第288話 天竜と聖騎士
エリスの攻撃がコントロールルームを直撃したのだろう。
俺たちは地下施設にいたことで、アダマンタイトの隔壁に守られて助かった。
「あれは何!?」
「俺の仲間の……エリスだ」
「でも竜の姿をしているわよ」
「ああ、普段は人の姿をしているけど、今のあれが本来の姿だ」
エリスは竜になることをとても嫌がっていた。それがあの姿で攻撃を仕掛けてくるとは……。彼女の本気がひしひしと伝わってくる。
「でも、なぜ攻撃を?」
「わからない。でも、島がガリアに近づいているのをわかって、攻撃を仕掛けてきたとしか」
「ハイエルフたちが敵意を持って、ガリアに侵攻しようとしているバレてしまったの?」
「そこまでは……わからないはずだ」
『どちらにせよ。このままではロキシーが危ないぞ』
俺はコントロールルームの天井を見上げた。神殿の屋根まで大穴が空いていた。
エリスの攻撃がもしロキシーに直撃したら、ひとたまりもない。
管理用人工知能であるP01に状況を確認しようとしたけど、全く返事がなかった。攻撃によって壊れてしまったのかもしれない。
「ライブラ、どこだ!」
「見当たらないわ。ロキシーさんのところかも」
『急げ、フェイト』
礼拝堂の方か!
俺は緑髪の彼女を抱えて、走り出す。横にセシリアも一緒に来てくれている。
神殿を出たとき、またもや大きな衝撃音が木霊した。
「ハイエルフたちが攻撃を始めたわ」
「精霊獣か!」
『捨て身だな』
上空のエリスに向けて、顕現させた精霊獣を使い捨てのようにぶつけていた。
ゲオルクの襲撃で軍部は痛感したのかもしれない。防衛するなら決死の覚悟が必要だと。
精霊獣を弾丸に見立てた攻撃は、強力でエリスの翼の一枚を貫通した。
ぐらつくエリスの腹部と顎下に、追い打ちをかけるように二発の精霊獣が撃ち込まれた。
たまらずエリスが声を上げながら、高度を落としていく。
見かねた俺は彼女の名前を叫んだ。
「エリスっ!!」
その声に彼女は大きく反応した。精霊獣の攻撃をくらい続けているにも関わらず、声がした方は探していた。
そして俺を見つけた時、カッと目を見開いたのだ。
『いかん、フェイト! 殺気だっ!!』
「そんなバカな……エルスだぞっ」
しかし俺の思いは虚しく捨て去られた。彼女は大きく口を開けたからだ。
『まずいぞ。あっちはやる気だ』
「セシリア、彼女をライブラのもとへ」
「ええ、無理はしないで」
緑髪の彼女をセシリアに任せて、黒剣を引き抜く。
「早く、礼拝堂へ! ここは絶対に死守する」
セシリアが礼拝堂へ駆け込んだところで、エリスからの咆哮が放たれた。
俺は黒剣から黒盾に変えて、正面からそれを受け止めた。
この威力……信じられないけど、エリスは俺を間違いなく殺そうとしている!?
「このおおぉぉぉっ!!」
黒盾を押し上げて、咆哮を彼方へ飛ばす。
もし本来のステータスが全く戻っていなかったら、押し負けていた。
それだけでは終わらなかった。
エリスは精霊獣の攻撃をもろともせず、俺に向かって突貫してきた。
「狙われているのか!?」
『みたいだな。来るぞっ!』
巨体を活かした体当たりだ。黒盾で防ごうとするが、圧倒的な重さによって押し負けてしまった。
「くっ」
押されたまま、後ろの神殿に衝突する。そして何枚もの壁をぶち破って、最後は屋根を突き抜けたところで、エリスは首を大きく上に振った。
「ぐああぁ」
あまりのパワーに、俺は空高く吹き飛ばされた。
『見ろ、フェイト。ハイエルフの街を』
「広い範囲で攻撃を受けているな。でも一番の狙いは」
『神殿だな』
エリスはわかっているのだ。神殿の下には、この島を維持している施設があることを。
それでもなぜ、彼女は俺に攻撃を加えてくるんだ!?
答えはわからぬまま、追撃は終わっていなかった。
『また来るぞ!』
「エリスっ! 俺の声が聞こえないのか!?」
空中にいる俺に向けて、彼女は口を開けて噛み殺そうとしていた。それを寸前で身を捩って回避する。
ん!?
エリスの背から、人が飛び出したように見えた。
気づかなかった……ずっと人が乗っていたのか!
その者は聖騎士の服を着ており、見覚えのない顔の女性だった。
手には2本の聖剣。どちらも扱いやすいように短くしてある。
優しそうな顔つきなのに、俺を睨む形相はまさに復讐鬼と思わせた。
彼女は俺に向けて、2本の聖剣を振り上げる。そして剣身は輝き出した。
おそらく、グランドクロスの力が込められているのだろう。
「フェイト・グラファイト!」
その声と共に、彼女は2本の聖剣を振り下ろした。狙いは明らかに俺の首元だった。
大人しく首を捧げるつもりはないので、黒剣で受け止める。
重い斬り込みだ。この攻撃だけで、彼女の弛まない努力が聖剣に込められているのがよくわかる。
「君は誰だっ?」
俺の言葉を無視して、ぶつかり合った剣を押し除ける。離れ際に、俺へ右手の聖剣を向けた。
「グランドクロスっ!」
まさかこれほどの至近距離で放つとは思ってみなかった。
咄嗟に黒剣でガードするが、所詮は片手剣だ。黒盾並に俺の体を防御できない。
腹部に鋭い痛みが走る。彼女のグランドクロスを少しだけもらってしまったようだ。
崩れかけた神殿の屋根に着地して、傷を確認する。骨までは達していない。
装備をラムダが強化してくれたおかげだろう。
聖騎士も神殿の屋根に着地をした。ブラウン色の髪を風で揺らしながら、じっと俺を見ていた。
「待ってくれ、俺に戦う意思はない」
くっ、ダメだ。まったく取り合ってくれない。
聖騎士は屋根の上を駆けて、俺に向かってくる。もちろん、俺に聖剣を向けたままだ。
『フェイト、手を抜けば死ぬぞ!』
「わかっているさ。でも彼女が何者かも知らないままで」
横目で見たエリスはハイエルフたちを攻撃していた。飛び交う精霊獣の攻撃を巧みに躱しながら、咆哮で街を焼き払っている。
このままではいずれグレートウォールにも攻撃の手が及ぶだろう。
それだけはさせてはいけない。
黒剣を握る手に自然と力がこもる。
「くそっ!」
聖騎士が飛び上がって、2本の聖剣を俺に向ける。そして声高らかに、
「グランドクロスっ!!」
同時にアーツを重ねて攻撃してきた。通常なら使用できるアーツは一回だけだ。重ねがけなど今まで見たこともない、巧みなアーツの扱いに驚きつつも、すぐに黒盾で防御する。
神殿の屋根がさらに崩れるほどの衝撃が駆け抜けていく。
激しくぶつかり合い、次第に俺が持つ黒盾が押されていった。
このグランドクロスの重ねアーツは、単なる足し算の攻撃力ではない。
『フェイト、黒盾が弾かれるぞ!』
くっ! アーツによって黒盾は上にずらされ、俺の守りに大きな隙ができた。
それを聖騎士は見逃さない。
2本の聖剣が俺の心臓を目掛けて、突っ込んできた。
絶妙なタイミングだった。これは躱せない。
「フェイト・グラファイト!」
俺の名を叫びながら、渾身の力を込めてトドメを刺そうとしてきた。
だが、その剣先が俺の胸に届くことはなかった。
聖騎士を横から蹴り飛ばした者がいたからだ。そいつは自分で蹴った聖騎士が神殿の下へ落ちていくのを眺めていた。
「やれやれ……ここは神聖な場所だ。遊ぶなら他でお願いしたいね」
「ライブラ!」
先ほどの攻撃で、シワひとつない聖職者の服に、埃がついてしまったのだろう。ライブラは丁寧に払いながら言う。
「君のおかげで、正式な御神体が手に入った。ほら、見てくれ。グレートウォールが本来の力を取り戻そうとしている」
「壁が光を帯びている」
ロキシーがライブラを追い払うために、グレートウォールの力を使った時と同じだった。
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