第290話 旅立ちの朝
俺たちはラムダの武具屋である二階を借りて、旅の準備をしていた。
食料や飲み水を含めて旅に必要な一式は、ライブラがまた用意をしてくれた。
先ほど、配下の司祭たちがわざわざ持って、俺たちに会いに来た。
彼らはそれと一緒にライブラの言づてを預かってきた。
【破壊されたP01を修理するために、代わりの演算ユニットを可能なら持って帰ってきたほしい】
グレートウォールは本来の力を取り戻した。しかし、エリスの攻撃によって、生体プラントを管理しているP01を含めて、コントロールルームが機能停止してしまった。
今は目に見えた影響はないが、次第に水や大地の管理が出来なくなっていくらしい。
最終的には水質悪化や、土壌汚染が進んで、人が住めない場所になるという。
この状況は俺としても、ハイエルフたちをさらに戦争へと駆り立てる一因になってしまうため、できればなんとかしたかった。
演算ユニットか……果たして、ダークエルフからもらえるのだろうか。
「フェイト、これを見てくれる?」
司祭たちから受け取った荷物の確認をしていたセシリアが俺に声をかけた。
バックパックから取り出されたのは、袋に包まれた弁当箱だった。
「おいおい……これってまさか」
「そのまさかみたい。袋の中から、紙が出来ていたわ」
そこへ書かれた内容は、【丹精を込めて作ったよ。ライブラより】だった。
冗談だと思っていたら、本当に手作り弁当を俺のために作ったのか!?
うううぅぅ……。俺は思わず、項垂れてしまった。
「セシリアが食べる?」
「ダメよ。ライブラさんは、フェイトのために作った物よ」
そう言って彼女は俺の弁当箱を手渡してきた。
受け取った俺は、仕方なく蓋を開けて中身を調べる。
『これは本当の手作り弁当だ! ライブラが夜なべして作ったわけか』
グリードは笑いのツボに入ったようで、爆笑していた。
俺はそれどころではない。なんてものを寄越してくれたんだ。
「毒とか入っていないだろうな」
『あり得そうだな。ここに捨て置くか』
「何を言っているのよ。すぐに腐らないように、きちんと調理されているし。第一、私たちを送り出してくれた彼が毒を盛る理由がないわ」
それはわかっているんだけど、俺の本能が拒否しているのだ。
かつて殺し合いまでした相手が作ってくれた弁当……もうこの響きだけで俺は胃もたれしそうだった。
『フェイト、覚悟を決めろ。これはお前のために作られたものだ。旅先で味わって食べるべきだろう……ぷっ、ハハハハッ!!』
「最後の笑いですべて台無しだっ!」
そして、セシリアまでも釣られて笑っていた。俺は頭を抱えてしばらく地団駄を踏んだ後、バックパックの奥に弁当箱を押し込んだ。
「これは俺が食べるよ……」
「悪かったわ。ごめん、ごめん。一緒に食べましょう」
ライブラが作った弁当をハイエルフたちに渡したら大喜びするだろう。
心証の違いでここまで扱いが違うとはな……。弁当に罪はない。
グリードの言うとおり、旅先で美味しくいただこう。
「弁当一つでここまで大騒ぎするとは思わなかった」
「言えてる。さあ、旅の準備の続きをしましょう」
ダークエルフがいるアリス島まで、ずっと陸路を使った歩きになる。さらにダークエルフが住まう場所は、氷に覆われた大地だという。
防寒対策はしっかりとしておいた方が良いだろう。ラムダから、対策された装備の提供を受けている。
俺はその装備であるホットインナーがバックパックに入っていることを確認した。
ホットインナーはセシリアの分も併せて、4枚入っている。
手に触っても今は温かくない。着て初めて、効果を発揮する物だからだ。
着用した者の精霊力を受け取って、発熱する生地で作られているためだ。
セシリアはホットインナーを見ながら言う。
「ハイエルフの精霊に関する技術には感心させられるわ」
「この技術を開発したのが、ロイだからな。なんか複雑な思いだよ」
「まあね……」
セシリアは頬を指先で触りながら、何かを思い出したように言う。
「ロイに地下施設で手に入れた精霊水を渡したんでしょ」
「ああ、とても喜んでいたよ」
俺たちが旅の用意をしていたら、話を聞きつけたロイが顔を出してきた。彼は予言者様の啓示ならと、俺たちの旅に賛同してくれた。
ロイに聞いた話だと、やはり今回のエリスたちの強襲によって、軍部内が大きく乱れてしまったようだ。夕食会であれほどの粛清をした後だ。
軍部を再編成しようとした矢先の攻撃だった。今の軍部はてんやわんやで、元老院議長も頭を抱えているとか。
そのこともあって、ロイからも今旅立つにはとても良い時期だとお墨付きをもらってしまった。
俺からは精霊水と一緒に、地下施設で目撃したアダムとイブというハイエルフのミイラについても情報もロイに教えた。
彼は食い入るような目で俺の話を聞いていた。そして俺が渡した精霊水を大事そうに抱えて、ラムダの工房から出て行った。おそらく、少しでも早く精霊水を解析したいのだろう。この調子なら、俺たちがハイエルフの街に戻ってくるときには、調べ終わっているかもしれない。
「ロイは害のない研究だけしていたら、無害なのにな」
「私も精霊水を受け取った時の彼を見て同じことを思ったわ」
俺とセシリアがしみじみと思っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「入っても良いか?」
ラムダの声だ。俺たちが返事をすると、ドアを開けて中へ入ってきた。
「忙しいやつらだな、お前たちは」
「すみません。突然押しかけてしまって」
「いいさ。もう戻ってこないと思っていたからな。こうして顔を見られただけでも良い」
ラムダは俺たちの旅の準備状況を見ながら、話を続ける。
「終わればすぐに出るのだな?」
「ええ、ラムダさんにはお世話になりっきりなのに……」
セシリアは申し訳なさそうに返事をした。彼女はラムダからもらった精霊の腕輪を壊してしまったこともあり、シュンとしていた。
そんな彼女にラムダは気にすることはないと言って、
「今の情勢なら、出立するな早いに越したことはない。ダークエルフの世界か……興味がそそるな」
彼は長い髭をさすりながら、昔を思い出しているようだった。
「何か気になることがあるんですか?」
「ダークエルフは好戦的な種族だ。ゆえに武具がハイエルフよりも発達していると聞く」
「現地に行って、良いものがあったら持ち帰りましょうか?」
「おおおっ、頼めるか!?」
「もちろんです。なあ、セシリア!」
「はい!」
俺たちの言葉にラムダは蓄えた髭をゆっさゆっさと震わせながら、喜んでいた。
「二人が帰ってくるまでの楽しみがまた増えたわい! おっと、そうだ。これを忘れるところだった」
ラムダがずっと持っていた細長い布袋を俺に渡してきた。
ずっしりと重い袋を開けて、中身を取り出す。
「とても良い剣だな。見たこともない技法で精錬されている。良い物を見せてもらった。これは儂ではなく、フェイトが持っておいて方が良いだろう」
それはハイエルフの街を襲った聖騎士が落としていった聖剣だった。
ラムダに預けようとしたが、鞘付きで返されてしまった。
「その剣は、お前さんと居たがっているように思える」
「わかるんですか?」
「長年武具を作り続けていると、こういったことがたまにある。それは強い意志が込められた剣だ」
綺麗な鞘を用意してもらっていることからも、ラムダは言葉以上にこの聖剣を大事にしろと言いたいのだろう。俺は受け取った聖剣をバックパックに丁寧に収めた。
普段なら、グリードは自分以外の剣を所持することを非常に嫌う。だけど、この聖剣だけは何も言わなかった。
「フェイト、準備完了よ」
「ああ、こっちも終わった」
バックパックを背負った俺たちは、ラムダに付き添われながら二階を降りて、工房がある部屋を通り過ぎていく。そこには作りかけの俺とセシリアの防具があった。
「戻ってきたときに渡そう。また会おう」
「「はい!」」
ラムダに見送られながら、武具屋を出る。暗かった空は明るくなりつつあった。
今日は良い天気になりそうだ。
俺たちは静かな商店街を歩き出す。ハイエルフの町並みにも慣れてきたところなのに、しばらくお別れだ。
朝になる頃には、グレートウォールを超えているだろう。
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