第283話 三賢人(12)
『ピッピッピッピー……失敗しました』
認証機器から聞こえてきたのは、思ってもないものだった。
ええっ、これってマスターキーだぞ。どこでも開けられるんじゃないのか?
もう一度、試してみたけど同じ結果だった。
「P01の仕業かしら?」
「これを渡してもらった時は、そんな感じはしなかったけど」
俺とセシリアはマスターキーを眺めながら、首を捻る。
見かねたグリードが自分を認証機器にかざすように言った。
『俺様が見てやろう。どれどれ……なるほど……そういうことか』
「わかったのか?」
『ああ、ここに入れる者は誰一人いない。誰であろうと拒否するように設定されている』
マスターキーを持っている者さえもか。
「入れるようにできそうか?」
『無理だ。外側からの接触を全て無効化されている。開けるなら力ずくしかない』
時間はまだある。3階層から8階層は魔物によって隔壁ごと破壊されていた。そのため、ここまで大幅にショートカットできている。
目的の10階層はこの下だ。俺はセシリアのチラリと顔を見た。
この階層はハイエルフの研究をしている。それはエルフである彼女のとっても、有益な情報となるだろう。もしかしたら、ゲオルクの真意に近づける探し物が見つかるかもしれない。
それを望んでいるような……期待するような表情だった。
「こじ開けよう」
俺は黒剣を鞘にしまった。
そして構えて、深く息をする。セシリアは、後ろに下がって距離をとった。
目の前のドアは分厚く、高純度のアダマンタイト製。
中途半端な抜刀では、いくらグリードの刃が鋭くても、活かすことはできない。
鍛錬で体は覚えている。斬れないとは決して思ってはダメだ。
その瞬間に剣は鈍ってしまう。
斬れた結果だけを頭の中でイメージするんだ。それに近づけるための過程に集中しろ!
鞘からすっと抜いた黒剣は、ドアに吸い込まれるように綺麗な軌道を取った。
剣先がドアに溶け込むような感覚だった。まるで空を切っているように黒剣は、ドアに食い込んだまま、走り抜けた。
『腕を上げたな』
グリードの褒め言葉。
それも俺の心にはとても遠くに聞こえるほど、意識は黒剣に宿っていた。
刃がドアから抜け切ったところで、横へ斬り返す。
さらに上へ黒剣を走らせる。
『見事だ!』
ドアを大きく三角形に斬り込んだ。
俺は大きく息を吐きながら、黒剣を鞘に収めた。
「すごい! でもドアに斬った後が見当たらないわ」
「押してみて」
「こう? ……うあっ!」
セシリアが俺が斬った場所を押したら、ずるりと滑って向こう側へ落ちた。
人が一人ほど入れるくらいの三角形の入り口の出来上がりである。
『やっと高純度のアダマンタイトが斬れるようになったな』
「かなり集中しないといけないし。実践にはまだまださ」
少しはグリードの本来の性能を引き出せたと思う。
俺は、断ち切ったドアの切り口に指を当てる。わずかにざらついていた。
やはり、まだまだのようだ。
「中へ入ろう」
俺とセシリアはゆっくりと見回しながら、研究室を思われる部屋に踏み込んだ。
照明は自動で付くことはなく。薄暗いままだった。
たくさんの容器が並んでいるが、そのほとんどが空だ。
「廃棄された研究室なのか……」
「奥にまだ続いているわ」
先に進むと、淡い光が見えてきた。その光に導かれるように、歩いていくと……。
黄金色の液体に浸かったミイラが容器に入れられていた。その数は2体。
液体が光を放っている。それは今まで見た物と明らかに違った。
「ハイエルフのミイラか……」
「ええ、特長からおそらくは……。なぜ、このようなものを保存しているの」
三賢人にとって、このミイラたちは特別なものなのだろうか。
入れてある容器も、綺麗に装飾されているし。
「男性と女性ね。見て、フェイト。下に名前がある」
「アダムとイブか……名前まで付けているってことは」
『今までにないことだな』
名前をつけて大事にされているというよりは、研究成果の標本として飾ってあるようにも感じられた。
このミイラたちがそれを望んだとはとても思えない。俺はそっと容器を触ってみる。
手が痺れるほど冷たかった。
それと同時に流れ込んでくるものがあった。
「セシリア! 触ってみてっ」
「えっ、どうしたの?」
「いいから」
俺よりも彼女の方が専門家だ。
セシリアは少し戸惑いながら、ミイラが入った容器に触れた。
「ん!? これって……そんなはずは……でも確かに感じる」
「やっぱりセシリアも感じるんだね」
「ええ、これは精霊よ。しかもミイラの中から発せられている」
亡くなった者に精霊は宿らないはずだと彼女は言った。
俺たちがここまで見てきたハイエルフになれなかった者たちは、一様に精霊を持っていなかった。亡くなった時に、精霊を失うのがセシリアにとっての常識だった。
しかし、ミイラとなっても精霊を宿しているものが目の前にいる。しかも、2体もだ。
「この黄金色の光は漏れ出した精霊の輝きなのかもしれない」
『死後も精霊の加護を受けている者たちか。三賢人たちが大事にしているわけだ』
「もしかしたら、魂もこの体にまだとどまっているのかもしれない」
スキルは魂と結びついている。精霊も同じならどうだろう。
このミイラたちの魂が、枯れて体にまだあり続けている証拠だとしたら。
三賢人は生命を冒涜するだけに飽き足らず、死すらも弄んでいることになる。
「くっ」
「……フェイト?」
セシリアが顔を伏せた俺の背中に手を置いた。
俺は三賢人のことをこれ以上悪く言える立場にいない。暴食スキルによって、生命の命を奪い……魂を喰らっている俺が言えるわけがないからだ。
俺の生まれ持ったどうしようもない性だ。
セシリアに心配はかけられない。これは俺の問題なのだから。
「なんでもない。ここまでする三賢人にイラッとしただけさ」
「そうね。彼らにとって、生命は道具や材料の一つなのかもね」
『綺麗に組み上がったものは、こうやって高らかに飾られるわけか』
じゃあ、生命は俺にとっては……いや、やめておこう。
さて、この研究室にも容器の入った者たちを管理する端末があるはずだ。
今も2機が稼働しているし、端末は今も稼働中だろう。
「セシリア、管理端末を探そう。そこにもっと情報があるかもしれない」
「うん、そうね。え〜とっ、どこにあるのかな」
俺よりも視力が良いセシリアは、キョロキョロと首を振っているうちに端末を見つけた。
「あったわ!」
「早っ!?」
『これは一種の才能だな』
「探し物は私にお任せねっ」
本人も満更でもないようだ。
自ら颯爽と俺たちを案内してくれる。そして鼻を高く上げた得意げな顔で言う。
「さあ、グリードさん。お願いできるかしら」
『では早速』
俺は端末のパネルが付いていないことが気になっていた。
他の研究室は、すべてパネルが光っていたからだ。
『う〜ん』
「どうした、グリード?」
『あの2体の維持管理にしか機能がない。他は故意に削除されている』
「三賢人によってか」
『おそらくな。残ったデータからわかるのは、アダムとイブがここに移された時から、すでに亡くなっている記録くらいか。あとは維持管理データだけだ』
管理データはミイラが入っている容器の温度を一定に保つだけで、他には何もしていないという。
他の容器では、温度管理と肉体が崩れないように防腐剤の濃度管理がされていた。
「あのミイラが入っている容器に満たされているものはなんだかわかるか?」
『ちょっと待て……純水だな』
「純水?」
不純物のない水だとグリードは言った。
水に浸けて冷やされただけで、途轍もなく長い期間、形を維持できるものだろうか。
あの黄金に輝く水は、精霊が成しているみわざ——奇跡なのかもしれない。
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