第282話 三賢人(11)

 自信満々のグリードさん。

 役に立てることが嬉しいのか、いつにも増して俺に指示を飛ばす。


『フェイト、俺様を抜け!』

「はいよ」

『壁に俺様を近づけて、進め!』

「はいよ」


 声に気合いが入っているな!

 セシリアは気を遣って、無言で俺たちの成り行きを見守っていた。

 俺はグリードに言われた通り、黒剣を壁に這わしながら歩いていく。


『むっ』

「どうした!?」

『この裏に空洞がある』


 そう言われて、壁を隅々までセシリアと一緒に調べた。

 どこにも、入れるようなドアは見当たらない。壁と一体化しているとでもいうのか?


「無理ね。入れそうにないわ」

「叩いてみても、音が吸われるから、わからないな」

『俺様を信じろ!』


 斬り開くしかないのか……。黒剣を強く握ったところで、グリードに止められた。


『気が早すぎだ。開錠も俺様に任せろ』

「頼りになるな」

『俺様を壁にくっつけろ。あとマスターキーも添えろ』


 そのとおりにすると、グリードは何かを探るように独り言を口にしていた。


『ここらへんか……もう少し先か……おっとこれだな。それをマスターキーと繋げて……これでどうだっ!』


 俺たちの前にあった壁に、すっと浅い筋が生まれた。それは人が通れるくらいの長方形を描いた。

 その途端、プシューという音を立てて、壁に象られたそれが押し出されてきた。

 長方形にくり抜かれた壁が、様子を窺っていた俺たちの方へ倒れ込んできたのだ。


「おおっ!」

「ちょっと!!」


 慌てて回避する。すこしでも遅れていたら、俺たちはこの下敷きになっていただろう。

 通路の床に倒れてきたものを見ながら言う。

 

「危ないな……」

『本来は向こう側からの脱出だ。緊急事態の際は、研究施設の壁が通路側にパージされて、避難ルートにつながる仕様なんだろうさ』

「壁って、思ったよりも厚かったんだな」


 くり抜かれた壁は厚さ1mはありそうだ。


『しかも高純度のアダマンタイト製だ。いくら俺様でも、斬り開くのには時間がかかる』

「もしかして、ここにある研究室すべてがそうなのかな?」

『可能性はあるな。これほど頑丈に作られていたからこそ、上の階層の瓦礫を支えることができたのだろうさ』


 俺とセシリアは倒れ込んできた壁の上に乗って、研究室を思われる中を覗き込んだ。


「えっ……」


 彼女が強張って、言葉をなくした理由は俺にもよくわかる。

 ずらりと並べられた大きなガラス製の容器。その中に、ハイエルフらしき者たちが入っていたからだ。


『どれも人としての形が不十分だな』

「セシリア……無理に入らないほうがいい」

「だいぶ落ち着いてきたから……私も行く」


 ここは魔物の研究ではなく、明らかにハイエルフの研究室のように見えた。


「ハイエルフたちは、ここで生まれたのかな?」

『おそらくな。ここで問題ない個体が地上に上がれたんだろうよ』


 あんなに美しい姿をしているハイエルフにも、こんな過去があったなんてな。

 それにしても、なぜ三賢人はハイエルフを創り出したのか。


『見ろ、容器の下に書かれたものを』

「失敗作……」


 殴り書きされている。よほど気に入らなかったんだろう。


『あまりうまく創れてはいなかったようだな』

「ここに並んでいる数からわかるよ」

「向こうに何かあります」


 セシリアが指差した方向には、何かの操作端末があった。

 パネルは何かの処理をしているようで、ものすごいスピードで文字が表示されていた。


『俺様がみてやる』


 端末の前までやってきた俺は、グリードをかざした。


『ちっ、ロックがかかっているな。フェイト、マスターキーだ。そこの認証機器にかざせ』

「ああ、これでいいか?」

『ちょっと待っていろ……ここをこうして……あそこをこう繋いでっと』


 パネルに表示されていた文字の羅列が消えて、青い画面となった。


『権限の取得は成功だ。どれどれ……ここは何をしている研究室だ?』


 しばらく、グリードは黙り込んでしまった。それほど中を覗くのは大変なのだろう。


『終わったぞ』

「どうだった?」

『データから察するに、これらは人間からの進化を模索した研究らしい』

「人間から!?」


 おいおい、ハイエルフは人間が進化した形っていうのか……。


『この惑星に太古から現存している精霊と人間を掛け合わせようとして、生まれたのがハイエルフだ』

「じゃあ、あの容器に入っている者たちは……」

『精霊がうまく適合しなかったのだろう。そのため、精霊の力に引っ張られてしまい、体が崩れてしまった』

「私も……エルフも同じと言うこと?」


 セシリアは自分の胸に手をぐっと抑えながら、グリードに聞く。


『推測だが、そうだろう。データには、他の島でも異なった手法で精霊との掛け合わせの実験をしているものがあった』

「そう。私たちは人間と精霊から生まれてきた……でもなぜ人間からの進化を?」

『ここにあるのはデータだけだ。真の目的はわからない』


 静かになるグリードとセシリア。

 俺はふと頭に浮かんだことを口にした。


「スキルに依存しない新たな進化の過程を模索していたとか」

『!?』


 グリードは俺の言葉に何か思い当たるものがあったようだった。


『わざわざガリアから切り離して、このような辺境で研究に勤しんだ理由は【スキル】から脱却なのかもしれんな』

「だけど、スキルは神への供物だったはずだ。聖獣人が、そこから目を背けるなんて」

『それはフェイト、お前自身で証明している』


 俺は心臓の上に手を当てる。今もそれは俺の中で蠢いていた。


「……大罪スキルか」

『そういうことだ。現にお前は聖獣人の神を喰らった。三賢人が、それをもし予期して、自分たちで新たな神を創造しようとしたら、どうだ?』

「冗談じゃないっ!」


 もう一度、生きとし生けるものを殺して、魂を刈り取るなんてことがあってたまるか!

 あまりに大声を出してしまったようで、隣にいたセシリアをびっくりさせてしまった。


「ごめん……」

「気にしていないわ。それほど、フェイトにとって大事なことなんでしょ」

「ああ」


 俺とグリードはセシリアに聖獣人の神について、わかっていることを説明した。

 そして、それを止めるために暴食スキルの力で喰らったこともだ。


「ライブラさんがそんなことを……」

「あいつは一度俺たちの世界を滅ぼそうとした。神が生まれるためには、スキルが宿った膨大な魂が必要なんだ」

「三賢人はスキルではなく精霊で補おうとしているってこと?」

「可能性の話だけど。三賢人がライブラとは違う方法で神を創り出そうとしているとしたら」

「……数え切れないほどの人が亡くなってしまう」


 三賢人の真の目的が、もしそうだったらの話だ。

 俺にとっては、彼の地での戦いがつい最近の出来事のため、過敏になっているだけかもしれない。


『しかし、解せないのは獣人の存在だ。彼らは精霊を扱えない』

「私の知る限りそうだと思う」

「セシリアはなぜ獣人たちがグレートウォールの外に出たら、魔物になってしまう理由を知っている?」

「いいえ、グレートウォールが獣人たちを守っているとしか」


 グレートウォールは精霊の集合体だ。明らかに獣人と精霊は関係している。

 彼らがどうやって創られたかは、ここではわからなかった。


 正面に入れたことで、他の研究室も回ってみたけど、すべてがハイエルフになり損ねた者たちばかりが並んでいた。

 その数はグリードが数えただけでも1万を優に超えていた。それ以上はさすがの彼でも気が滅入ったらしい。


「ねぇ、ここはまだ入っていないんじゃない?」


 セシリアに言われて近づいてみると、通路の奥に隠れるようにドアがあった。

 おそらく、ここがこの階層で最後の研究室だ。マスターキーのホログラムを確認しても間違いなさそうだ。


「他よりもドアが装飾されているな」

『重要なところなのかもな』

「フェイト、お願い!」


 俺はグリードとセシリアに促されながら、マスターキーを認証機器にかざした。

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