第274話 三賢人(3)

 ガリア到着まであと3日。

 代わりの御神体は俺たちがいるところから、最も下の区域に保管されていた。

 本来ならP1によって上層へ搬送される。しかし、魔物が繁殖した影響でP1の搬送命令が届かないらしい。


「俺たちが培養室へいけば、搬送できるんだな?」

『はい、培養室の制御パネルから命令を実行すれば、ここへ搬送されます。搬送通路は魔物によって、破壊されていないことは確認済みです』

「どこから下へ降りられるんだ?」


 P01は俺たちにわかりやすいように、地下施設の全体図をホログラムで表示した。


『通常のルートは魔物が発生したことで閉鎖されています。緊急時の避難ルートからお願いします。培養室は最下層の第10層にあります』

「深いな……最下層までどれくらい潜るんだ?」

『およそ1kmです。各階層は隔壁によって区切られております。このマスターキーで避難ルートの防壁を開けて進んでください』


 床から金属製の柱が伸びてきて、俺の腰あたりで止まった。

 いくつもの光の線が足下の床から走ってくる。それは柱を駆け上がっていった。

 柱の一番上ですべての光がぶつかり合ったとき、黄金色のカードキーが宙を浮いていた。


「これがマスターキーか?」

『はい。フェイト様用に発行しました。再発行はできません』


 話を聞いていたセシリアが、恐る恐るP01に質問する。


「このマスターキーは私も使えますか?」

『ここでフェイト様の承認がいただけたら、使用権を与えることができます』


 深く頷くセシリアは、俺を見ながら言う。


「下では何があるかわからないから、私も使えた方がいいと思う」

「ありがとう。P01はセシリアにも使用権を」

『かしこまりました。セシリア様、私のもとへ近づいてください』


 一歩前に出たセシリアをP01が光を当てて、全身スキャンをする。


「完了しました。セシリア様もマスターキーを使用できます」

「よしっ! これで私も役に立てるわ! ライブラさんは……」

「あいつは来ないよ。そうだよな」


 ライブラはにやりと笑みをこぼしながら言う。


「僕はここから離れることはできないからね。ロキシーの側にいてあげないと」

「三賢人に興味があったのに残念だったな」

「弱った僕には丁度いい。安全なところで待たせてもらうさ。土産話を楽しみにしているよ。あっそうそう、準備だけはしていきなよ」


 俺たちは一旦、P01がいるコントロール室から出て、探索するための装備を整えることにした。

 ライブラの手配によって、数日分の食料と水。着替えや探索ツールが詰まったバックパックが用意された。


「はい、二人分。動きやすくするために最低限にしてあるよ」

「怖いくらい気が利くな」

「協力するって言っただろ」


 見つめ合う俺たちの横で、セシリアがぺこりと頭を下げて言う。


「ありがとうございます。その……いろいろと気を遣っていただいて」

「セシリアさんの物を用意したのは僕ではないよ。僕の補佐をしてくれているシスターにお願いしたんだ。同性の方は配慮できるからね」

「……助かります」


 ライブラはこういったところだけは、気が回るようだ。

 ん? なら、俺の装備を用意したのは……。


「これはお前が用意したのか?」

「もちろんさ。心を込めて準備させてもらったよ」


 うっ……素直に喜べない。俺は聞いて後悔してしまった。

 なんとも言えない顔をしていたのだろう。


 そんな俺の顔を見たライブラは実に嬉しそうだった。


「申し訳ないけど、時間が無かったから手作りのお弁当は入っていないよ」

「いるかっ!?」


 こっちから願い下げだ。

 はぁ……これから神殿の地下施設に潜ろうというのに、のんきなことをっ!


「もう俺たちは行くから、じゃあな!」

「コントロール室まで送っていくよ。僕にできるのはそれくらいだからね」


 変なところが律儀なやつだ。


「俺たちは、代わりの御神体を上に送ったら、後は頼むぞ」

「もちろんさ。ロキシーと入れ替える。でも、いいのかい?」

「他に方法はないんだ……」


 ロキシーからの責めは俺が受ける。

 彼女は誰かが犠牲になることは望まない。たとえ、それが初めから用意されていたスペアだったとしてもだ。


 グレートウォールの維持は御神体となる者の犠牲で成り立っている。

 このルールがある以上、ロキシーを救うことも同じように犠牲を伴ってしまう。


 そして人間とハイエルフとの戦争となり、グレートウォールにも危機が及べば、代わりの御神体は命を失うことになるだろう。


 ロキシーは言った。獣人たちを救ってほしいと……。

 俺が選ぼうとしている方法は、彼女の命は救えても、願いは叶えられそうにない。

 そんな俺を見かねたグリードが話しかけてくる。


『他の方法を探している時間はない。決心が付かなくとも今は進むしかないぞ』

「わかっているさ」

『だが、代わりの御神体のもとにいくまでの時間はある。そのときまでに決めておけ』


 グリードの言うとおりだな。

 このままでは、ロキシーを失ってしまう。それだけは絶対に避けなければいけない。


 コントロール室に再び入った俺たちに、P01は言う。


『ようこそ、フェイト様、セシリア様、ライブラ様。お待ちしておりました』

「避難ルートはどこから入るんだ」

『こちらも、準備が完了しました。お持ちのマスターキーを出してください』


 言われた通り、P01にマスターキーを向けると、


『ただいま施設へのルートを送信中です…………完了しました』

「これは!?」


 マスターキーが発光して、ホログラムが現れた。

 それは施設の全体図で、俺たちがいる場所も示されていた。


『赤いラインに沿って、進んでください。一番下にある青色のポイントが目的地となる培養室です』


 俺たちは試しに赤いラインに従って、コントロール室の奥にあった細い通路を歩いていく。


「見て、フェイト! ハッチがある」

『そこから、お進みください。マスターキーをかざすとロックが解除されます』


 通路の向こう側から、P01の声がした。

 俺は言われたとおりに、マスターキーをハッチの前にかざした。

 ピッピッピッ……。認証確認しているらしい音がした後、ハッチのロックが静かに解除された。


 そして空気を漏らしながら、分厚いアダマンタイトの扉が上へと開いていく。


「カビ臭いな……」

「ずっと放置されていたからでしょうね」


 俺とセシリアは開いた中をのぞき込む。

 はしごが据え付けられている。下の方は真っ暗で何も見えない。ただ、得体の知れない生き物の声がわずかに聞こえた。


「いるわね」

「ああ、間違いなくいる」


 すでにこの下まで魔物はやってきているようだ。

 俺はライブラに顔を向けて言う。


「その内、神殿にまであがってくるぞ」

「今は教えられないね。君たちが潜っている間はね」


 ハイエルフたちは、まさか自分たちが住んでいる街の下で、魔物が繁殖しているとは夢にも思わないだろう。この話を聞いて、喜ぶのはロイくらいだ。

 俺たちはバックパックを背負い直す。


「いくのかい?」

「ああ、ロキシーを任せた」

「いってきます!」

「君たちが早く戻ってくるのを願っているよ。すべてが始まってしまう前にね」


 ライブラはそう言って、俺たちのもとから立ち去っていった。


「俺が先行する。セシリアは後から付いてきてくれ」

「わかったわ」


 俺はハッチの中へ入って、はしごに足をかける。

 下から生暖かい風が吹き上がってきた。


 降りていくほど、暗さが増す。


「セシリアは精霊の力で暗視ができる?」

「ええ、得意よ」

「ならそれでいこう。明かりをつけたら魔物が寄ってきてしまうし」


 精霊の力を借りて、暗視に切り替える。

 よく見えるようになった。下を見ると、思った以上に深い……80mくらいはありそうだ。手すりを伝って、一気に滑り降りられそうだけど、まだ地下施設の状況がわからないから慎重に行くべきか。


 俺たちは魔物の気配を探りながら、一段一段はしごを降りていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る