第287話 開戦の咆哮

 見えた! 2階層への入り口だ。


「セシリア、あそこまでジャンプできそうか?」

「もう少し近づけたら、いけそうよ」


 緑髪の彼女を抱えた状態で、セシリアは頷いた。


「いざとなれば、風精霊の力を借りられるし」


 その言葉を信じて、俺は入り口であるハッチに近づくことだけに集中する。

 ハッチは今までの階層と同じで空いたままだ。


 あそこへ飛び込めば、すぐに2階層だ。


 魔物の頭に突き刺した黒剣で舵を取って、ハッチがある場所へ誘導していく。

 よしっ、このまま真っ直ぐ!

 いいぞ……ここだ!!


「セシリア、ジャンプを!」

「えいっ」


 セシリアが先にジャンプをした。軽やかに乗っていた魔物から離れる。そして、ハッチのすぐ下にある備え付けの梯子のところへ。

 その梯子を踏み台にして、ハッチに向けてもう一度ジャンプした。


 彼女は移動している最中ずっと風を纏っていたので精霊の補助を受けていたのだろう。


 ハッチにセシリアが入ったところを見届けて、俺も同じようにジャンプをした。


 俺がハッチから2階層へ出ると、セシリアは緑髪の彼女を床に置いて、へたり込んでいた。


「はぁ……緊張したわ」

「良い飛びっぷりだったよ」

「フェイトの無茶に付き合うのは大変ね」


 俺はセシリアに手を差し出した。彼女は困った人だと言いつつも、俺の手を握ってくれた。


 その手を引き上げ、セシリアを起こしながら言う。


「君がいなかったら、こうやって戻ることもできかったよ」

「それは地上に着いてからの言葉よ」

「ちょっと気が早すぎたかな」


 俺は入ってきたハッチを閉めて、ロックした。この下は空飛ぶ魔物が大繁殖している。

 もし、外に出てしまったら、阿鼻叫喚の地獄絵図になってしまう。


 これで危険な魔物を封じたぞ。


「彼女は俺の方で持つよ」

「わかったわ。私が道案内をするわ。あと魔物がいたら、倒していくわね」

「これを」


 セシリアにマスターキーを渡した。

 これで俺と彼女の最後の役割分担が決まった。


 俺は床に寝かされている緑髪の彼女を抱き上げる。最下層の容器から出た時よりも、体温が上がっていた。初めは氷のように冷たかったのに、今では俺の体温より少し高いくらいだ。


『心臓の鼓動がしっかりしてきているぞ。生命活動が整いつつあるようだな』

「もしかして、目覚めるかもしれないってことか?」

『可能性はある。果たして、人としての知性と意識があるのかは不明だが』


 そして、グリードはポツリと俺が気にしていることを言った。


『目を覚ませば、苦しくなるな』

「……そうかもな」


 俺はそれ以上、考えるのをやめるしかなかった。


「フェイト、準備はいい?」

「ああ、いつでもいける」


 セシリアはマスターキーから施設のホログラムを出して、上へのルートを確認する。


「こっちね。着いてきて」


 二階層は入り組んでおり、迷いやすい。それに加えて黒大蟻によって施設内の壁が尽く食い破られている。そのため、ホログラムから得られる現在位置がないとすぐにどこにいるのかわからなくなってしまう。


 もしセシリアから離れてしまったら、あっという間に迷子だ。

 先頭を走る彼女にぴったりくっついて進む。


「魔物はほとんどいないみたいね」

「巣ごと退治したからな」


 新女王蟻を守ろうと、この階層にいた働き蟻や兵隊蟻が巣に集まったようだ。

 それを精霊獣ベリアルで一網打尽にしたわけだ。おかげで大量のステータスも得たが、同時に【呪い】の恐ろしさも知った。


「フェイト! まだ残りがいたわ」


 前方にある壁の穴から、三匹の黒大蟻が顔を出していた。

 セシリアは魔物が反応するよりも早く、精霊術を唱える。


 風の刃が黒大蟻の首の付け根に滑り込む。スパッと鮮やかに切り飛ばされる頭部。

 走り抜ける俺の横で空中をくるくると回転していた。


『やるな。術の精度が上がっている』

「お褒めの言葉、ありがとう!」


 グリードに褒められて満更でもないセシリア。俺から見ても、彼女の精霊術はさらに向上している。ラムダからもらった腕輪が壊れてしまったのに、威力が変わっていないのだ。


 これらからも、彼女が今回の地下施設探索で成長したことがわかる。


 頼もしいセシリアのおかげで2階層から1階層へやって来れた。ここは赤ワームが縄張りにしている階層だ。


 数は多いが、彼女の敵ではなかった。赤ワームは取り逃がした獲物が戻ってきたので、群れをなして襲いかかってきた。

 それを精霊術で薙ぎ払う。


「無理をしていないか?」

「いいえ、不思議と力が有り余っている感じ。今までにない感覚なの……」


 明らかにセシリアの精霊力が以前にも比べて、格段に上がっている。限界を超えて、精霊術を行使したからだろうか。それだけでここまでの力が得られるだろうか。


 俺はこの現象に思い当たることがあった。以前にアーロンが限界突破して時とよく似ていた。グリードもセシリアの健闘ぶりを見ていくうちに、俺と同じ考えに至ったようだ。


『フェイトとセシリアに縁が結ばれたのかもしれん』

「やっぱり、グリードもそう思うか」

『これだけの能力上昇はそれ以外に考えられない』


 俺たちの会話を聞いていたセシリアは話に飛び込んでくる。自分のことをあれこれ言われていたら、当然だろう。


「縁ってどういうこと?」

「俺と一緒に行動していくうちに、暴食スキルによって俺とセシリアの間で繋がりができたみたいなんだ。俺のステータス……力がセシリアに流れ込んでいるんだと思う」

「フェイトの力が!?」


 セシリアは自分の両手を握ったり開いたりしていた。

 そのうちに、どこか腑に落ちたような顔になった。


「精霊術を使っても、力が溢れてくるから不思議だったの。到底、すべてが私からとは思えなかった。この力の源がフェイトから得たものとすれば、納得だわ」


 俺はたくさんの魔物を喰らって、自分でも扱えきれないほどの精霊力を溜め込んでいる。それをセシリアに有効利用してもらえるのは、俺としてもありがたい。

 セシリアは俺と縁を結んだことは、特に気にしていないようだった。

 それよりも、自分が精霊術を連発したことで俺の負担になっているかもしれないと気にかけていた。


「私がフェイトの力を使っても大丈夫?」

「俺は精霊術が扱えないから、問題ないさ。今のところ、体に何の負荷もないし。それより、俺のステータスを利用できるのは初めてのことなんだ。何かあったら、すぐに教えて」

「うん、了解したわ」


 今のところ、俺のステータス内の【精霊力】の一部を扱えるようだ。

 他の数値も使えるようになるかは、今のところ不明だ。


 セシリアは自分の力が飛躍的に上昇した理由がわかったことで、今まで以上に思い切りの良い攻撃にしていた。それを受ける赤ワームは、瞬く間に蹴散らされていく。


「着いたわね」

「やっと地上だな」

『やれやれだ』


 この梯子の上に行けば、P01が待つコントロールルームだ。

 もう一息! そう思ったとき、大きな振動が俺たちを襲った。

 地上で大きな爆発があったらしく、瓦礫が雨のように降ってきた。

 俺はすぐに黒剣から黒盾に変えて、セシリアと緑髪の彼女を守る。


「一体、何があったの!?」


 まさかの足止めに不安な顔をするセシリア。

 俺だって同じだ。いやそれ以上に、恐れていたことが起きている。

 グリードはその者の魔力を感じているようだった。


『フェイト! まずいぞっ』

「まだハッチは塞がっていない。早く出よう。セシリアは俺に捕まって」


 俺は黒盾で周りの瓦礫を吹き飛ばす。

 セシリアが俺の背中に抱きついたことを確認して、飛び上がる。

 そのままハッチを抜けて、コントロールルームへ。


「嘘でしょっ……」


 俺の背中にいたセシリアは腕を緩めて、瓦礫が散乱する床に足を付ける。

 コントロールルームはほとんど原型を留めずに破壊されていた。

 そして、空には巨大な竜がハイエルフの街を見下ろすように旋回中だ。


 真っ白な竜は、大きな八枚の翼を広げて地上へ咆哮した。

 あの姿は間違いなく天竜だ!

 そして、エリスのもう一つの姿でもあった。

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