まったく……お前というやつは! まだ敵の力を見定めることができないのか』

「鑑定スキル頼りだったからな」

『まだそのスキルは戻っていないだったな』

「ああ、わからないことだらけの世界だ。やっぱり鑑定スキルは必要だな」


 今のところ使えるようになったスキルは聖剣技と暗視だけだ。

 暗視は精霊の力を借りることですでに使えている。スキルと能力が重なっているのだ。しかし併用することで、さらに強力な暗視が使えるようになる。

 もし精霊の力とスキルが同じ能力で重なっていたとしても、同時使用することで相乗効果が発生するのだ。


 でも今は朝だ。暗視スキルの出番はない。


「サクッと倒すか」


 俺は鞘をつけたまま、黒剣を熊の魔物へ向ける。

 俺から強い殺気を感じ取ったのだろう。大きく身震いした後、耐えかねて魔物は飛び上がって襲ってきた。


 しかし、その攻撃が届く前に、聖剣技のアーツを発動させる。


「グランドクロス!」


 聖なる光によって、熊の魔物は浄化されていった。

 声も上げる暇も無く、跡形もなく消し飛んだところで、無機質な声が俺の頭の中に聞こえていた。


《暴食スキルが発動します》

《ステータスに精霊力+80、呪い+90が加算されます》


 ステータスの増加量からも、大して強くないことが証明されてしまった。

 まだまだ、魔物の精霊力を推し量るのは時間がかかりそうだ。


《スキルに読心、鑑定が復元されました》


 おっ!? この魔物がきっかけになったのかわからないけど、欲していたスキルが蘇った。たぶん、魔都ルーンバッハの地下施設で魔物を沢山喰らったことが最大の理由だと思えた。


「グリード! 鑑定スキルが使えるようになったぞ!」

『とうとう、きたか! 早速使ってみろ』


 試しにマックスを【鑑定】してみる。


・フェンリル Lv120

 精霊力:2345000

 呪 い:1765000

 精 霊:フォトン


 ステータスが高すぎるっ!?

 精霊力の桁がすごいことになっている。

 それに呪いの数値も高い。でも、マックスは平気な顔であくびをしていた。


 呪いは暴食スキルで喰らったときに、体に負担がかかる。

 しかし、喰らった後は次第に体になじんでくる。

 マックスはこれほど高い呪いの数値を持っていても、大丈夫な理由はそこにあるような気がした。


『どうだった?』

「ちゃんと鑑定できる。マックスのステータスが見えたよ」

『これで少しは旅が楽になるだろう』


 俺はグリードにマックスの飛び抜けたステータスを伝える。

 今もセシリアを背中に乗せて、のんきな顔をしているマックス。

 しばしグリードは考えたあと、セシリアと同じように俺の力が流れ込んでいるのではないかという結論に達した。

 それを聞いたセシリアは驚きつつも、マックスの頭を撫でて喜んでいた。


「これはもう完璧な主従関係ね。フェイトも仲良くしないと!」

「なんかどんどん……俺と繋がりを持ったものが増えていく気がする」

「いいじゃない。私はあなたと縁を結べて良かったと思っているわ」


 セシリアは嬉しいことを言ってくれる。縁を結んだことがあるのは、ずっとアーロンだけだった。

 こうやって、輪が広がっていくのも心強い。仲間の絆以上の繋がりを感じるからだ。

 俺はマックスに近づいて、頭を撫でながら言う。


「お前も俺に協力してくれるのか?」

「ワン!」


 良い返事だ! でも、なぜ俺の手を味見するかのように甘噛みするんだ。


「うんうん、懐いているね」

「そう見える!? 手が口の奥へと入って、食べられそうなんだけど」

「フェンリルの愛情表現なんじゃない?」


 セシリアはとても好意的に見ていた。

 俺の手はよだれでベトベトになってしまった。マックスは縁を結んだといえども、魔物だ。人を食べたいという本能は、どうしても残ってしまっているようだった。


 それを甘噛み程度に抑え込んでいるのだから、マックスなりに頑張っているのだろう。


「人は絶対に食べるなよ。約束だぞ」

「ワンワン!」


 目をキラキラさせて、俺を一心不乱に見つめていた。

 そんな期待する目をされたら、飼い主としてご褒美をやりたくなってしまう。


「仕方ないな……」


 俺はバックパックから、干し肉を少し取り出した。

 その香りにすぐに反応したマックスは尻尾をすごい勢いで振るって、大量のよだれを地面に落としていた。鼻息は荒く、もう我慢しきれないといった感じだ。


「フェイト、早く上げたら」

「ちょっと我慢させようと思ったけど、初めからは無理かな」


 俺は干し肉を持った手をマックスの顔の前に差し出した。


 バクッ!!


「ぎゃあああああっ」


 マックスが俺の手ごと干し肉を咥え込んだ。

 そして甘噛みをすっかり忘れて、噛みつかれてしまったのだ。

 俺はすぐに手を引き抜いて、噛まれた箇所を確認する。くっきりとマックスの歯形が付いていた。


「痛っ」

「もう、マックスは魔物なんだから、犬のように食べられないわよ。ちょっと傷を見せて」


 セシリアの精霊術で傷を癒やしてもらう。


「はい、傷跡が無いように治したわ」

「ありがとう。ふぅ〜、びっくりした」


 マックスに目を向けると、耳を下げてしょんぼりしていた。どうやら、自分がしたことを理解しているようだった。フェンリルは賢い魔物なのかもしれない。


 少しずつ教えていけばいいだろう。

 俺はマックスを元気づけるために、顎下を撫でてやる。

 この場所は犬が撫でられると喜ぶ。果たして、マックスも同じだろうか?


「とても喜んでいるね」

「頭よりも、こっちのほうが好きなようだ」


 撫で撫でしていると、マックスのテンションがどんどん上昇してきた。

 しまいには、俺に飛びついてきた。


「ぎゃあああああっ」

「フェイトっ!」


 フェンリルの巨体が俺にのしかかってきた。撫でることに集中していた俺にとって、それは不意打ちだった。

 躱すこともできずに、下敷きになってしまった。


 マックスの有り余る力が凄まじかった。並の魔物なら、ぺったんこになっていただろう。ジタバタしても、マックスは喜ぶだけで、一向にのけようとしなかった。

 セシリアに引っ張り出されて、新鮮な空気をいっぱい吸い込んでいると、グリードに笑われてしまった。


『一緒にいるには、いろいろと教える必要があるな。フェイトパパ、頑張れ!』

「俺はパパじゃない!」

『なら、セシリアにママを任せるか。動物に扱いに慣れているようだしな』

「いいわよ。幼いことは沢山の犬が飼っていたし」


 セシリアは教育ママのような顔をしていた。これは期待できそうだ。

 ダークエルフの世界に着くことには、一人前のフェンリルになることだろう。

 俺がセシリアとマックスを見ながら頷いていると、


「フェイトも、もちろん協力するのよ!」

「わ、わかっているって……飼い主だしな」

『頑張れよ、フェイトパパ!』


 パパはやめろ!

 俺はまだそんな歳ではない。


 ちょこんとお座りをしたマックスを見つめる。

 素直なフェンリルだ。セシリアと一緒に教え込むことで、問題行動はなくなっていくだろう。

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