第285話 三賢人(14)
俺はマスターキーから浮かび上がったホログラムを確認する。誘導指示は目の前のドアを差していた。間違いなくこのドアの先が、目的地の培養室だ。
「開けるぞ」
「ええ……」
セシリアは息を呑んで、ドアを見つめていた。上の階層で見た者たちを思い出しているのだろう。培養室と言うくらいなので、あそこと似たような場所だと容易に想像できた。
マスターキーを認証機器にかざした。
すぐにドアは自動でスライドして、室内が顕になる。
「うっ」
「ちょっと……こんなことって」
いきなり吐き気を催すものを見せつけられるとは、予想外だった。
赤い液体に満たされた小さな容器が4段に別れて、ずらりと並べられていた。
その中の一つ一つには、人間のものと思われる各臓器が収められている。しかも、その状態で活動しているようで、血管が脈打っていた。
『これは人体の一部を製造しているのだろう』
「製造!?」
『見ろ、一番下の容器を! あれはどこの部位にもなっていない小さな核に見える』
それが上の段に行くほどに、人間の体のパーツとなって成長していた。
「なぜ、こんなことをわざわざ」
『グレートウォールを維持する御神体は、誰でもいいわけではないのだろ?』
「ああ、そう聞いている……」
『それに対応した者を生み出すよりも、こっちの方が簡単だったのだろう』
生み出すのではなく、創り出すことを三賢人は選んだようだった。
『フェイト……これを見てっ』
セシリアの悲痛な声に駆け寄ると、そこは臓器などを集めて、体を組み立てている最中だった。
上半身だけが出来上がっており、残りは機械のアームがせわしなく臓器を運んでは繋いでいた。
『継ぎ接ぎだらけなのに、縫合部がまったくないな』
「高度な技術なのでしょう。でも、これではあまりにも……」
まだ皮膚がないため、性別はよくわからなかった。
覗き込むと、剥き出しの眼球が俺たちを見ているような気がした。
『見ろ、組み立てが終わった者は、また液体に付けられるみたいだ』
「皮膚ができていってる」
電気のような刺激を絶えず、容器内に流していた。
それによって、中身が剥き出しだった体を覆うように皮膚が次第に現れていった。
ずらりと並んだ容器。それらを進みながら奥へと見ていけば、皮膚の作られていく経過がよくわかった。
完成した姿に俺たちは、見惚れてしまった。とても美しい女性だったからだ。
「人間に見える」
「エルフやハイエルフではないわね」
『見た目だけの話だ。中身は別物だろう』
長く伸びた緑色の髪。その色は、木々が春に芽吹き始めた新緑を思わせた。
優しく柔らかい色だった。
髪の色だけでなく、表情からも優しそうな人に感じられた。
『うまく出来上がっていない者もいるな』
「……あぁ」
肌をうまく作り出せなかったようで、顔などがドロドロに溶けていた。
俺たちが見つめていると、その容器に動きがあった。
容器の上にあった緑色のランプが、突然赤色に変わったのだ。
その途端、中の液体と共にその者は、足元に空いた大きな穴に吸い込まれていった。
「何が起こったんだ……」
『おそらく、失敗作として廃棄されたのだろう』
「……酷い」
御神体の工場は無慈悲だった。
グリードの見立てでは、少しでも見た目が劣った者や何らかの疾患を抱えた者などは容赦なく、俺たちの目の前で廃棄されていった。
その厳しい選抜を乗り越えた者が、先の工程に進めるようだ。
「あれだけいたのに、こんなに少なくなるのか……」
『ざっと見た感じ1000体に1体くらいだろうな』
「そんな……」
セシリアは手で口を覆って、目の前の容器に入れられた者をまっすぐに見られないようだった。
そんな確率では、俺たちがいる場所に来れたこと自体が奇跡に思えた。
『まだ終着点ではないようだな。あの個体を見ろ』
「顔が溶け始めている!?」
『形を保てなくなるのだろう。元は継ぎ接ぎだからな』
グリードが言った通り、それ以外の者にも同じ症状が現れていた。
酷い者は、臓器がこぼれ落ちて容器の中が悍ましい光景に成り果てている。俺はそれらから目を逸らすことなく、すべてを見続けた。
肉体的に問題が解決した者は更なる工程へ進む。
液体に浸けられたまま、頭上に真っ白な輪を被らされている。その輪から、黄金色の粒子が溢れ出ていた。
「あの輪から精霊を感じます」
「金色の粒子のような物も精霊?」
「精霊から発せられる力のように感じるわ。上で見たアダムとイブの精霊水に似てない?」
そう言われて、バックパックから、汲んでおいた精霊水を取り出す。
見比べてみると、よく似ている。
『その装置を使って、何かを調べているのは確かだろう』
「たぶん、ここでグレートウォールを維持できるのかを調べているんだと思う」
セシリアの推測は当たっているだろう。
なぜなら、ここが最後の工程だったからだ。
そして、クリアできた者は俺たちが見ている中では一人もいなかった。
『数えきれないほど創り出して、廃棄される。……まるでガリアだな』
「三賢人はガリアから流れて、ここを創ったんだろう。考え方は一緒なのかもな」
『これが効率的だとはな……長い年月をかけた末の結果がこれだけか』
「たった1人だ」
グレートウォールの負荷試験をクリアした者が俺たちの前にいた。
今までと同じように液体が満たされた容器に入れられている。ここまで辿り着くためにどれだけの同胞が処分されたのだろうか。
穏やかに眠っている彼女にそれを知る由もない。
「見て、フェイト! 容器の水が変わっていくわ」
俺たちがここへ訪れたことに反応したのだろうか。
彼女を中心に水が黄金色へと変わっていく。アダムとイブが浸かっていた精霊水と同じだった。
彼女のそばにあった端末が『complete』と表示した。
まさか、今完成したということか!?
「フェイト、どうするの?」
『決める時が来たぞ』
緑髪の彼女は、創られた人だ。俺たちのような意志があるかもわからない。
だからといって、このままロキシーの代わりにグレートウォールに与えてもいいとは言えない。たとえ、御神体として創られた存在だったとしてもだ。
それでも、ここまで来た理由には逆らえない。
「……ごめん」
俺はマスターキーを端末にかざした。
「グリード、彼女を地上に送る。サポートを頼む」
『……わかった。俺様を機器の前に』
鞘から抜いて、グリードに機器の操作を任せる。その間、俺とセシリアはずっと黙ったままだった。
『終わったぞ。あとは、画面の実行ボタンを押すだけだ』
このボタンを押せば、緑髪の彼女をP01の元へ届けられる。そのあとはライブラが新しい御神体として、ロキシーと入れ替えてくれるだろう。俺たちが地上に戻った時には、ロキシーは目覚めていることだろう。
そうだ。このボタンさえ押せば、ロキシーはグレートウォールから解放されるんだ!
「帰ろう、地上へ」
ボタンを押そうした時、培養室が大きく上下に揺れた。
あまりの衝撃に俺たちは対応しきれずに、天井に叩きつけられた後、床に落ちて転がった。
「……何が起こったんだ!?」
俺はまだ何もしていないのに。
『フェイト、まずいぞ。さっきの振動で容器がっ』
俺は起き上がり、緑色の彼女が浸かっている容器を確認する。
大きなヒビが入って水漏れしていた。周りにある容器も似たようなもので、すでに破壊されているものまである。培養室に甚大な被害が出ていた。
『早く、実行ボタンを押せ』
「ああ」
しかし、端末の画面には『ERROR』と表示されており、俺の操作を受け付けない。
「くそっ、さっきの振動は何なんだ?」
グリードはしばらく黙っていたが、何かを感じ取ったようだった。
『……これは魔力か!?』
「魔力だって? グリード……この世界に魔力はないんだ……そんなことは」
意識を集中すると、信じられないが本当だった。ずっとずっと遠くに魔力を感じる。
魔力は、俺がいた世界だけにある。
それを感じるのは……まさかさっきの衝撃は島がガリアに接岸したからなのか!?
さらに今までに聞いたこともない音が俺たちの耳に入る。
島全体が軋んでいるような音だった。
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