第284話 三賢人(13)
俺たちは少しの時間、容器に入れられたミイラたちを眺めていた。
端末からは、ほとんど情報は得られなかった
わかったのはあの容器を満たしているものが精霊の力を含んだ純水といったくらいだ。
精霊……ん!?
その言葉に俺は最高にイカれた男の顔が頭に浮かんだ。ロイ・ダーレンドルフだった。
あいつなら、この精霊の水を調べることができるかもしれない。
俺は背負っていたバックパックから、わずかに飲水が入った水筒を取り出した。
その中身を飲み干したあと、ミイラの入れられた容器の上に登る。
「フェイト、何をする気?」
「ちょっとだけ、この水を拝借させてもらって、ロイに調べてもらうんだ」
「ああ、彼って精霊研究の専門家だったわね」
俺は容器の蓋を開けるために、取り付けられていた回転式のハンドルを動かす。
初めは固く締め付けられていたが、ギィーギィーと軋む音を立てながら、回り始めた。
しっかりと弛んだところで、ずっしり重そうな金属製の蓋を開ける。
おおっ! 上から覗き込むと、横で見るのとは違って、液体の発光色が強まっていた。
左手で蓋を押さえながら、もう片方の手に持った水筒でそれを掬い上げた。
もう一度来れるとは思えなかった。だから、たっぷりと汲んで水筒の中にいっぱいになるほど、満たしてやった。これでロイもニッコリである。
俺が蓋を閉じようとした時に、グリードは言う。
「ミイラの一部を採取したほうがいいのではないか?」
「遺体を傷つける趣味はないよ。それにこの水に触れない方がいい感じがするんだ」
「予感ってやつか。まあ、よくわからんものに無闇に触るのは危険か」
ここであえてリスクを犯すわけにはいかない。今やっていることはここにきた本来の目的ではないのだから。
この水筒に入った黄金の純水——精霊水だけでも十分な成果だ。
「まったくグリードは強欲なんだから」
「ハハハッ、これは俺様の性だ」
しっかりと蓋を閉めたところで、俺は飛び降りてセシリアの側に着地をした。
「おまたせ!」
「ロイさんがそれを見たら、喜ぶでしょうね」
「狂喜乱舞する姿が思い浮かぶよ」
セシリアはその姿を想像したのだろう。
口に手を当てて、笑っていた。
バックパックの中心に水筒を入れて、準備完了!
この研究室を出る前に、もう一度だけミイラたちを眺める。
「フェイト、行くわよ」
「ああ」
ん? 呼ぶ声に振り向こうとした時に、ミイラの指がわずかに動いたような気がした。
いや、気のせいかな。あれはもう亡くなっているんだ。
容器に満たされた精霊水の流れがたまたま起こって、動いているように見えただけだろう。
俺はドアで待つセシリアの元へ。
「どうかしたの?」
「いや、その……ミイラが生きているように見えちゃってさ」
「何それ。ずっと見ていたけど、全く動かなかったわよ」
「だよね」
セシリアはまったく寝ていない俺を心配しているようだった。
柔らかいベッドで一眠りしたいところだけど、それはまだまだ先のことだ。
ドアから出ると、自動的にロックがかかった。
またしても、グリードの力を借りなければ、開かずのドアとなってしまった。
俺はマスターキーでホログラムを起動して、ルートを表示させる。
「元の避難ルートに戻ろう」
最初に入った研究室に行って、そこから避難通路に戻ることにした。
「この研究室ね」
改めて、容器に入ったハイエルフになれなかった者たちを見ていく。
これらは元人間だ。そう思ってみても、やはり手足の長さや顔つきからは、違う種族に感じられた。
それだけ素体となった人間が三賢人によって、良いようにいじくりまわされたということだ。
ハイエルフにはそのような過去がありながら、今度は獣人に対して牧場と銘打って品種改良という馬鹿げたことをしている。そして、彼らは元を辿れば人間だ。
祖たる人間もスキル至上主義の中で、持たざる者たちを苦しめている。
環境が変わっても、見た目が変わっても、似たようなことをしている。
もしかしたら、人間はこの本質から逃げることができないのかもしれない。戦争も生存への本質だとしたら、やはり避けられないのだろうか。
「……フェイト、あまり抱え込まないで」
「セシリア」
彼女は俺の様子に気がついたようで、背中に手を当てて摩ってくれた。
手からの温かみに、その時だけは忘れさせてくれるような力があった。
「10階層へ行こう!」
「とうとうゴールね」
『やっとだな。さっさといくぞ、フェイト!』
グリードに尻を叩かれながら、避難ルートへ。そこからハッチがある部屋まで一直線だった。
またしても厳重なドアによって、ハッチがある部屋が守られていた。
「フェイトの出番ね」
マスターキーを認証機器にかざすと、ピッピッピッと聴きなれた音と共に、ドアが自動的にスライドして開いた。
『ここも高純度のアダマンタイト製だな』
「10階層も同じく厳重だな」
『グレートウォールを維持する御神体のスペアがある場所だ。力も入るだろうさ』
その割に三賢人は地下施設ごと放ったらかしだった。地上の生態プラントにも関わっていない。
御神体に問題がでても、帰ってくることもない。
彼らにとっては、これらはすべていらない存在なのだろうか。
創り上げた5つの島の内、3つの生態プラントはすでに崩壊している。それでも三賢人は現れなかったからだ。
「フェイト。まだ時間はあるから、この部屋で休憩していく?」
「いや、このまま先に進もう。培養室まで行ってすべてが終わってからにするよ」
「……わかったわ」
セシリアは俺の言葉を受け入れたが、表情は逆だった。俺を心配してくれているのは理解している。
これは俺のわがままだ。
まだ、ロキシーの代わりに御神体のスペアをグレートウォールに捧げる心の準備ができていないからだ。ここで立ち止まっていたら、答えがでないまま、ずるずると時間だけがすぎてしまう。
もうここまで来てしまったのなら、すでに答えは出ているのにだ。
俺はマスターキーをハッチにかざした。
重たいハッチがゆっくりと開かれていく。この下にあるのが最後の階層だ。
「ここと同じで、しっかりと空調が効いているわ」
『空気、湿度も問題なしだ。これなら御神体のスペアもしっかりと管理されているだろう』
グリードが安全を確認したことで、セシリアが先に降りていった。
おそらく俺に気を遣ってくれてのことだ。
すぐに彼女を追いかけて、備え付けられたハシゴに手をかける。
セシリアは手すりを滑らせて、足を使わずに流れるように下へ向かっていた。
これはゆっくりと降りている暇はなさそうだ。
俺も彼女の真似をして一気に10階層へ。床に足がついた時には、セシリアは壁を叩いていた。
「ここも上の階層と同じね。いや、もっと分厚いかも」
『おおっ、わかってきたな。これで一人前のアダマンタイト鑑定士だ』
「なんだよ、それ」
俺はマスターキーで、部屋のドアを開ける。そしてホログラムを確認した。
培養室は、この先を真っ直ぐ行って、左に曲がった先にあるようだ。
「他の場所は、後で調べよう。今は培養室に向かおう」
「そうね……そのために来たんだものね」
『いくかっ!』
通路の照明は9階層と同じで、とても明るい。床や壁は真っ白で埃ひとつない。
鏡のように磨かれた通路を進んでいく。
「ここはちゃんと足音が聞こえるね。話し声も聞こえるわ」
「防音はされていないな。もしかして、上の階層で過剰なほど防音されていた理由って……」
少し言葉にするのに戸惑っていると、グリードに先を越されてしまう。
『ハイエルフへの実験に使われた者たちの呻き声や悲鳴を消すためだろう。ガリアでも似たような場所がたくさんあった』
グリードは、まるで自分が体験してきたかのような口ぶりだった。
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