第286話 地上へ
俺の中で懐かしい力が戻ってくるのを感じた。
《ステータスの体力、筋力、魔力、精神、敏捷を復元中です……》
《スキルを復元中です……》
無機質な声が、状況を教えてくれる。
失った力が蘇りつつあった。
そして、変化は俺だけではない。グリードも同じだった。
『フェイト、俺様の力が戻ってくるぞ。第四位階までいけそうだ!』
今までは黒剣と第一位階の黒弓までしか使えなかった。
それが、第二位階の黒鎌、第三位階の黒盾、第四位階の黒杖が、また扱えるようになったという。
すべて元に戻ったわけではないけど、これだけの手数が増えれば、本来の戦い方ができる。
「間違いない! ガリアに着いたんだ」
「そんな、予定ではまだ一日あるはずよ」
体内時計が正確なセシリアが言うのだから本当だろう。
同じようにグリードも頷いている。
『だが俺様たちの力は戻りつつある。これが意味するのとは一つしかない』
「……彼女を地上へ送れないのに」
セシリアは眉を寄せて、状況に困惑しているようだった。
緑髪の彼女をボタンひとつで地上へ送れなくなった以上、俺たちで運ぶしかない。
「彼女を容器の外へ出しても大丈夫なのかな」
『どちらにせよ。液体が漏れていっている。ほっといても、そのうち空っぽになるだろうさ』
「他に方法はない」
そうこう考えている間も、容器のひび割れは大きくなり、大量の液体が漏れ出ていた。
俺は彼女を外へ出すために容器に触れた。その瞬間、黄金色の強い光が彼女の全身から発せられた。
容器は砕けて、彼女は俺の腕の中へ収まった。
『何が起こった?』
「わからない」
「フェイトに反応したように見えたけど……」
俺は彼女を全く知らない。なのに俺に反応するなんておかしい。
『まあ、結果オーライだ。中から出してたら、形を保てないかと思ったが杞憂だったな』
俺たちが見守っている中で、彼女は大量の液体を吐いた。動いたのはそれっきりだった。
裸のままでは、目のやり場も困るので俺の上着をかける。
「地上へ戻ろう」
『上は大慌てだろう』
「急ぎましょっ」
俺が背負っていたバックパックはセシリアにお願いする。
緑髪の彼女を抱き上げて、避難ルートを引き返す。10階層の研究室を他にも調べたかったが、今はそんな余裕はない。
セシリアも同じ気持ちだろう。走る傍で横目で見ると、彼女はチラチラと研究室の入り口を目で追っていた。
ハッチがある部屋に入って、セシリアに声をかける。
「俺に捕まって! ジャンプをして一気に上にいく」
「えっ……わかったわ」
俺の発言に驚いた彼女だったが、すぐに賛同してくれた。
セシリアが俺の背中に被さって、落ちないようにぎゅっと手に力を入れた。
『どれほど力が戻ったのか、俺様に見せてみろ!』
「ああ、見せてやるさっ」
足に力を込めて、飛び上がる。ステータスの筋力値が確かに適用されていた。
「きゃっ!」
思いのほか、勢いが強かったのだろう。俺を掴んでいるセシリアの手がしがみつくように変わった。
一度目のジャンプで、半分ほどこれた。横にあるハシゴを足場にして、もう一度ジャンプ!
「よっと!」
『全盛期ほどじゃないな』
「それをいうなら、グリードもだろ!」
感覚的には、全盛期の半分くらいだろう。それでも、今の俺にとっては十分すぎる力だった。戻ったステータス値が、【呪い】を押さえ込んでくれているようで、体の調子もいい。
島がガリアに着いて、状況は切迫している。
急いで、地上に戻らないと!
焦る気持ちは心の中にとどめて、細心の注意を払って9階層へ登る。緑髪の彼女を傷つけるわけにはいかないからだ。
「よしっ、9階層だ! セシリア、このまま捕まっていてくれ」
「わかったわ!」
彼女はもう俺に任せた方が良いと思ってくれたようだ。
『いけっ、フェイト号!』
「俺は馬じゃないっ」
悪ノリのグリードは放っておこう。
でもセシリアを乗せているのは本当だ。急いでいるし、ここは馬車馬のように走るか。
9階層は避難ルートは一直線で進みやすい。上の階層へのハッチの部屋にはすぐだった。
「8階層へ行くよ」
俺は大きくジャンプをして、8階層へ向かう。
「フェイト、この先はどうするの? 足場がほとんどないわよ」
「大丈夫、方法はある」
『また面白そうなことを考えているな』
グリードの期待に添えるのかどうかはわからない。けど、楽しめるかもしれない。
8階層に登り、天井が崩れた通路を進んでいく。しばらくして、通路も瓦礫に塞がれてしまった。
「これ以上は先に進めないか」
俺はセシリアに降りてもらう。そして腕に抱いていた緑髪の彼女をセシリアに渡した。
「どうするき?」
「上に向かって、瓦礫を吹き飛ばす」
俺は鞘に収めたまま黒剣を上段に構えた。
『まさか、あれをやるのか!』
「そうだ、取り戻したスキルを使う」
黒剣を鞘に収めることで使えるスキル。鞘には擬似的に聖剣として扱える拡張機能がある。
鞘に魔力を注ぎ込み、高める。
これを使うのは久しぶりだ。
聖剣技スキル……アーツ!
『「グランドクロスっ!」』
聖なる浄化の光が瓦礫を包み込んで、吹き飛ばした。
Eの領域の魔力を込めたのだ。その威力は絶大だった。
無数の瓦礫が高く飛んでいき、上空を旋回していた魔物たちにぶち当たる。
そして、貫通して次々と屠っていった。
《暴食スキルが発動します》
《ステータスに総計で精霊力+3600、呪い+1800が加算されます》
頭の中で聞こえる無機質な声がステータス上昇を教えてくれる。
これくらいの【呪い】なら、黒大蟻を喰らったときに比べれば大したことない。
少しだけ胸が痛む程度だった。
俺たちはグランドクロスによって、できた穴をせっせと登った。そして瓦礫の上に立った。
ここは3階層から7階層までが破壊された瓦礫の溜まり場だ。
「フェイト! 魔物が襲ってくるわ」
身構えるセシリアを制して、俺は言う。
「これを待っていたんだ。この魔物に乗って上を目指す!」
「本当に入っているのっ!」
「ああ、本気さ。彼女を頼める?」
「こうなったら、覚悟を決めるわ!」
俺は魔物を操縦しないといけない。緑髪の彼女はセシリアに任せるしかない。
魚のような形をした魔物が、大きな口を開けて俺たちに襲いかかる。
「よっと!」
俺はそれを躱して、頭の上に飛び乗った。セシリアもそれに続いて、背中に乗る。
大きな魔物だ。俺たちが上にいても、飛ぶことには問題なさそうだ。
しかし、食べようとしたものが、自分の頭上にいるのが気に入らないようだった。
体を捻らせて、瓦礫の山で押し潰そうとしてきた。
「そうはさせるかっ!」
黒剣を頭に突き刺して、思いっきり捻った。
魔物はたまらずに身を捩って、方向転換!
上へ向けて泳ぎ出した。
「いいぞ! そのまま昇っていけっ」
『俺様を操縦桿にするんじゃないっ!』
グリードから苦情が入っているけど、お構いなしだ。
セシリアが緑髪の彼女を抱えたまま、魔物の背びれにしがみついていた。
「セシリア、しばらく我慢してくれ」
「こっちは気にしないで」
今はその言葉に甘えさせてもらおう。
順調に上昇していく俺たち。しかし、周囲の魔物たちはそれを良しとは思わなかった。
階層を降りていくときに、たくさん大暴れしたのだ。
魔物たちは俺らをよく覚えていた。あのとき、食い逃したものたちがまた来たと言わんばかりに、次々と襲いかかってきた。
俺は黒剣で乗っている魔物を操縦して回避するが、如何せん数が多い。
『おいっ! 操縦士、もっと右へ傾けろ!』
「あんまり無茶をすると魔物を殺してしまうんだよ」
無理に操作すれば、魔物に負担がかかってしまう。魔物が死んでしまうと、俺たちは落下して、また瓦礫の上だ。
すでに5階層くらいに上昇している。ここで落ちるわけにはいかない。
『フェイト、上だ!』
「くっ、あいつか!?」
下からの攻撃に集中し過ぎていた。頭上から空マンタが急降下してきたのに気付けなかった。
俺たちが乗っている魔物を包み込むほど大きい。
これは躱し切れない!?
黒剣の舵を切るがもう遅い。そう思ったとき、俺の後ろから幾重もの風が駆け抜けた。
そして風の刃が空マンタの左の胸ビレを切り裂いた。
「どう、私もやるでしょ! あの魔物には苦汁を飲まされたからね」
「リベンジ成功だな」
俺たちを横切って、空マンタを下へ落ちていった。
手負いの大物の落下に、俺たちを追いかけていた魔物たちは嬉々として食らいついていく。これが地下施設に住み着いた魔物たちの弱肉強食の世界なのだろう。
『道が開けたぞ!』
「このまま、二階層へ上がるぞ!」
地上まであともう少しだ。俺は魔物の頭に突き刺した黒剣で操作する。
魔物は大きな体をくねらせた後、勢いよく上昇していった。
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