第280話 三賢人(9)
よいしょっと!
寝言を口にするセシリアを背負い直して、瓦礫の突き刺さった通路を歩いていく。
『面白い寝言を言っているぞ』
「ダメだろ。聞かないふりをしろ」
夢の中だけでも幸せな時間を楽しめていることに、俺は心のどこかでホッとしていた。
俺がセシリアと出会わなければ、彼女がここまでの旅をすることはなかったのかもしれない。ゲオルクの大罪スキルを目覚めさせるきっかけとなったのは、俺の中にある暴食スキルだ。
この負い目は、忘れることなくずっと心の中にとどまり続ける。
おそらく、一時でも癒してくれるのは、こういった時なのだろう。
『嬉しそうだな、フェイト』
「言うなっ!」
まったく、そこは黙っているところだろ。
相棒のくせにわかっていないな。一々報告しなくてもいい。
ホログラムを頼りに通路を進み、アダマンタイト製の頑丈な扉の前までやってきた。
今も扉のロックはちゃんと機能しており、この先の部屋がしっかりと守られているようだった。
『さすがはアダマンタイト製だな』
「よく言う。その隔壁がことごとく破壊されていただろう」
『これは純度が違う。ここから下はよほど守りが物があるのだろう』
いままでのハッチではここまでの堅牢な部屋は用意されていなかった。
『あそこに認証機器があるぞ』
ドアの横にカードキーの読み取り機器が備え付けられていた。
これもパネルが光っているので壊れてはいない。作り自体が上の階層とは、違うのだろう。
マスターキーをかざすと、ドアは軽快にスライドして開いた。
とても長い間、放置されているとは思えない動きだ。中は空調がしっかりとしており、今までのジメジメとした湿気を感じさせない。
額の汗も、服にじわりと染み込んだ汗も、すっと奪われるように乾いていく。
『これが本来の施設の姿か』
「快適で研究が捗りそうだ」
何を目的に研究しているのかはさっぱりわからない。それでも、この部屋が過ごしやすいのは俺にもわかる。
俺たちが入ったことで、部屋の照明が勝手についた。塵ひとつない綺麗すぎる。
無臭の澄んだ空気、ハッチ以外何もない部屋、異常に明るい照明が、人の営みから程遠い感じがしてしまう。
ロイに案内されたラボラトリーも似たような感じだった。この世界の研究施設はこんなものなのだろう。
「どうした、グリード? 急に黙り込んで」
『いや……昔を思い出しただけだ』
「ん?」
グリードにしては、言葉を詰まらせているほど歯切れが悪い。
俺がセシリアを寝かせていると、彼は独り言のように喋り出した。
『初めはまさかと思っていたが、この部屋で確信した。俺様がいたガリアの研究施設によく似ている。この清潔感だけが取り柄の感じがまさにそうだ』
「聖獣人が作ったらしいから、似ているんじゃないのか?」
『いや、すべての聖獣人が研究者として長けているわけではない。お前の父親がいい例だ』
「父さんは明らかに戦闘タイプだった」
『俺様が知る限り、聖獣人のタイプは3つに分かれている。戦闘タイプ、研究タイプ、ライブラ』
「ライブラは独立しているのかよっ!」
『あいつはよくわからん」
「確かに、何を考えているか。さっぱりさ」
そう言うとグリードは声を出して笑っていた。
「俺様が知っている研究タイプは、昔の戦いで死んだ』
彼の地で出会って、俺に力を貸してくれた聖獣人のことだろう。
「ミクリヤさん?」
「ああ、そうだ。彼女が死んだことでガリアの技術は衰退して、最後は滅んだ」
「三賢人って、全員が研究タイプなのかな?」
「おそらくな。これほどの規模の地下施設を5つの島に作ったとしたらな。それに三賢人と呼ばれているくらいだ。戦闘タイプが混ざっているとは思えん」
研究タイプか……俺もそう生まれていたら、高度な研究をして世の中の役に立てたかもしれない。俺は父さんの息子だ。絶対に戦闘タイプだろう。
そして、ふと疑問が湧いた。
「研究タイプって強いのか?」
『人間に比べれば遥かに強い。しかし、戦闘タイプより大きく劣る。使っているリソースが違うからな』
「なら、もし三賢人が生きていたら、捉えることも簡単かな」
『そんなわけがあるかっ! 逆だ。ずる賢いから難しいぞ。それに自らが戦うことはしないからな』
「この施設で、少しでも三賢人の情報が得られたらいいんだけどな」
『フェイトが思っているようなものは望み薄だろう』
まあ、残滓くらいはあることを祈ろう。この部屋を見るに、とんでもない綺麗好きみたいだから、それも怪しいところか。
『もし三賢人と出会うことができたら、フェイトは気に入られるかもしれん』
「なんでだ? 同じ聖獣人の血を引いているからか?」
『少し惜しい。お前が人間の血を引いているからだ』
「半血ってことか……ああ、奇跡の子か」
仰々しい別称を付けられたものだ。
『ハイエルフたちの士気を高めるのには一役買ったかったしな』
「本当に聖獣人は子を残すことができないのかな」
『お前が生まれて流れは変わった。それ以前は無理だったんだろうさ。ライブラの言葉を信じればの話だが』
「俺は聖獣人からしたら研究対象として、これ以上にない存在ってわけか」
『喉から手が出るほどな』
そうだよな。今までにあった研究者から、ことごとく好かれているような気がする。
ライネしかり、ロイしかりだ。ミクリヤだって、彼の地で会った時に初対面にも関わらず、好意的に接してくれた。
「俺の体を調べる代わりに、三賢人から協力を得られたらいいのにさ」
『そんなことをしたら、解剖されても知らんぞ』
「ありえそうで怖いな」
なぜか、ロイが嬉々しながら俺を解剖する絵が頭の中に浮かんできた。
うううぅ……彼と共にした獣狩りの影響がまだ残っているようだ。
『俺様としては、あまり深く関わるべきではない。三賢人は何か思惑があって、この施設や、島を創り出した』
「それに巻き込まれると?」
『ロキシーがグレートウォールに囚われている以上、すでに片足を突っ込んでいるがな』
もし知らず知らずのうちに三賢人の術中にハマりつつあるとしたら、そう考えたら背筋に嫌な汗をかいてしまった。
やれやれ、片足を入れたまま、俺たちはこの地下施設を進むほかない。
ハッチにマスターキーをかざす。空いた中を覗くと、等間隔に設置されたライトに照らされた真新しい梯子が下まで伸びていた。
「安全そうだ」
『だが油断はするなよ』
無風、無臭、そしてとても静かだった。
未だに眠っているセシリアの顔色を確認する。肌の血色は良くなっている。脈も落ち着いているし、落ち込んだ精霊力の回復も感じた。
彼女には悪いけど、これ以上のロスはできないので起こすしかない。
「セシリア、起きて! セシリアっ!」
身をわずかに捩りながら、彼女はゆっくりと目を覚ました。
そして、すぐにハッとなって飛び起きる。
「フェイトっ!」
「大丈夫、ここにいるよ」
「はあぁ……そうなの。もう落下は終わったのね」
セシリアは胸に手をギュっと置いて、力無くへたり込んでしまった。
「うん。セシリアのおかげさ。ありがとう!」
「いいえ、そんなことはないわ」
「そう卑下するものじゃないよ。さあ、腹ごしらえしよう!」
俺はバックパックから、ライブラが用意してくれた食料と水を取り出して、セシリアに渡す。彼女が持っていたものは、空マンタとの交戦の際に穴が空いてしまい、中身が空になっていた。
「ありがとう。よしっ、ちゃんと食べて、飲んで元気を取り戻すわ」
「その調子、その調子」
「フェイトもたくさん食べてよ」
「もちろんさ」
せっかく用意してもらった食料だ。ライブラは気に食わないけど、食料に罪はない。
英気を養って、地下施設の深部にある培養室にたどり着くためにも。
さあ、美味しくいただこう!
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